EP-028 SYNC ERROR: 葬火の炉
シンクロアにアドバイスを求めながら、お父さんの研究室の資料をすべて廃棄することにした。
それがいま、わたしがやるべきことだ。
D-5の人たちにここを荒らさせるのは、お父さんの望まないことだと思ったからだ。
不思議なことに、あらかじめ予定されていたかのように、部屋には小型の高温炉が用意されていた。資料焼却のために据え付けられていたのだろう。排気ダクトが天井の奥へと続いている。用意周到というかなんというか。
D-5の手にシンクロアの資料が渡って、量産されたりしたら、それはそれでやっかいなことになりそうだし。間違ってないよね? わたし。
シンクロアが無い方がいい、とは思わない。
でも、使い方次第では教団のようになってしまう怖さもある。
まだ人類には早すぎたのかもしれない。
手近な紙束を掴んで内容を読んでみたけど、専門用語すぎてなにがなんだかそもそもわからない。
だから、どれが重要なものなのか判別できない。なら、あるものはすべて燃やそう。そうするしかない。
多くは紙の書類だったけど、他はよくわからない基板ばかりだ。
『愛衣様、優先すべきは、お父様の手書きノートや回路図です』
「そんなこと言われても、どれがノートで、どれが回路図かわかんないって!」
とにかく目に入ったこの部屋にあるものすべてを、片っ端から炉に放り込む。
『炉のスイッチを入れました。すぐに炉の温度は三百六十度に上がりますので、ご注意を』
「三百六十度?!」
想像できない温度だわ。
投入した紙類がすぐに黒く燃え上がって崩れていく。基板もその身体がぐねぐねと捻れて溶けていく。なんか、生き物の断末魔のようで気持ち悪い。
「これで全部かしら?」
部屋の中で目についたものはすべて炉に放り込んだ。もう部屋には、研究資料はなにも残っていない。
『そうですね。もう、見られて困るようなものはありません』
紙の焦げた匂いが部屋を満たし、基板の樹脂が溶けるときの鼻の奥をつく独特の嫌な匂いも混ざっている。しかし、わたしは、その燃えて無くなっていくお父さんの遺産から目を離すことができなかった。
離婚していたせいで、わたしはお父さんの葬儀には行っていない。だからかもしれない。わたしはきっといまになって、初めてお父さんを見送っている気分になっているのだろう。
『愛衣様、D-5の部隊が突入を開始したようです』
「そう、じゃあ準備しないとね。ここからが本番ね」
シンクロアの警告からすぐあと、ドンッと扉が跳ね、D-5の部隊が雪崩れ込んできた。
彼らの姿は、まるで軍隊みたいだった。
紺色の戦闘服に身を包み、フェイスシールドを装着し、自動小銃の銃口をわたしに向けている。
その様子は、まるでわたしが危険人物だと言わんばかりだ。って、わたしって危険人物なの?!
シンクロアがいなければ、わたしは震え上がっていたに違いない。
でも、シンクロアがいればなんとかなる。いまはそう思えている。
「すぐに炉を止めろ」
真堂さんが命令すると、紺色の人たちが炉を止めにかかった。金属のスイッチが小さく鳴り、温度表示の数字がゆっくり下がっていく。
「あー、慌てなくていいから。たぶんもう――、いや、やるだけのことはやっといてー」
真堂さんは、もう間に合わないとわかっている様子だった。でも一応仕事だからやっておいてっていう感じの指示だった。
わたしがそんな感想を抱いていると、真堂さんがわたしの前に一人で進んできた。
彼は、家にいたときと同じ紫のスーツ姿だった。
両手を広げて武器を持ってないことを示して、近づいてくる。
「さて、ではちょっと事情を聞きましょうか? どうして逃げたりしたんだい?」
優しい声で問いかけてくる。敵意が感じられなかったので、正直ほっとした。
「えっと、それは――実はですねえ……わたしが逃げたかったわけじゃなくて――」
シンクロアが勝手に――と言おうとして、言葉を止めた。
そうだ。シンクロアのせいにしてはいけない。
はっきりした意志があったわけではないけど、心の奥底にシンクロアを手放したくないという気持ちが、わたしにはあったのだ。
「そのデバイスは、D-5が預かり、国の管理下に置く。申し訳ないが、渡してくれ。君が、俺の命を助けてくれたことは感謝している。でもそれは、俺個人の問題だ。いまはD-5として話している」
わかっていたことだけど、改めて言われるとショックを感じる。
もう来るところまで来たのね。
「真堂さん、聞いてください。わたしは短い間でしたけど、シンクロアと一緒に過ごしてきました。あ、シンクロアっていうのが、デバイスの名前です。この子、性格は淡白なんですけど、話してたら楽しくって。いろいろと危ないところも助けてもらいました。なにもできないわたしに、何かできるかもって思わせてくれました。もう、わたしの身体の一部のようなものです」
話しているうちに、自分がなにを言おうとしているのかわからなくなってきた。
ただ、いまのわたしの気持ちを誰かに聞いてほしいだけなのかもしれない。
真堂さんは、わたしの気持ちの吐露を黙って聞いていた。そして最後まで聞いた後、彼はゆっくりと口を開いた。
「それで、きみはどうするつもりなんだい?」
わたしがこれからすること。それは――
わたしは意を決し、手をイヤホンに当てる。
「シンクロアをお渡しします。わたしは普通の生活に戻りたいです」
自分の意志をはっきりと真堂さんに伝える。
そして左耳からイヤホンを外して、真堂さんにそっと手渡す。
「いいんだね?」
真堂さんは、念を押すように言った。
わたしは、決意を見せた強い視線で応える。
「真堂さんに、一つ言っておくことがあります」
真堂さんは、「なんだい?」という顔をした。
「シンクロアは、わたし専用に開発されたデバイスです。わたし以外の人の手に渡ると、自動消去されるように設計されています」
わたしの言葉を聞き終わると同時に彼は息を飲み、自分の手の中のイヤホンを見た。
「さようなら、シンクロア」
わたしの声と合わせるように、真堂さんの掌のイヤホンから白い煙が細く上がる。イヤホン内部からパチパチと何かが弾けるような音がする。それに驚いた彼は、反射的にイヤホンを落とした。
イヤホンは、床に触れた瞬間、ボンッと小さく弾け、黒と銀の破片に砕け散った。




