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気弱な私をAIシンクロアが最強に変えるけど使いこなせない件  作者: 杉乃 葵
第一章 SYNC ERROR

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EP-029 SYNC ERROR: 離別の夜

「とりあえず――証拠品は押収しないとな」


 真堂さんはそう言って白い手袋をキュッとはめ、腰を下ろし、ピンセットで床に散らばったイヤホンの破片を一つひとつ摘んで封印ラベル付きの小袋に落とした。

 一瞬、何か言いたげな視線をわたしに向けたけど、結局なにも言わずに立ち上がった。


「本部までご同行、お願いできるかな」

 

 穏やかな声で真堂さんは言った。

 まあ、そうよね。このまま、はいさよならってわけにはいかないよね。

 緊張のあまり、喉が詰まって返事ができなかった。


「まあ、そう怖がらないで。ただの事情聴取だから。報告書っていうの? そういうやつを書かないといけないのよね。デバイス壊れちゃいましたーって上司にそのまま報告しちゃうとさ、怒られちゃうから」


 あくまでも形式的なやつだからと、努めて軽い調子で言葉を並べている。


「わかりました。行きます」


 わたしがそう言うと、真堂さんはほっとした顔を見せた。

 なに? もしかして彼も緊張してたの?


「きみたち、まだ銃を向けてるの? もう早く下ろしなさい。危ないでしょ」


 そんなにわたしが怖いのか、取り囲んでいたD-5の隊員たちはずっと銃口を向けていた。

 真堂さんの一言で、彼らはゆっくりと銃を下ろした。


「しかし、きみも肝が座ってるねえ。怖くなかったのかい?」

「なんか、慣れちゃって」


 シンクロアがいたからっていうこともあるけど、それ以前にわたしの感覚は麻痺しているのかもしれない。真堂さんは、わたしの返事に苦笑していた。


「それじゃ、外へ出ようか。車が用意してある」


 真堂さんの言葉に頷いて、彼の後についていく。

 周りの隊員たちが、息を飲んで見守っている緊張感がわたしにも伝わってくる。

 彼らにじっと見られている。わたしの動作のひとつひとつを見逃すまいと、気を張っているようだった。

 そんな視線が、部屋を出た後、ドアで遮られた。それと同時に、わたしの緊張もほどけた。


 階段を上がり、建物の外へ出ると、陽も陰り、すでに夕方だった。広場には、黒い車が数台停まっているのが見えた。やけに物々しい。

 

