EP-006 SYNC ERROR: 潜む視線
いつもの日常が帰ってきた。
わたしは入院から三日後に退院した。お医者さんは、わたしの回復力に驚いてたけど。まあ、シンクロアのお陰なんだけどね。そしてそれから、四日間自宅で安静にしていた。
影崎君の事件から丁度一週間後に、わたしは学校に戻ってきた。
今まで通りに学生生活を送っている。
でも今までと違うところもある。
影崎君が暴れた事件の傷跡が、クラスのみんなに見えない壁を作っていた。みんなどこかよそよそしく、距離を取っているように見える。できるだけ相手を刺激しないように。いつだれが影崎君のように暴れ出すかわからない。そんな疑心暗鬼が蔓延しているのだ。
わたしに対するからかいも鳴りを潜めている。からかわれないのはいいけど、怖がられているのはちょっと気持ちのいいものじゃない。それに、次に暴れるのは、わたしじゃないかとか噂されているのも耳にする。冗談じゃない。
わたしが影崎君と戦った事を知る者はいないようだった。みんな逃げるのに必死で、わたしや影崎君を見る余裕がなかったのかもしれない。そのことに心から安堵した。あれだけの大立ち回りをしたのに誰も見ていなかったというのは不思議だ。いろいろと噂されたり、問い詰められたりするのは想像するだけでも嫌だったので、幸運だった。
それと、影崎君は入院先の病院で亡くなったと、入院中に母から聞いた。
それを聞いたときは、すごくショックだった。まさか、わたしが彼を殺してしまったのかと恐ろしくなった。
『影崎翔太は、あのとき命に別状ありませんでした。生体スキャンで確認しましたし、それは愛衣様もご存知のはず。愛衣様が原因ではありません』
シンクロアがそう言ってくれなかったら、わたしは正気を保てなかったに違いない。シンクロアの言葉が嘘でも、それに縋りつきたい思いだった。シンクロアが嘘をつくとは思えないけど。
「なに唸ってるんだい、愛衣」
祐が声を掛けてきた。一瞬、いつもどおり肩をパンと叩こうとした手を途中で止めて、苦笑いしていた。わたしの身体を気遣ってのことだろう。
「なんか雰囲気、変わっちゃったなあと思ってさあ。みんな」
「そうだねえ。怯えてるんだよ。まあ、あんな事があったんだし、しょうがないと思うけど。あ、わたしは全然怖がってないよ? 次にあんな事があったら、次はぶっ倒してやろうと鍛えてる。だから愛衣も安心して。今度はちゃんと守るからね!」
むんっと、腕を曲げてポーズを取る彼女に苦笑する。
たぶん、祐が頑張っても、影崎君みたいなのには勝てないと思う。やっぱり、わたしとシンクロアじゃないと。でもそんな事は口が裂けても言えないけれど。
「うん。ありがとう、祐」
笑みで応えて、彼女の手を取った。
「おぅ」
祐は手を重ねて、にっこりと笑う。
わたしは、この笑顔を守りたいと思った。
その日の放課後、帰り支度を整えて教室を出る。
祐は、女子サッカー部の部活動に行ってしまったので、独りで帰る。いつもの事だけど。
正門から学校を出るとき、すぐ外に立っている見知らぬ男子生徒が、わたしの方をじっと見ているのに気がついた。すらりとした、天然パーマの男の子だ。割と顔もいいかも。クール系のイケメンって感じだ。
誰だろう。思い当たらない。
とりあえず軽く会釈して、通り過ぎる。
「ねえ君、在田愛衣さんだろ?」
通り過ぎた後ろから呼び止められる。
「えっと? どこかでお会いしましたか?」
まったく見覚えがない。名前を呼ばれたので人違いではなさそうだ。こんなイケメン、出会ってたら忘れないはずなのに。
「いや、初対面だよ。この前、君を見かけてね。一度話をしたいと思っていたんだよ。君って可愛いからさぁ。まあ、いわゆる一目惚れってやつぅ」
こ、この人、何言ってんの? 一目惚れって?! わたしに? ないない。あるわけない。わたしだよ? わたし。落ち着けわたし。きっとナンパだ。女なら誰でもいいって男よ。たぶん。それに、こいつすごくいやらしい顔でにやにやしているし。惚れた相手にする顔じゃないわ。
「ここだと落ち着かないね――。そうだ、ちょっと場所を移そうか?」
いい事思いついた! みたいな態度でにこやかにわたしの手を取ろうとしてきたので、慌てて後退る。
「そんなに怖がらなくていいよ。ねえ、いい場所を知ってるんだ。付いておいで」
