EP-022 SYNC ERROR: 限界の向こう
目の前で人が死ぬのは嫌だ。自分が殺されるのも嫌だ。
でもそのために、人を殺すのも嫌だ。
わたしは、掴んでいたイジェクトの刀を床に落とした。
そうは言っても、イジェクトの奴はわたしを殺しにかかってくるんだよね。
話し合いで止めてくれるようにも思えないし。
「なんだい? 素手でやろうっていうのかぃ? いいだろう。やってやろうじゃないかぁ」
イジェクトが突っ込んで来る。
『愛衣様、身体の動きに強い抑制が掛かっています』
「え? なんで? どうして?」
イジェクトの速い蹴りやパンチが、思うように回避できずに何発か喰らってしまう。
「あ、ぅ」
痛みはシンクロアがなんとかしてくれるけど、結構本当は痛いんだろうな。
『愛衣様の、殺したくないという思いが、無意識下で働いています』
無意識……。そう、わたしは躊躇っている。そのせいで、こいつに全力が出せない。
『もうひとつ、重大な問題があります』
「重大な問題? それはなに?」
イジェクトの攻撃をなんとか躱しながら、シンクロアの情報を聞く。
「なんだおまえ? えらく舐められたもんじゃねえか。さっきまでの勢いはどうしたぁ? ちんたら喋ってんじゃねえぞ! こっち向けやこらああ!」
イジェクトが、怒りで攻撃速度を上げてくる。
顔にお腹に脚と、遠慮なく打撃を叩き込まれ、たまらず、後ろに転がって距離を取った。
女の子の顔を殴るなんて、ひど。こいつ、わざとやってるでしょ?!
「ほらほらぁ、なに突っ立ってんだよぉぉ。やる気あんのかぁこらぁ」
強烈な蹴りが頭に当たった。
そのまま廊下を後ろに転がる。
「愛衣さん!」
それまで、わたしたちの戦いを見ていた真堂さんが駆け寄ってくる。
「大丈夫です。心配ありません。真堂さんは下がっててください」
「し、しかし」
真堂さんの持つ銃が震えている。それだけ、わたしたちの戦いが驚異的だったのかもしれない。
わたしが倒されちゃったら、真堂さんもやられちゃう。それだけは防がないと。
新堂さんの身体を、ぐいっと玄関口の方へ押しやり、イジェクトに向き直る。
それまで、何度殴られてても平気だったのが、だんだんと痛みを感じるようになり、足元もふらつき始めてる。
まずいわね。このままだと、力押しで、押し切られちゃう。
『愛衣様の身体は、もう限界です。これ以上動くと危険です』
「えー、でも、力は抑制されてるから、問題ないんじゃないの?」
『全力で使う力と、それを止める力で余計に負担が掛かっています』
なんてこと――
これはもう、覚悟を決めろってことなのね。
「おおっと、やっとやる気になったんかぃ? いいねぇ。ちょっとは楽しめそうだね」
本気になったわたしは、イジェクトの顔面目掛けて全力で殴り掛かる。
避けきれなかったあいつは、ふらふらと後退した。
「けっ、速いってだけだね。そんなパンチじゃやられねえよ」
口から、ぺっと血の付いた唾を廊下に吐いた。
ちょっとやめてよ、うちの廊下に何すんのよ。
「全力で殴ったつもりだったんだけどね。予想はしてたけど……シンクロア、あれって、やっぱあんまり効いてない感じ?」
『そうですね。今の愛衣様の全力は、本来の力の六十パーセントに相当します』
全力で、六十パーセントか。
だったら――
「シンクロア! 防御は任せたわ!」
『愛衣様? それはどういう――』
とにかくイジェクトの顔目掛けて、パンチを繰り出す。
あいつも一度喰らったせいか、わたしとの間合いを図って当たらないようにギリギリで躱し続ける。
パンチ、効かないって言ってたくせに、やけに必死で躱すじゃないの。
そして、こいつのパターンがわかってきた。顔を狙っていると、絶対に蹴りが来る。
「速さだけじゃだめだってえ、わかんないかなぁあ!」
蹴り上げたイジェクトの脚が、腹部に直撃した。
「くっ」
シンクロアが痛みを抑えてくれていても、強い痛みが響いた。
失いそうになる意識を、必死で繋ぎ止める。
「もう一発だああ」
下からもう一度、イジェクトの脚で突き上げられる。
わたしはそれを待っていた。両腕で腹部をカバーしながら蹴りを受け止め、その勢いのまま天井へと自分の身体を飛ばす。
「シンクロア!」
シンクロアが、わたしの意志を感じ取り、飛ばされた先の天井にうまく両足を付ける。
ズキリと足首に痛みを感じたけど、ここが我慢のしどころ! 一気に行くわよ!
落下する前に、屈伸した足で天井を強く蹴り、イジェクトの前に舞い降りる。
「なっ? にぃ?」
わたしが攻撃すると思って身構えていたイジェクトは、下から見れば隙だらけだった。
着地した後、驚くイジェクトの顔を見上げ、そのまま飛び上がって、渾身の肘打ちをやつの鳩尾に叩き込む。
「あがっ」
イジェクトが一瞬怯んだ。
そして、そのまま突っ込んで壁に衝突させる。轟音とともに石膏ボードが砕け、イジェクトの身体が壁の中へ半ば埋まった。
これでどう? 殺すまではいかないけど、気絶ぐらいは――
イジェクトの様子を見ると、彼はそのままがくりと項垂れた。
よし。うまくいったわね。
「力が落ちてるから、このぐらいじゃ死なないわよね」
全力出せない、いまだったら? そこに掛けてみた。これなら、イジェクトを殺すまではいかないだろうと。
『愛衣様! 駄目です――』
どんっ! とお腹の辺りに衝撃を喰らった。
イジェクトが膝蹴りを当てたんだ……
シンクロアの力を持ってしても、息が苦しくなり、そのまま廊下に倒れ込んでしまった。
「こ、の、や、ろ、う――よくもやりやがった……な」
朦朧とした意識の中で、イジェクトの姿を目で追うと、奴はふらふらになりながらも、めり込んだ壁から這い出てきた。
どうやら、六十パーセントの力だとアイツは倒せなかったみたいね……
イジェクトもかなりのダメージなのか、ゆらゆらと歩きながら近寄ってくる。はやくこの場から逃げないと……
そう思うのに、身体はピクリとも動かなかった。
「シンクロア……」
『愛衣様、駄目です。これ以上は動かせません』
そうか――本当に限界が来たんだ。
意識が遠のいていく。
眠ったらダメだってわかっているのに、もう堪えきれない。
わたし、ここまでなの?
すうっと、意識が落ちるその直前――プシュッという何かが撃ち出されるような音がした。