「さあ、乗って」


 真堂さんが車の後ろのドアを開いて、わたしに乗るように促す。


「あっ……」


 数歩進んだところで、わたしはその場でしゃがみ込んだ。


「ん? どうした?」

「裸足だったの、忘れてました。ちょっと足の裏に石が刺さったみたい」

「そっか。わかった」


 真堂さんは、わたしに近付くとそっと抱え上げた。


「あ、あの、真堂さん……」

「なにかな?」

「セクハラで訴えますよ」

「ひどいなあ。車まで連れて行くだけだよ。裸足のままじゃ痛いだろう?」


 わたしの抗議を無視して、彼はわたしを抱えたまま車へ向かい、そっと後部座席に下ろした。

 そして反対側のドアを開けて、わたしの隣に座った。


「行ってくれ」


 そう運転手に彼が命令すると、すぐに車は動き出した。


「事情聴取ってなにするんですか?」

「なあに、簡単なことさ。今まであったことを全部、話してくれるだけでいいんだ」


 今まであったこと――

 よくよく考えると、いろいろありすぎるよね。


 D-5の本部に着いて、警察のドラマでよく見るような取り調べ室に入れられた。

 小さなテーブルと、パイプ椅子が二つ。

 そのパイプ椅子に、わたしと真堂さんが向かい合わせで座った。

 もう一人、部屋の隅にスーツ姿のD-5の男性が立って、わたしを警戒していた。


「じゃあ、さっそく話してもらおうか」

「そうですね――なにから話したものやらで……」


 誕生日に去年死んだ父からの誕生日プレゼントとして、シンクロアが届いたこと。

 シンクロアを装着すると、わたし自身の筋力などが制限一杯まで使えるようになったこと。

 学校で影崎くんと戦ったこと。彼がシンクロアと同じようなものを使っていたと思われること。

 その後、イジェクトに襲われて、教団の支部に連れて行かれたことなどを話した。


「何ていうか、きみ、完全に巻き込まれたって感じだね」


 真堂さんがあからさまに同情した。

 いや、まあ、そうなんだけどね。シンクロアがいたおかげで良いこともたくさんあった。でも同時に、厄介事も降りかかってきたって感じ。


「いやーでも、きみが何かを企んでいるんじゃなくてよかったよ」

「企むってなんですか? わたしがなにをしようっていうの?」

「世界征服とか?」

 世界征服――。そんなこと、一ミリも考えたことないわ。わたしは普通になりたいだけ。そもそも征服してどうするっていうのよ。


「真堂さんなら、そうするんですか?」

「んー、そうだねえ。男としては憧れるかもなあ」


 憧れるんだ……。


「手に入らなくて残念でしたね」

「ん? いやいや、誤解しないでくれ。そのために手に入れようとしたんじゃないよ? あくまでも仕事だからね。国のためさ。きみ、怖いね。変な誘導尋問はやめてくれ」

「誘導尋問なんてしてませんよ」


 まったく。この人は、どこまで本気なんだか。


「それはそうと、なぜデバイスを渡す前に、きみ以外に渡ると自動消去することを教えてくれなかったんだい? あらかじめ言ってくれていたら――」

「わたしごと保護対象になるんでしょ。わかりますよ。教団の方でも言われましたし」

 わたしは、あのとき教団の支部長が言った言葉を思い出していた。


「なるほど。体験済みだったわけだ。つまり、国家の犬にはならないということだね」

「そこまでは思っていませんけど、わたしは普通の日常に戻りたいだけです」


 それが本心だった。嘘偽りのない、わたしの心。

 わたしの気持ちを汲み取るように、真堂さんは目を細めて上を向いた。


「わかったよ。報告書はうまく書いておく。きみが元の生活に戻れるようにね」

 そう言って、彼は優しく笑うのだった。


「ただし、しばらくは我々の方で護衛を配置することになる。まだ教団に狙われるだろうしね。それがどのぐらいの期間になるかだが――一応、きみのデバイスが破壊されたことをそれとなく教団側にも情報を流すことにするが、その効果を見てからの判断になる」

 ああ、まだしばらくD-5の監視が付くってことなのね。それはそれで動きづらくて面倒だわ。


 その後は、健康状態の確認という名目の身体検査が行われた。結果は異常なし。いたって健康。


「おつかれさま」


 診察室を出たところで、真堂さんが待ち構えていた。


「なんでそんなところにいるんですか?」

「いやぁ〜きみのことが心配でね。いてもたってもいられなくてね」


 軽薄に言う。絶対、本心じゃない。


「どうせ、わたしがデバイスを隠し持っていて逃げないかどうかが心配だったんでしょ?」

「あはは、そんなわけないじゃないか。人聞き悪いなあ」


 ごまかせてないですよ、真堂さん。


「あ、そうそう、これを渡そうと思ってね。そんなスリッパじゃ帰れないだろう?」


 真堂さんに言われて、自分の足元を見た。そういえば、本部に入るときに来客用のスリッパを履いたのだった。裸足で歩き回るわけにはいかないからと、真堂さんから渡されたやつだ。


 真堂さんは手に、スリッパよりはましな、ゴム製のつっかけを持っていた。裏庭に出るときとかに履くやつね。


「こんなものしかなかったけど、それよりはマシだろうと思ってね」


 それを床に置き、履くように促した。


「ありがとうございます」


 とりあえずのお礼を口にする。

 

「じゃあ帰ろうか。送っていくよ」


 それもそうか。わたしはここがどこかもわからないんだ。車で連れてこられたから、一人で帰るのは難しい。


「もう、いいんですか?」

「ああ、もう全部終わったよ。あとは帰るだけさ」


 真堂さんの後について、地下駐車場まで来た。

 同じ車がずらっと並んでいる。


 そのうちの一台が動き出して、わたしたちの前まで静かにやって来た。

 後部ドアが自動でスッと開いた。


「あの、真堂さん?」

「どうぞ乗って。俺はまだ仕事が残ってるんで見送りだけだよ。運転手は信用していいよ。行き先は言ってあるから」


 恐る恐る後部座席に乗り込む。中には誰もいない。貸し切りだ。


「じゃ、よろしく」


 真堂さんは運転手に声をかけて去っていった。

 運転席は後部座席からは遮蔽されていて、まったく見えない。


 まあその方が気を遣わなくていいから、楽かもね。


 車は静かに動き出す。


 窓は黒く塗られていて、外の景色は見えない。

 他にすることもないので、シートにもたれかかって休む。

 

 これからが本番だ……



「着きましたよ」


 声を掛けられて、自分が寝ていたことに気づいた。

 車のドアは開いていて、運転手と思われる制服姿のおじさんが覗いていた。


「あっ、はい! 降ります! 降ります!」


 変な姿見られてないよね? 変なことされてないよね?

 慌てて車から降りるとき、引っ掛けて履いていたつっかけを飛ばしてしまった。


 いままさに、変なところを見せちゃったじゃない……


「それでは、失礼します」


 運転手さんは一礼して車に戻り、すぐに発進させた。

 愛想のない人だなあ。

 わたしのつっかけにも無反応だったし。

 取ってくれるとか、笑うとか、見ないふりするとか、いろいろあると思うのよ。それなのに、しっかり見ておきながら、ガン無視で去っていったわね。


 寝起きの頭が、いっそう混乱したわ。


 去っていく車を、意味もなく見えなくなるまで見つめていた。気がつくと、外はもうすっかり夜になっていた。

 今日は本当に疲れた。しかしまだ休むわけにはいかない。

 重い足を引きずりながら、家へと向かう。


 そして、玄関の前に立ってわたしは愕然とした。


 そうだ、どうして忘れていたんだろう……


 玄関のドア……壊れてなくなってる……


 いや、シンクロアに操られたわたしが壊したんだけど……

 どうすんのよ、これ。



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