EP-024 SYNC ERROR: 喪失からの帰還
真堂さんは、シンクロアがどんな形状のものなのか知らない。いま手元にシンクロアがないのは幸いだった。でもそれじゃ、シンクロアはどこに? もしかして、イジェクトと闘った時に、外れて落としたとか?!
「真堂さん、わたし、家に帰りたい」
急いで家に帰って、シンクロアを探さないといけない。
「まだ、君を帰すわけにはいかない。君が本当のことを話してくれるまでね」
予想通りの答えが返ってきた。
いま、わたしがやるべきことは、真堂さんを誤魔化して家に帰り、シンクロアを探すことだ。ぐずぐずしていると、D-5に先に見つけられてしまう。そうなったら、彼らにシンクロアが持っていかれちゃう。
「あ、あのう……、お母さんはどこですか?」
そういえば、お母さんはどこに行ったんだろう。わたしが動けないなら、お母さんに探してもらえればと思ったけど、連絡の取りようがない。
「君のお母さんのことは、我々も探している。まあ、すぐ見つかるさ。安心して」
お母さんは、いったい何をしてるんだろう――お母さんの行動は不審すぎる。結局、詳しい話は未だに聞けていない。ただ、お母さんは危険を察していち早く姿を消した。だから、きっと無事なんだろうとは思うけど。
真堂さんに、このまま本当のことを話せば、シンクロアは捜索されて、発見されればD-5に奪われるんだろう。
「あの……デバイスをお渡しした後、わたしはどうなるんですか?」
「心配いらない。教団の狙いはデバイスだ。それを我々が確保したなら、愛衣ちゃんが狙われることはない。まあでも、念のため警護は付けるから安心して」
シンクロアを渡せば、わたしは日常生活に戻れる?
教団から襲われることもなく、いつもの生活に?
だったら、その方がいいんじゃないの?
でもそれは、いままでどおりの日常だ。それはわたしが望んでいた日常だっただろうか?
それはたぶんちがう――
「わかりました。お渡しします。でも、それは今すぐ、家に帰ることが条件です」
「ん? それはどうしてだい?」
真堂さんは、あからさまに訝しげな顔になった。
「どうしてもです。だめなら何も話しませんし、デバイスもお渡ししません」
ぷいっと、そっぽを向いて、布団をかぶって真堂さんから隠れた。
「わかった、わかった。そうだな。病院から出る許可は……俺がなんとかしてやるよ」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあ、準備するよ。イジェクトはいなくなったが、まだ教団のやつらがうろついているかもしれないから、護衛の準備も必要なんだ。それまで待ってくれ」
そう言って、真堂さんは病室から出ていった。
ひとまずは、上手くいったっぽいけど、家に帰ったらすぐにシンクロアを見つけないといけない。幸いに、シンクロアの見た目は、ただのイヤホンだし、すぐに気づかれないよね? たぶん。
シンクロアが家にあるとしたら、イジェクトと闘った廊下しかない。病院へわたしが搬送されている時に落としたなら、どうにもならないけど。
しばらくすると、真堂さんが戻ってきた。準備ができたので、いつでも出れるとのこと。
「すぐに出るかい?」
「あ、はい」
「では行こう」
「あ、あの……」
真堂さんが、わたしの当惑に不審な顔を見せる。
まったくこの人は、人のこと見えてないんだから……。
「わたし――着替えるので、部屋、出ていってください」
真堂さんは、「ああ」とやっとわかった様子で、病室を出ていった。
しっかりドアが閉まるのを確認して、ベッドから出る。
目覚めてから時間が経ったので、身体の痛みは多少ましになったけれど、まだまだ痛かった。
なので、服を着るのも一苦労した。
いつもの数倍時間を掛けて、やっと着替えることができた。
わたしが着替えている間、真堂さんがドアを開けて入って来ないかヒヤヒヤしていたけど、彼は入ってくることはなかった。
長い時間、待たせてしまったので、彼が怒っていないか気になった。
病室の扉を開けると、少し離れた廊下に真堂さんが壁にもたれて待っていた。
「お待たせしました。服着るのに時間が掛かってしまって」
申し訳なさを全面に出して言う。
「ああ」
真堂さんは、短く反応した。
彼は特には、待たされて怒っている様子はなかったので、少しほっとした。
病院の前に、D-5の黒い車が止められていた。
