EP-009 SYNC ERROR: 託されたもの
保健室に、母が迎えに来た。
祐の親御さんよりも、うちの母の方が先に来たのは意外だった。
この時間、普段は仕事中の時間だ。学校からスマホに連絡が入ったのだろう。職場から迎えに来たようだ。早退したに違いない。
「うちの子がご迷惑をお掛けしてどうもすみません」
母が保健医の先生に謝っている。わたしは悪くないんだけど……。まあ、先生のお手を煩わせたのはそうなんだけど……。
「いえいえ、愛衣ちゃんが無事でよかったですわ。変な男の子に絡まれたみたいですので、帰り道は注意してくださいね」
注意してどうこうなるような相手じゃないですけどね……。
「どうもありがとうございます」
母は、保健医の先生に丁寧にお辞儀をして感謝を示した。
「さあ、愛衣、帰りましょう」
母は、わたしの方に歩み寄り、帰宅を促した。
祐がまだ目が覚めていないのに、保健室に置き去りにするのは後ろ髪引かれたけど、ここでずっと母を待たせる訳にもいかない。
最後に一度、寝ている祐に近寄って様子を見る。祐は静かに寝息を立てている。大丈夫そうだった。
母の近くに寄って、目で帰ろうと合図をする。
母は再度、保健医の先生にお礼を言って頭を下げた後、わたしの手を引いて保健室を出た。
わたしの家には車はないので、母は徒歩で来ていた。なので母と一緒に徒歩で帰路についた。
その間、母は何も言わず、何も聞かなかった。
だからこそ、いつもと違っていた。母は、わたしに明るく何でも話してくる人だ。今日こんなことがあったとか、わたしに何か面白いことあった?とか、聞いてくるのだ。だから、こんなふうに静かに押し黙るなんてことはない。特に、わたしに何かあったのならばなおさら事情を聞くはずだ。
しかし、家に着くまで母は一言も話さなかったし、目も合わせなかった。
「ねえ、シンクロア」
自分の部屋に戻って、独りになるとすぐに、シンクロアと話した。待ちに待った瞬間だ。
「わたし、どうしたらいい? 明日もまた、アイツが来ると思うの。ううん。たぶんずっと毎日来ると思うの」
『愛衣様は、どうしたいのですか? あの男が二度と来ないようにするには、倒す必要があります。その覚悟はお有りですか?』
「倒すって、影崎君みたいに?」
『そうです。そしてあの男は、ただの手先だと思われます。バックに何らかの組織が存在すると考えられますので、仮に倒しても次の来訪者が現れるでしょう。今後も今日のような事が続くと考えて間違いないです。完全に終わらせるには、元を断つしかありません』
シンクロアに言われるまでもなく、そのことは薄っすらと感じていた。アイツの、あの力。わたしは、自分の能力を越えた力で叩きつけた。それこそ地面にぶつかったアイツの骨が折れるぐらいに。大怪我をさせたのではないか? ひょっとして殺してないだろうかと心配になった。
でもアイツは、恐らく自力で立ち上がり、あの場を逃げ去ったのだ。それは、影崎君と同じような、人間離れした力を持っているのだ。
アイツと戦う? 影崎君のときのように? アイツは狂ってなかった。いや、性格的には狂ってるのかもしれないけど、正常な判断力を持っている。影崎君のときは、ただ暴れている人と戦っただけだった。影崎君は、戦って相手を打ち負かそうという意志や知能を感じなかった。けれどアイツは違う。アイツはあの力をコントロールして、戦って来るに違いない。そんな相手とわたし、戦えるの?
とてもじゃないけど、戦える気がしない。
ましてや、シンクロアの言うとおり、バックに組織が付いてて、それを倒すなんて絶対できると思えない。
「無理だよお。シンクロア。わたし、ううん、シンクロアと一緒に戦ったとしても、アイツには勝てるって思えない。それに組織とか、そんなのと戦うなんて無理」
『愛衣様、ご謙遜を。組織については、わかりかねますが、あの男については、愛衣様は、勝るとも劣りません。ワタシが保証します』
いやいやいや、どう考えたって無理でしょうよ? アイツむっちゃ強そうじゃん。
『しかしながら、戦う以外に選択肢はないと思われます。それに愛衣様が望まなくとも、あの男は愛衣様と戦うことを望んでいるように思われます。あの男の行動を分析しますと、愛衣様の力を測ろうとしていると考えられます』
「試す? 試してどうするのよ? それにそれなら、わたしアイツ投げ飛ばしたからもういいんじゃないの?」
『愛衣様が、あの男を投げ飛ばしたことによって、あの男は確信したと思います』
「確信した? って何を確信したっていうの?」
シンクロアの物言いに、背中を嫌な汗が流れる。
考えないわけではなかった。アイツはしつこく聞いていた。それは何についてだっただろうか?
『愛衣様が、特殊な力を使っていることです。つまり、ワタシの存在です』
「なんでアイツが、シンクロアのことを探っているのよ? そもそも何で知ってるのよ? シンクロアは父が作ったものでしょう? 他にもシンクロアみたいなのがあるの? そう言えば、影崎君も似たようなものを使ってるって言ってたよね? どういうことよ?」
気持ちが焦って、シンクロアに矢継ぎ早に詰問してしまう。
『ワタシは愛衣様のお父様に作られたもの――そのようにプロパティーデータには記載されています。お父様が他にも作られていたかの記録はありません。影崎翔太や、あの男から感じるものは、ワタシと似たようなものですが、その記録もデータ上にはありません。彼らの身体能力を計測した結果として、ワタシと同程度の機能を持つデバイスを使っていると考えられます』
「結局、シンクロアも何も知らないっていうことなの?」
『申し訳ありません。愛衣様。推測することは可能ですが、現時点において、取得できる情報からは、何も確定することはできません』
そうだよね。シンクロアといえども、何でも知ってるわけじゃないよね。
とはいえ、シンクロアの言うように、アイツと戦う? またその先にあるアイツみたいなのがいる組織と戦う? なんで? そもそもの話、どうしてこうなったのか理解が及ばない。
コンコンと、わたしの部屋のドアが叩かれた。お母さんだ。
「愛衣、ちょっといい?」
いつになく神妙な声音だった。
「いいよ」と、わたしも努めて落ち着いた声で応える。
今日の帰りの母の様子から、きっと大事な話があるのだと予感した。
母はドア開けて入って来た。
その顔は、どこかやつれて見えた。こんな母の顔は、わたしは今まで見たことがない。
母は、絨毯に座っているわたしの隣に、静かに座った。
「あなたに、渡すものがあるの。ずっと渡すかどうか迷っていたんだけど。できれば、渡さないで済むならと思っていたんだけどね。それも、もう無理そうだから……」
そう言って、銀色の薄く平べったい金属をわたしに手渡した。
「これは?」
裏向けたりして、これが何かを判別しようとしたけど、ただの金属の板にしか見えなかった。
「それは、愛衣に渡すようにって。お父さんの遺品よ」
「お父さんの? でも、これっていったい」
お父さんの遺品だと言われれば、大切なものだと思うけど、こんなの、渡されても意味がわからないよ。
母は、わたしの目を見据えて静かに言った。
「それはね、あなたが持っているシンクロアの外部記憶装置なの」




