EP-030 SYNC ERROR: 父の亡霊
扉がなくなり、開けっ放しになっている玄関を見つめる。
どうしよう……もう夜なのに。
途方にくれていると、白い大きなバンがわたしのすぐ横に停まった。
「あれぇ~愛衣じゃないの? 帰ってたの?」
のんきな声で、車から降りてきたのはお母さんだった。
「お母さん、いままでどこにいたのよ?!」
お母さんを最後に見たのはいつだったか――、記憶を手繰る。
そうだ、イジェクトが家にやって来る直前だ。そのときまではお母さんは家にいた。
でもイジェクトが来たときには見ていない。どこかに隠れていたのだろうか?
「家に帰ってきたらドア壊れててびっくりしちゃった。だからね、知り合いの業者さんに頼みに行ってたのよ。こんな時間でしょ? 他じゃやってくれそうにないから」
お母さんはそう言うと、白いバンに乗っていた業者さんに声をかけた。
作業着を着た業者さんは、車から降りて玄関のドアの状態をあちこち見て確認していた。
「後は任せましょう。愛衣、中に入ろ。お茶でも飲む?」
そう言って、お母さんはさっさと家に入っていった。
相変わらずマイペースな人だ。
わたしはよくお父さん似だと言われる。性格が暗いところや、顔立ちまでお父さんに似ているとよく言われる。お母さんは対照的に性格は明るく、顔立ちも笑顔が可愛い人だ。わたしはどこかお母さんから受け継いだところがあるのだろうか……。
言われるままに、家に入って客間へ行くと、もうお茶の用意がしてあった。
ローテーブルの上に、温かそうな紅茶が入ったティーカップから湯気が上がっている。中央にクッキーが盛られたお皿も置かれている。お母さんが好きなクッキーだ。わたしはあまり好きではないのだけれど。
お母さんに座るように促されて、向かいのソファーに腰を下ろす。とりあえずクッキーを一つ摘み、紅茶を啜る。いつもどおりの紅茶だ。市販の安いティーバッグを使ったやつ。でもそれが、いつもの日常だと感じて、少し安心する。
でもわたしは、ゆっくりしているわけにはいかなかった。
急いで紅茶を飲み干し、ソファーから立ち上がる。
「どうしたの? そんなに慌てて?」
お母さんの声音に、わたしの足が止まる。その声はいつもの声ではなかった。優しくもなく、怒っているわけでもなく、どこか淡々として感情が感じられなかった。
「そうそう、愛衣、あなたこれ落としたでしょ?」
ローテーブルの上に、お母さんの手からペンダントが置かれた。
そのペンダントは、さっきお父さんの研究所にあったやつだ。研究所から出た後、雑草の影に隠したもの。そしてわたしが、急いで取りに戻ろうとしていたものだ。D-5の人たちに見つかったら大変だからと――
「な、なんで、お母さんが……」
「もう落としちゃだめよ。大切なものなんでしょ?」
お母さんは薄く笑って、人差し指を口に当てた。
お母さんは何かを知っている……それだけは確かだ。
しかし、わたしはそれよりも――
ローテーブルからペンダントを引っ掴んで二階に駆け上がる。
心臓がドキドキして、呼吸が苦しい。
ペンダントを耳に当てて呟く。
「シンクロア、聞こえる? 大丈夫そうだったら返事して」
『あ――様、大丈夫――』
「やっぱりペンダントだと無理みたいね。よく聞こえないわ。イヤホンの身体、今度ちゃんと買ってきてあげるから、それまで辛抱してね」
よかった。シンクロアが戻ってきた。
そう、あのときお父さんの研究室で、わたしはシンクロアに訴えた。
「シンクロア、わたしは元の生活に戻りたい。でも、あなたがいなくなるのは嫌」
『愛衣様、それは難問ですね』
手の届く範囲のものをどんどん炉に焚べていたとき、シンクロアとそっくりなイヤホンを掴んだ。
「これ、シンクロアそっくりね」
『ここには、開発途中のものがたくさんあります。外側だけではなく、中側にもワタシそっくりなものがたくさんありますよ』
