EP-005 SYNC ERROR: 隠されたノード
白い天井をぼんやりと見つめている。
病院に入院するなんて初めての事だ。
お医者さん曰く、全身打撲と脳挫傷ということで、二、三日は安静なのだそうだ。検査もまだあるらしく入院する事になった。
影崎君と戦った後、わたしは気を失った。シンクロアが、わたしの身体の状態を調整してくれていたので、問題なく戦えていたんだけど、シンクロアが充電モードに入った為、本来の身体の症状(殴られたり蹴られたりしたそのダメージ)が、そのままわたしに降り掛かったのだ。もう立つ事も出来ず、溶けるようにその場に倒れたところまでは覚えている。しかし、それからどうなったのかはわからない。
次に気がついたら、病室のベッドで寝ていたのだ。あの後、学校に救急車が呼ばれて、わたしを含めてみんなが搬送されたと、後から来た母から伝え聞いた。
目が覚めたときに、左耳にシンクロアが無かった時は焦った。運ばれている途中で、何処かに落とされたのかと、看護師さんを捕まえて「小さいイヤホンみたいなもの、落ちてませんでしたか?!」と訪ねまくって、恥ずかしい思いをした。結局のところ、身につけていた衣類と一緒、ベッドの脇の籠に入っていたんだけどね。
「シンクロア、起きてる?」
母が帰った後、掛け直したシンクロアを、小声で呼ぶ。
『はい。愛衣様、起きてますよ。そのまま装着していただければ、お身体の修復を行います。どうされますか?』
病室の壁時計は、まもなく九時を示すところだった。もう夜になっていた。
「そうね。お願いするわ。あんまり長居したくないし。わたし相部屋って苦手なのよ」
『わかりました。不自然さがないように、できるだけ早めに修復できるように調整します』
「お願いね。あ、シンクロア」
シンクロアを呼んだのは、身体を修復してもらう為じゃない。シンクロアに伝えたい事があるからなんだ。
「シンクロア。ありがとうね。助かった。わたし、シンクロアが居なかったら戦えてなかったし、みんなを守れなかった」
『ワタシは、愛衣様の力を引き出しただけです。ワタシの力ではありません』
「ううん。それでも。ありがとうね」
そう、シンクロアが居なかったら、わたしはただ影崎君に殴られて終わっていた筈だった。誰も助けられずに、みんなが傷つけられるのを黙って見ている事しか出来なかったと思う。だから、本当に感謝してる。お父さんがそんな事を考えてわたしに送ったとは思えないけど、それでもお父さんに感謝したくなった。
◇ ◇ ◇
次の日
祐が見舞いに来た。
「愛衣が一番重症だよ。他のみんなは怪我はしてるけど、入院してる人は居ないよ。影崎以外」
そっか。誰も死なずに済んだのね。よかった。それに、影崎君も生きていたんだ。よかった。殺してなくて。
「影崎君は入院してるんだ?」
「詳しくは知らないけどね。先生は何も教えてくれないし」
「祐は大丈夫なの?」
彼女は、影崎君にふっ飛ばされて気絶していたのを覚えている。かなり強くぶつかっていたのを記憶している。
「うん。私は、軽い脳震盪だってさ。検査は受けたけど、異常なしだよ」
そう言って明るく笑う。よかった。祐が無事で。
「愛衣。ごめんね」
「え? 何が?」
「私、愛衣を助けられなかったからさ」
ほんとに済まなそうに項垂れる。
「いやいやいや、だって、相手は男の子だったし」
慌てて、祐の手を取って慰める。
暴走した影崎君を止められるのは、わたしにしか無理だった。いや、正確に言えば、シンクロアとわたしだけど。祐がどれだけがんばっても、あの状況なら無理な話だ。
「むしろありがとうだよ、祐。助けようとしてくれて」
「そう言ってもらえると、助かるんだけどねー。まあなんだー、いつも愛衣を助ける助けるって言っててさ、本当に危ないときに助けられなかったからさ、愛衣にがっかりされたかなって思ってたから」
「ううん。そんな事ないよ。あんなに怖い影崎君から守ってくれようってしてくれたじゃない。凄く感謝してるよ。普通出来ないよ。それに、いつも祐には感謝してるから」
シンクロアが来るまで、本当にずっと祐に守られていた。それは事実だし。その事には凄く感謝しているし。
「いつもさ、みんなから、陰口で叩かれて落ち込んだときも、祐が傍に居てくれた。だからなんとか耐えられたんだよ。本当にありがとうだよ」
偽りない本当の気持ちだった。
そして、いつも祐に悪いと思っていた。
「今度こそ、ちゃんと愛衣を守るからね」
祐の手が、強く握り返してきた。祐の眼は輝いていた。わたしもこんなふうに輝けたら。
「ありがとう、祐」
でも、わたしにはシンクロアが居る。だから、今度はわたしが祐を守るんだ。
そのときのわたしは、大事なことをすっかり忘れていたのだ。
影崎君の中にシンクロアのようなものがあるという、シンクロアの言葉が何を意味するかを。
◇ ◇ ◇
薄暗い地下にある手術室。ベッドに上に影崎翔太が横たわっている。生きてはいるが意識はなく、まるで死んでいるかのようだ。
「それでは、シグマノード(SigmaNode)の摘出を始めます」
手術着に身を包んだ医師が、そう宣言する。
周り居る三人の助手たちが手際よく作業を進める。
頭髪を部分的に剃り、その部分を切開する。
頭蓋骨裏側に固定されたデバイスを確認する。
「ありました。シグマノードです」
シグマノードと呼ばれたそれは、影崎翔太の脳神経と電極で繋がれていた。
「電極をすべて抜き取れ。一本も残すな」
無数にある電極を脳神経から引き剥がす。
すべてを剥がし終えた後、デバイスを頭蓋骨から取り外す。
「どうぞ、シグマノードです」
取り外した医師は、シグマノードをケースに入れ、奥で静かに座っている黒いスーツの男に渡す。
「それで、被検体の処理はどうしますか?」
尋ねられた黒スーツの男は、少し思案した後、
「まあ、医療ミスは起きるときは起きる。それはどんな医療チームが全力を尽くしたとしてもだ。そうだろう? それに君たちは全力を尽くした。そういうことだ」
「わかりました。ではそのように」
黒スーツの男は、シグマノードの入ったケースをアタッシュケースに仕舞う。
「あー、この件は内密にお願いします。そうでなければ」
「はい、わかっています。わかっていますとも、司祭様」
満足そうに、司祭と呼ばれた黒スーツの男は、手術室を去っていった。