EP-007 SYNC ERROR: わたしが守る
ストーカーされる女の子の気分を、わたしは初めて知った。
とはいえ、アイツはわたしの事が好きとかそういうのじゃないんだけれども。
また正門の向こうで、アイツが待ち伏せしているのが見える。やる気なく、門に背を預けている。
仕方がない。今日は、祐と一緒に帰ろう。独りだと、また絡まれそうだった。
そう思って、祐が部活動しているグラウンドに向かう。
放課後のグラウンドは、部活動をしている生徒らで溢れていた。
女子サッカー部はどこだろうか?
笛の音、グラウンドを駆けるスパイクの音、飛び交う掛け声――その中に祐の姿を探す。
そして、男の子みたいにかっこよく、元気に走り回っている祐を見つけた。
スマホで時間を確認すると、部活が終わるまでまだ1時間ほどあった。邪魔はしたくないので、祐には声を掛けずに、大人しくベンチに座って待つ事にした。
祐は頑張ってるな。祐が人気あるのが解る。男子生徒だけでなく、女子生徒にも好かれている。後輩の女子の中には親衛隊が居るとの噂も聞くぐらいだ。わたしも、あんなふうに、みんなの前で堂々としていられたら。
でも、わたしには無理だ。――少なくとも、今は。
『愛衣様、正門に居た男がこちらに向かって来ます』
シンクロアの警告に、びくっとなって反射的に正門の方を見ると、にこやかに手を振りながら、アイツが近づいてきた。
「どうしよう? シンクロア」
自分でも驚くほど、怯えた声が出た。
アイツから背を向けて、シンクロにヒソヒソと話しかける。
『警戒してください。いつでもゾーンに入れる準備をお願いします。逃げてもいいですが、相手は毎日追ってくると思われますので、いい選択ではありません。ここは迎え撃つのがよいかと思います』
「迎え撃つって、物騒な事言わないで。わたしは、付きまとわれなくなればそれでいいんだから」
『愛衣様の気持ちがそうだとしても、相手は目的を果たすまで、止めないでしょう。ここは目的を探るのが得策です』
「目的を探るって言われても、そんな、どうしたらいいのよ」
ジャリッと足元で音がして、陽が陰った。
「何独りでブツブツ言ってるの? それとも見えない誰かが居るのかい? 居るなら、僕にも紹介して欲しいな? イマジナリーフレンドって言うんだっけ? そーいうの? 僕好きなんだよ」
シンクロアと問答しているうちに、いつの間にかアイツが目の前に立っていた。
ひぃっと声が漏れた。
「そんなに怯えないでよ。傷つくじゃないか。僕は君と仲良くなりたいだけなんだからさ」
しかしアイツの目は笑っていない。わたしを嘲笑っているように見える。
「ここじゃ何だし、他へ行きたいけど、でもどうせ君、行きたくないとか言い出すんでしょ。面倒くさい女の子は嫌いじゃないけど、あんまり手間取らせると流石の僕も我慢に限界が来ちゃうから、その辺りは察して欲しいなあ」
ベンチから立ち上がって後退り、相手をキッと睨みつける。
「何なんですかあなた! 人を呼びますよ!」
自分でもびっくりするほど大きな声が出た。
人を呼ぶって自分で言ったのに、誰かに聞かれてないか恥ずかしくなって、周りを見渡す。よかった。誰にも聞かれた様子は無かった。
「人を呼んじゃうんだ? 僕に殴り掛かったりはしないの? この前のあいつにしたみたいにさ」
影崎君との事だ。
「いったい、わたしに何の用があるんですか?!」
「あれえ? 君って記憶力がない人なのかな? 僕は言ったはずだよ? 君がどうやってあんなの事が出来たのか? それを知りたいってねえ」
『愛衣様、集中を。ゾーンの準備をしてください。来ますよ』
「来るってなにが?!」
パーンっと大きな音が鳴り響き、視界が回転した。
そのまま、どさりと、自分の身体が地面に倒れたのが解った。
いったい何をされたのか理解できない。
「あれ? 軽くやったんだけどね。こんなの避けられないの? がっかりだなあ」
右の頬が後からジンジンと傷んだ。
