EP-008 SYNC ERROR: 白い部屋の影
「おい! お前ら、何してる!」
騒ぎを聞き、男性教員が駆けつけた。
あれは確か、体育の柳先生――だったかな。
そして、周囲に人だかりができ始めている。近くにいたクラブ活動していた生徒や、帰宅途中の生徒が野次馬として集まって来ていた。
どうしよう……。
祐は倒れたまま動かない。
わたしに絡んできた男の子も、まだ呻きながら倒れている。
男の子の方はともかく、祐をこのままにして逃げるわけには行かない。
「な、なんでもないです。なんでもないですから」
「なんでもないわけ無いだろう!」
柳先生は、祐を助け起こした。
「おい! 君、大丈夫か?」
祐は、反応は有るように見えるけれど、目が虚ろだった。焦点が定まっておらず、朦朧としている。
「おい、お前、すぐ保健室へ連れて行きなさい」
柳先生に促されて、力なくぐったりしている祐の身体を支えながら保健室へと向かう。
「あれ? おい! もう一人はどこ行った?」
柳先生の問い掛けに、さっき投げ飛ばした男が倒れていた場所を振り返ると、そこには誰もいなかった。
周囲を見回してみても、彼の姿はない。
周りの野次馬たちが何やら囁きあっている。どうやら誰も気づかなかったようだ。
「君、あいつは誰だ?」
柳先生は、わたしに尋ねてきた。
「え、えっと、知らない人です」
そう、わたしに聞かれても困る。むしろ、私の方が知りたいぐらいだ。
「わかった。事情は保健室で聞く」
そう言って、柳先生は、一緒に保健室まで付いて来た。
取り囲む野次馬たちに向かい、
「ほうら、みんな散って!」
柳先生は彼らを解散させて、みんな帰るように促した。
野次馬たちは散り散りに去っていった。
保健室に着くと、保健医の春日部先生が祐のぐったりした様子を見て慌てた。
「え? ちょっとどうしたの? 大丈夫?」
祐の状態に驚いた春日部先生だったが、すぐに気を取り直しベッドを用意した。
「あなた、その子をここへ」
保健医の先生の指示に従って、一緒に祐を寝かせるのを手伝った。祐の身体は力なくだらんとしたままだった。
「後は、私に任せて。心配いらないから」
わたしの動揺を察してか、春日部先生は優しく微笑んだ。
笑顔が綺麗な大人の女性。その魅力は、女の身であるわたしにも伝わるものがある。
気休めかもしれない言葉だったけれど、わたしにそれを信じさせるに充分だった。
「君、じゃあ、いいか? こっち来て座れ」
柳先生は、保健室の中に乱雑に置かれているパイプ椅子を指さした。
柳先生の事情聴取が始まるのだ。
どうしよう。なんて言えばいいんだろう。上手くごまかさないと……。
「で? 何があった?」
柳先生に詰め寄られる。
なんか、これじゃあわたしが悪いみたいじゃないの。なんでこんなプレッシャー掛けられなきゃいけないの?
刑事モノのドラマで、刑事が犯人に詰問するみたいな感じになってんじゃん。
「何がって、わたしも聞きたいっていうか――。知らない男の子から絡まれてたところを、祐が助けに来てくれたんだけど、そいつに祐が殴られて……。そんな感じです」
それしか実際のところ説明できない。ごまかそうと思ったら、ごまかすところ自体がなかった。
「その男の子は誰かわからないんだな?」
それ、さっき言ったじゃん。なんで同じ事聞くの? 念押し? 聞いてなかったの? 少しイライラした。
「はい。昨日、初めて会って、そのときから絡んで来てて」
「そっか、わかった」
何がわかったんだろう? わたしには何もわからないのに……。
柳先生は、わたしとの話を打ち切って、立ち上がり、春日部先生に祐の様子を聞いていた。
わたしも立ち上がって、ベッドに寝かされている祐の様子を見た。
祐は、静かに寝ている。
苦痛な表情をしていない事だけが救いだった。
保健医の先生は、祐の顔を覗き込み、そっと声をかけていた。
「篠垣さん、聞こえる? 分かる? ここ、保健室よ」
篠垣って誰だと一瞬思ったけど、祐の名字だった。普段、祐としか呼んでないから忘れかけてた。
春日部先生の呼びかけに、反応は鈍かったけれど、祐はかすかに目を開け、うなずいた。言葉は返せないものの、意識はあるようだった。
「大丈夫よ。軽い脳震盪みたいね。いまは安静にしてれば回復するはず。念のため、しばらく様子を見ましょう。ご家族には、こちらから連絡しておきますね」
そう言って、保健医の先生は祐の頭に濡れタオルを当てた。
祐は、そのままスウっと眠りに入ったようだ。
わたしはどうしたらいいんだろう?
わたしが祐を巻き込んだんだよね?
春日部先生は、祐の家に電話しているようだった。
「ええ、お母様。頭を打って意識を一時的に――はい、いまは落ち着いています。車で、お迎えに来ていただけるのならそれがいいと思います。後、念のため病院で診察を受けさせてください」
漏れ聞こえる内容から、迎えに来るみたいだ。
よかった。それなら安心だ。
「君も、まだしばらくここに居るように。勝手に帰らないようにな。君の家にも連絡する。えっと君は――」
「二年D組の、在田愛衣です」
柳先生は、わたしのクラスと名前をメモに取ると、保健室出ていった。
ここにいるように言われて、所在なさげにしていると、保健医の先生が気を使って話しかけてくれた。
「大丈夫だからね。篠垣さんはすぐに良くなるから。在田さんは、彼女と仲いいの?」
「はい」
祐は親友だ。いつもわたしを守ってくれて。
シンクロアのお陰で強くなれたわたしが、今度は祐を守るって決めたのに。
守れなかった。
それだけじゃない。
祐は、わたしを守ろうとして、こんな目にあったんだ。
「大丈夫?」
春日部先生がわたしの目にタオルを当ててくる。
そうだ。わたしは、いま泣いているんだ。
いつの間にか、こらえていたものが溢れていた。
タオルで顔を隠し、嗚咽しそうになる自分を抑える。
春日部先生が、わたしの背中を優しく撫でてくれた。
わたしは弱い……。わかってたけど、シンクロアと一緒ならと思ったけど、やっぱり弱い。
それを痛いほど自覚する。
それをアイツが突き付けて来たんだ。
アイツは何者なんだろう。
シンクロアは影崎君の関係者かもしれないって言ってた。
じゃあ、影崎君は何者だったのだろうか?
嗚咽が収まった頃、柳先生が戻って来て、母が迎えに来ると教えてくれた。
「保健室に居るとお伝えしたので、ここにいらっしゃる予定だ。来られたら一緒に帰りなさい」
「ありがとうございます」
やっと解放される。
祐の事は気になるけれど、保健室は落ち着かない。なぜだかすごく不安になる。
いや、ちがう。わたし、きっと、そうだ。
わたしはいま、シンクロアと話がしたいんだ。
でも、ここではできない。だから、話ができるところに早く行きたいんだ。
少しナイーブになってるのかな。
こういうときは、落ち着かないとね。
ゆっくりと大きく深呼吸して、気持ちを鎮める。
すると保健室の窓の外、グラウンドの方角から、微かにジャリっと足音が聞こえた気がした。
視線を向けると、誰かの姿が見えた。しかし、確認できない速さで、その姿はすぐに消えてしまった。
あれは――見間違いじゃなかった、よね?




