EP-023 SYNC ERROR: 命の境界線
気が付くと、わたしは病院のベッドで寝ていた。
すごく既視感がある。
病院独特の消毒液の匂いが漂っている。
あまり好きな匂いではない。というか、消毒液の匂いが好きな人っているのかしら。わたしの周りでは、そんな人見たことない。
起き上がろうとしたら、全身にキリキリと痛みが走って起き上がれなかった。
またやっちゃったって感じね。
ベッドから出ることは諦めて、首だけ動かして病室の様子を窺う。
部屋には誰もいない。
窓の外が明るいから、今が昼間だとわかる。
何もすることがないので、何があったのか、ゆっくりと思い出そうと記憶を辿っていた。
そうだ、わたし、イジェクトと戦って……戦ってどうなったんだっけ?
「シンクロア、今これどういう状況?」
聞いてみたけど、シンクロアからの応答がない。監視されてるから反応できないのかと思ったけど、左耳を触って愕然とした。
シンクロアが――ない?!
状況から考えると、真堂さんか、もしくは最悪の場合イジェクトにここまで運ばれた可能性もある。それで、シンクロアがないってなると、奪われたかもしれない?!
慌てて起き上がろうとして、身体が痛んでいることを思い出す。激しい痛みに、涙目になりながらなんとか身体を起こす。
寝てなんていられない。シンクロアを取り戻さないと。
念のため、以前あったように着替えの時に外されたなら、服と一緒に置かれているかもしれない。
部屋を隈なく見渡すと、ベッドの下にある籠に服が入れてあった。
ベッドから降りて、籠を調べた。服は確かにわたしのものだった。そしてそれは汚れてボロボロになったまま。イジェクトとの戦いの激しさが思い出される。
スカートのポケットも探ってみたけど、シンクロアは見つからなかった。
駄目か……。盗られたか、もしくは落としたかだよね。
「おや? 元気になったんだね。よかった」
いつの間にか、病室に入っていた真堂さんに声を掛けられた。
ほんと、いつ来たのよ!
「着替えてどこかに行くつもりかい?」
服を漁っていたところを見られちゃた。ここは不審がられないように、話に乗っかろう。
「病院って、苦手なんです」
「あは、まあ、病院が得意って奴は、いないだろうね」
何がおかしいのか、そう言ってゲラゲラと笑った。
真堂さんがいたことで、ここに運んだのは真堂さんだとわかる。イジェクトでなくて本当によかった。
「あのう、それで、帰っていいですか?」
一刻も早く、シンクロアを探したかった。
「すまないが、しばらくは無理だね。まだ検査も残っているし」
「検査? なんの検査ですか? わたし、どこか悪いんですか?」
身体に痛みはある。でもこれは、イジェクトの奴がめちゃめちゃ殴ったからで、どこにも異常はなさそうなんだけど?
「どこか悪いのかだって? それがわからないから、大丈夫かどうか検査するんだよ。まあ、心配はいらないさ。初期検査では、異常なかったみたいだし。念のための、精密検査をやるってだけだよ」
精密検査ってなんだろう。わたし、健康診断ぐらいしか受けたことないですけど?
「そうだ、愛衣ちゃん。君に話したいことがあるんだが、いまいいかな?」
わたしに話したいこと? なんだろう? 改まって。シンクロアのことかな?
わたしが無言でいると、それを肯定と思ったのか、真堂さんは話し始めた。
「あの時、君が助けてくれなかったら、俺は殺されていた」
家でのイジェクトとの戦いのことだ。そう言えばわたし、真堂さんが危ないって思って飛び出したんだっけ……。我ながら馬鹿なことしたと思う。シンクロアのことバレちゃうってわかってたのに。
「愛衣ちゃん、ありがとう。君は命の恩人だ」
深々と頭を下げる真堂さんを見つめる。あの時、わたしが戦わなかったら、いま彼は目の前にいないのだ。
見殺しにしなくてよかった。
あのまま、戦わずに助けなかったら――
彼の人生は、あの時終わっていたんだ。
「愛衣ちゃん? なんで泣いてるの?」
真堂さんに言われても、手で頬に触れる。
指が涙で濡れた。
気づかないうちに、泣いていたんだ。わたし。
「自分でも、よくわかりません。きっとホッとしたんだと思います」
真堂さんから差し出されたハンカチを受け取って、涙を拭く。
「君には、本当に感謝している」
真堂さんは、念押しするように繰り返した。
そして、すまなさそうな顔に変わる。
「その感謝は、俺の個人的なものだ。だが……」
真堂さんは、辛そうな目をわたしに向けた。
「俺はD-5だ。その役目は全うしなければならない。悪いようにはしないから、本当のことを話してくれ。あの時の君はなんだ? 何をした? とても普通の人間とは違う動きをしていたね」
やはり気づかれていた。
そりゃそうよね。目の前で、あんな大立ち回りしたんだもの。
どうしよう……
「君のお父さん、在田理厳が作ったデバイス。その力だね?」
この人は、どこまで知っているのだろう。いろいろと知った上で、わたしに聞いているんだ。
「あのぅ……」
言葉が継げなかった。何を話しても全てダメになりそうだ。
そんなわたしを察してか、真堂さんが話を続ける。
「我々D-5の目的は、教団のテロ行為を未然に防ぐとともに、教団が使用しているデバイスの押収だ。君がそのデバイスを使っているのなら、我々に渡して欲しい」
やっぱり、そういうことなのね。この状況で、さすがに持っていませんは通用しない。でもシンクロアは渡したくない。
「えっとですね……今、手元にないんです」
とりあえず嘘はついていない。
「ああ、それはわかっている。君の身体はすでに調べた。デバイスが埋め込まれている様子はない」
「え?! 調べたって、身体をですか?! 真堂さんが?!」
え? やだ。さすがにそれは、ちょっと耐えられない。
いまさらだけど、両手で身体を隠して彼から遠ざかる。
「待て待て、勘違いするな。俺じゃない。医者がやったんだよ。安心しろ。CTやレントゲンとかな。俺は結果を聞いただけだから」
真堂さんじゃなくてよかったけど、お医者さんでも知らないうちに身体見られるのは嫌だわ。
ん? そういえば今、デバイスが埋め込まれている様子はないとか言ったよね。シンクロアがイヤホンだという情報までは掴んでないということね。それなら誤魔化しようがあるかも?
「あ、あの、そういえば、イジェクトはどうなったんですか? わたし途中で気を失ったみたいで、覚えてないんですけど」
「ああ、アイツか……。安心しろ。もうアイツが君を煩わせることはない」
「え? それってどういう――」
「ま、そういうことさ」
それ以上は聞くな。彼の態度がそう言っていた。
それはつまり、真堂さんが始末したんだ。あのときのプシュッという音。あれはサイレンサーを使った銃の音だったんだ。
彼の仕事柄、銃で人を殺すことはあるんだろう。それでもなんか、わたしは目眩を覚えた。わたしを助けるため? いや、それ以前に彼とイジェクトは殺し合いをしていたんだから、わたしとは関係なくどちらかが殺されていた。わたしが助けなければ、真堂さんが殺されていたんだし。あのまま真堂さんがイジェクトを殺さなかったら、たぶんわたしが殺されていたんだろうし――
「愛衣ちゃん」
真堂さんに呼びかけられて、我に返る。
「君が気にすることはない。国のために手を汚すのが、我々の仕事だからな。そのために税金をもらっている。それに始めてのことじゃないからさ」
そう言って、優しく笑った。