頬を叩かれたんだと理解した。
まったく見えなかったし、アイツの身体はまったく動いていなかった。
『愛衣様、ここで戦うのは人目が在り過ぎます。ひとまず人気のない場所へ退避しましょう』
そうだ。こんなところで戦ったら、目立ち過ぎる。影崎君のときとは違う。あのときはみんな混乱してて逃げるのに精一杯だった。でも今は、危険なのは、わたしだけなんだ。
呼吸を落ち着けようとするけど、アイツが目の前に居るから落ち着けない。なかなかゾーンに移行できない。アイツが怖くて、呼吸が荒くなるし、心臓もバクバクしてしまう。
「少しはやる気になったかい? 嬉しいね。さあ、どうやったのか、見せてくれないかなあ?」
どうしよう……。やっちゃう? で、でも、呼吸整わないし、ゾーンに入れないし。
「ねえ、あんた。この子に何の用?」
祐が、アイツの後ろに立っていた。肩で息をしている。急いで走って来たんだ。わたしを助ける為に? 祐ったら、ほんとにもう。
「ん? この子に何の用だって? 用があるから此処に居るんだよ。それよりさあ、あんた誰? 僕は、君には興味なんだよね。邪魔しないでくれる?」
ああ、ダメだ。このままじゃ祐が危ない。コイツは何かおかしい。たぶん、影崎君と同じなんだ。シンクロアと同じ様な力を持ってる気がする。あのときのみんなと同じように、やられちゃう。
「あー、それともー、君がこの子の代わりに教えてくれないかなあ?」
アイツが祐の顔に手を伸ばす。
「はぁ? 何をさ?」
その腕を払って、祐はアイツを睨みつけた。
「おー痛い痛い。ひどいなあ、君は」
祐に打たれた腕を振りながらも、アイツは祐に近づく。
「影崎翔太をやったのは、この子なんでしょ? どうやったのか知りたくてさー」
コイツの言葉に、ハッとして、祐を見た。祐は知らないはずだ。ずっと倒れてたはず。
「はぁ? 何の話? 何言ってるんだか、わかんないんだけど?」
「君たち友達じゃないのかい? いけないなあ。隠し事なんてさー」
「わたしも……この人、何言ってるのかわかんなくて――」
ここは、どんな事をしても、とぼけるしかない。声は震えるし、脚もガクガクしてる。
なんとかこの場をやり過ごさないと。
「ああーもおー、面倒くさいなあ。二人っきりで話をつけようじゃないか!」
アイツに手を掴まれて、引っ張られる。その手は異常に冷たい。
「ひぃっ、離して!」
「やめろおまえ!」
祐がアイツの手を掴んで、わたしから引き離そうとする。
「なんなんだよ、きみは。きみには用は無いんだよ」
ドカッという音と共に、祐が蹴り飛ばされる。
「あ、祐! 大丈夫!?」
祐に駆け寄ろうとするけど、アイツが手を離さないので近寄れない。
「離して! 離して! 誰かー!」
必死になって叫ぶ。祐を助けないと。そう思うと、恥ずかしさも吹き飛んだ。
「てめえ! 愛衣を離しやがれ!」
蹴飛ばされていた祐が、立ち上がってアイツに組み付いた。
「祐? 大丈夫なの?」
「これぐらい、平気!」
祐は、アイツの腕を掴んで、引き剥がそうして、さらに蹴りをアイツの脚に入れていた。
「ねえ、君、いい加減にしてくれないかな? 出来るだけ穏便に済ませたいと思っているのにさ、こうしつこく邪魔されちゃうと、流石に手を出さざるを得ないよね」
アイツの言葉が終わる前に、祐の体が不自然に勢いよく回転し、地面に倒れた。
倒れた祐の姿を見た時、わたしの中の何かがキレた。
祐は、わたしが守る。
全身が熱くなっているのに、頭は凄く冷えている、不思議な感覚。
「シンクロア、やるよ」
自分の声に怒りが宿る。
『愛衣様、危険です。今の状態はゾーンではなく、ワタシの制御を離れた――』
シンクロアの言葉を聞き終えるまで待てなかった。
一秒でも速くアイツを……。
掴まれたままの腕を、そのまま大きく持ち上げて、勢いよく地面にアイツを叩きつけた。
「うっがっ!」
叩きつけられたアイツは、うめき声を上げてしばらく動けなくなっていた。