ちょっと?! 勝手に話を進めて、どんどん歩き始めないでよ。正門の傍なので、帰宅中の生徒たちがたくさん通る。その生徒たちがチラチラをわたしたちの様子を窺っているのがわかる。見られているのが恥ずかしいので、とりあえず彼について行きながら、断る言葉を探し続ける。
「あの、ちょっと、困ります。わたし、その急いでますので」
「時間は取らせないよ。すぐに解放してあげる。君次第だけどね」
相手はどんどん歩いていく。ど、どうしよう。祐は? って部活動だし、頼れない。えっと、どうしよう……。あ、そうだ、シンクロア。あ、でも人前で話したら変だし。ぅぅん、どうしよう。無視するのも悪いし、でも付いて行きたくないし……。
「早くしなよ。僕も暇じゃないんだよ」
戸惑いながら付いてきていたわたしに、苛ついたように吐き捨てて、腕を掴んできた。
悲鳴を上げようとしたところ、彼の言葉に声が詰まった。
「見てたよ」
彼はそう言った。
「見てたって、な、なにをですか?」
冷や汗が、背中を伝う。
「グラウンドで凄い戦いしてたね。男子生徒相手にさ。その腕、たいして筋力なさそうだけど、どうやったの? 何か特別な事をした?」
彼はわたしの腕をさらに力を込めて握ってきた。
見られてた……。影崎君との戦いを見られてたんだ。シンクロアに相談しないと。でも相談するには、人気のない場所に移らないと。
「離してください! ひ、ひとを呼びますよ」
こういうとき人を呼んだり、叫んだりするのって勇気がいる。でもそんな事言ってる場合じゃない。なんとかこの場を逃げないと、大変な事になりそうな予感がする。掴まれた腕を振り払おうとしたけど、びくともしない。男の子の力って、こんなに強いんだ。
「おおっと、これはごめんよ。つい熱くなっちゃってさ。僕の悪い癖だ。許してくれると助かる。事を荒立てるつもりはないんだ。まあ、今日の目的は達したから、大人しく帰るよ。また逢おうね。愛衣ちゃん」
それだけ言うと、彼は背中を向けて歩き去っていった。
わたしは、しばらく彼の背中を眺めていた。彼の姿が見えなくなったとき、やっと我に返った。
いったいなに? 何が起きてるの?
とりあえず、シンクロアに聞かないと。
物陰に行こうとしたけど、脚が震えて歩けない。
周囲を窺うと、人の気配がなかった。じゃあ、大丈夫よね。
「シンクロア、わたし脚、動かなくなっちゃったのでなんとかして」
『愛衣様、呼吸を整えて、ゾーンに入れば動きますよ。大丈夫です』
ゾーン……、ああ、そうだった。シンクロアの言う通り、わたしは呼吸を整えて、気を落ち着かせる。全身に隅々までエネルギーが行き渡るようにイメージをすると、身体が暖かくなって来た。
『愛衣様、もう歩けますよ』
先程の震えはなくなった。普通に脚が前に出る。よかった。
わたしは近くの公園に向かって歩いた。その方がシンクロアとゆっくり話せそうだったからだ。
公園に入り、辺りを見渡して人がいない場所を選んでベンチに座る。
「ねえ、シンクロア。さっきの人、どう思う? 影崎君と戦ってるところ見られたみたいだけど、どうしよう?」
『――彼が何者かは、わかりません。あの反応から考えますと、また愛衣様に会いに来ると思われます。そのときの対処を今のうちに考えておいた方がいいでしょう。彼の口調や態度、それに生体的な反応から、ただの愛衣様への興味本位では無さそうです。最大級の警戒が必要と思われます』
「でも、どうしたらいいのかなんて、わからない。だって相手の目的がわからないし」
『関わらないのが一番ですが、それでも彼は近付いて来ると思われます。誤魔化すのも難しいでしょう。相手の意図を探る必要があります。ですが、愛衣様はできるだけ接触を避けてください。最悪の場合は、戦いになるかもしれません』
「戦いって?! 影崎君のときみたいに?」
一週間前の、あの影崎君との戦いがふと思い出される。人間を越えたスピードの拳や蹴り。それがわたしに執拗に襲いかかる。シンクロアの力を借りている状態でも、殴られた腕や蹴られた身体の芯が砕かれるような痛み。想像するだけで、骨が震える。
『影崎翔太についても、調べてみる必要がありそうです。影崎翔太の背後に何かがありそうです。そして先程出会った人物は、その何かに関わる人物だと思われます』