運転手はすでに中で待機しており、わたしと真堂さんは、後部座席に並んで乗り込んだ。
車はすぐに、静かに発車した。
家に着くまでの間、わたしは沈黙を続けていた。下手に話したら、迂闊に本当のことをボロっと言っちゃいそうだったから。それだけは避けなければ……
いまは、真堂さんに気取られてはいけない。
真堂さんの方から、わたしに語りかけて来ることがなくて助かった。
車は、家の前に着いた。
車を降り、逸る気持ちをぐっと抑えて、平静を装って玄関の扉を開ける。
目の前に、イジェクトとの壮絶な戦いの惨状がそのままで広がっていた。
廊下の壁には、鋭く切り裂かれた跡が何本も走っていた。
奥の扉は折れ曲がり、半分ほど失われている。
イジェクトを叩きつけた壁も、大きく凹んだままだ。
イジェクト……。嫌な奴だったし、怖かった。そして彼は真堂さんに撃ち殺された。
ぎゅっと胸が苦しくなる。
だけどいまは、そんな感傷にふけっている暇はない。頭を振って、雑念を消す。
そして、急いで廊下を隈なく見る。
しかし、イヤホンはどこにも見当たらない。
真堂さんが一緒でなかったら、這いつくばって隅々まで探すけど、さすがにいまはできない。そんなことをしたら不審がられる。
「そのままになってるんですね」
「ああ、D-5も人手が不足していてね。表立って見えないところは後回しになっているんだ。本来は何事もなかったように処置するんだけどね」
運が良かった。D-5に家を処置されていたなら、アウトだったに違いない。
とはいえ、このまま廊下にいるわけにはいかないから、ひとまず真堂さんを客間に連れて行くことにする。
「愛衣ちゃん、待って!」
客間に入る前に、真堂さんに呼び止められる。
「まだ、罠が残ってるんだよね。ちゃちゃっと解除するから、待ってて。まだ入っちゃだめだよ。首が飛んじゃうからね」
冗談めかして、恐ろしいことを言う。
イジェクトと真堂さんが戦っていたときの、あのピアノ線が張り巡らされるやつのことだ。あんなのに絡まれたら、身体がバラバラになる。
真堂さんが解除するために、先に客間に入った。
チャンス到来だ!
いまのうちに、廊下を振り返って、シンクロアを探す。
屈んで、廊下の上を隈なく見る。早く、いまのうちに見つけないと! 気持ちばかりが焦る。
イジェクトとの戦いで落としたなら、それは最後にイジェクトにふっ飛ばされたときに違いない。
壁に追い詰めた後、反撃されて――
イジェクトを押し込んだ壁、いまも凹んだままになっている壁に向かい合う。
この壁から反対側にわたしは飛ばされた。
それはつまり、玄関の方向だ。
あのときを再現して、玄関の方へ飛んでみる。
ドタ
痛い。
そうだった。わたし全身打撲で身体中が痛いんだった。すっかり忘れていた。
だけど、いまはそれどころじゃない。
声を上げそうに痛かったけど、必死の思いで耐えた。
こんなところで声を上げたら、真堂さんに気づかれちゃうからね。
イジェクトの蹴りの威力は、もっと強かった。だから、わたしももっと飛ばされていたはずだ。
もっと、玄関の方へ飛んだはず。
立ち上がるのも忘れて、そのまま這って玄関の方へ身体を滑らせる。
そして、わたしの耳から外れたシンクロアは、さらにここから転がって――
廊下から玄関へと落ちた?
玄関を見渡すけど、やっぱり何もない。
玄関には、さっき入って来たわたしと真堂さんの靴しかない。
ん? まさか?
よく見ると、玄関には三足の靴があった。
真堂さんの革靴。わたしが病院で借りた靴。
そしてもう一つは――あの日から置かれたままの、わたしの靴だ。
そう思って、置いたままになっていたわたしの靴に手を突っ込む。
指先に、硬質な物体が触れる。
靴の中に何かが入っている?!
確信とともに、それを掴んで引っ張り出した。
それはイヤホンだった。
「シンクロア?!」
それは紛うことなきシンクロアだった。
よかった! シンクロア。いてくれたんだね。
シンクロアを掴んだまま、涙が込み上げてくる。
すぐにシンクロアの声を聞きたかった。いろいろ相談したいことがあったし、いろいろ聞いて欲しいことがある。だけど、いまはダメだ。真堂さんにバレたら困る。
シンクロアを失った不安が一気に解消された。
これで、なんとかなる。
そう思った瞬間、背中に影が落ちた。
「愛衣ちゃん……そこでなにをしているのかな?」
まったく気配を感じさせずに、真堂さんがすぐ後ろに立っていた。