シンクロアそっくりな中身がたくさんある? それって――
そのときひらめいた。
この創りかけの基板を、D-5に渡せばいいのでは? と。
「シンクロア、この子たちって動くの?」
『動くものもありますし、動かないものもあります。動くものがどれか表示いたしますか?』
「うん。よろしく」
すると、視界に赤く光る物体がいくつか現れた。
「あともうひとつ、この子たちって、わたし以外の人に渡ったら壊れるの?」
『そちらについては、機能は持っていますが、現在稼働していません。しかし、ワタシの方で稼働させることは可能です』
「じゃあ、稼働させて。それからシンクロア、あなたの身体をこのペンダントに入れ替えるわ」
ペンダント型のデバイスを掴んで、中を開ける。
「シンクロア、この中に入れそう?」
『問題ありませんが、少々愛衣様とのコミュニケーションが取りづらくなると思われます』
それはこの際、仕方がない。
「じゃあ、シンクロア、しばしのお別れよ」
『はい。うまくいくことをお祈ります』
AIが祈ったりするのだろうか? そう考えると可笑しくなって、吹き出した。
イヤホンを分解して、シンクロアの基板を取り出し、ペンダントに入れる。
「へええ、規格を統一してるんだ。すごい」
基板は、シンクロアの基板と全く同じサイズ、同じ形で取り換えが可能になっていた。
ペンダントを首にかけ、周りから見えないようにブラウスの中にしまう。そして、イヤホンを左耳に付けて、これで準備完了。
後は、わたしが身体検査される前に、ペンダントをどこかに隠せればOKだ。シンクロアと二人で考えた作戦だ。
読みどおり、真堂さんはその場で身体検査はせずに、本部に連行しようとした。イヤホンが壊れて動揺していたせいかもしれない。
わたしは車に乗り込む前に、足の裏が痛いふりをしてしゃがみ込み、その隙にペンダントを引きちぎって草むらに隠した。
D-5に見つからないように、ペンダントを取りに戻る。
そこまでが計画だった。
でもどうして、お母さんがこのペンダントを――
後日、新しいシンクロアの身体になるイヤホンを、わたしは購入した。
逸る気持ちを抑えながらイヤホンを分解して、中にシンクロアの基板を入れた。
規格が合っていないのでぴったりとは入らない。仕方がないので、とりあえずセロハンテープでシンクロアの本体を仮止めする。これは、後々なんとかしないとね。
これでいつでもシンクロアと話ができる。
左耳に、イヤホンを装着。
「シンクロア、聞こえる?」
ついつい、顔がニヤけてしまう。
『はい愛衣様、感度良好です。うまくいきましたね。お見事です。
しかしながらD-5はまだ愛衣様のことを見張っています。以前ほどではありませんが、監視の目はありますので、今後ともご注意ください』
「ええ、わかってるわ」
それでも、今はシンクロアとまたお話ができる。
そのことがとても嬉しくて、たまらなかった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
朝、学校へ登校する在田愛衣の後ろ姿を、母親は見えなくなるまで見つめていた。
『静葉、きみには苦労かけてすまない』
彼女の左耳に掛けたイヤホンから音声が流れる。静葉は、その音声を聞き、愛おしそうに、そのイヤホンを撫でる。
「なにをおっしゃってるの? 愛衣のためでしょ。それならわたしにも責任がありますから」
『ワタシはただの亡霊に過ぎない。ただのデータだ。ワタシの言うことなど無視して、きみと愛衣は幸せになっていいんだよ。そういう選択だってあっただろうに』
「ふふ、わかってないわね。あなたの悪いところよ。あなた、ちっともわたしのことわかってないんですから。愛衣のことも大事ですけど、わたしはあなたのことも大事なんですから。これからもあなたと一緒に、愛衣のこと見守っていきますわ」
これで、第一章は完となります。




