EP-020 SYNC ERROR: 見えない結末
夕飯を終えて、自室に帰る。
真堂さんが絡んでくるかと思ったけど、彼は何も言わなかった。
ちらりと盗み見した彼の顔は、見たことのない真剣な顔をしていた。
いつもあんな顔してたら、ちょっとはかっこいいって思えるのにな。
普段のチャラチャラした顔は、どうしても好きになれない。あの顔で話しかけられたら、なんか馬鹿にされているような気になって仕方がない。
まあ、だいたい男って、女を馬鹿にしがちよね。
『愛衣様、家の周辺にいたD-5の部隊の信号がロストしました。緊急事態です』
「シンクロア?!」
『愛衣様、お静かに。下の真堂様に気づかれます』
シンクロアにそう言われて、耳を階下にそっとそばだてる。
特に一階の方で動く気配はなかった。
「あんたいままで……って、そっか、見張られてたもんね。っていうか――じゃあ、なんでいまは大丈夫なの?」
『はい。真堂様以外、D-5の信号は、すべてロストしました』
「それは確かなの? どうやってわかったの? シンクロア」
『百パーセントとは限りませんが、D-5が通信に使用していると思われるものをずっと傍受しておりましたので、ほぼ間違いないかと思われます』
シンクロア……あんたずっとD-5を逆に監視していたのね……恐ろしい子。
真堂さん以外がロストした。それはつまり、真堂さん以外のD-5の護衛が居なくなったってことでいいのよね? 理由は考えたくないけど。
『おそらくすぐに、こちらに敵がやってきます。一刻の猶予もありません』
「敵って誰? 教団の奴ら?」
『状況から考えれば、イジェクトかと思われます』
イジェクト――あいつ生きてたんだ。
「逃げよう。シンクロア。シンクロアなら逃げ切れるよね?」
『お母様と、真堂様を置き去りにすれば可能かと思われますが、そうしますか?』
え? あ、そうか……。真堂さんはともかく、お母さんは置いていけない。
「じゃ、じゃあ、戦うしかない……ってこと?」
『戦うにしても、真堂様の目の前で戦うわけにはいきません。D-5にワタシの存在が知れますと、国家安全保障上の理由から、即座に押収対象として処理される可能性があります』
「え? 押収? シンクロアが取られちゃうってこと?」
『ワタシの存在は、国家にとっては危険と判断されるのは間違いないと思います。そして、ワタシが愛衣様以外の手に渡る場合、自らを消去するようにプログラムされています』
つまり、真堂さんの前で力を使うと、シンクロアが取り上げられて、結果消去されちゃうってことなの?
「ど、どうしたらいいの? シンクロア。逃げられないし、戦えないんじゃどうしようもないじゃない!」
『方針を決めるのは愛衣様です。愛衣様は、どうされたいのですか?』
「どうしたいって……そんな」
逃げられないし、戦えない。
「真堂さんが勝つ可能性は?」
『ありません』
きっぱり言った!
『現状、考えられる最善策は、真堂様が倒されるまで待ってから、愛衣様が力を使うことです。真堂様に見られなければ、問題はありませんから』
「それって、ひどくない?」
『ひどいかどうかはわかりかねます。この提案は却下ということですね。では、他には――』
急に、背筋が寒くなる。
嫌な予感に、肌がゾワゾワする。
本能が危険を察知したのだ。何かがもう近くにいる。
「シンクロア、もしかして」
『はい、愛衣様。どうやら間に合わなかったようです。奴が来ました』
下の階で、大きなガラスの割れる音がした。
イジェクトの奴が、裏の扉を破って入って来たのかもしれない。
「シンクロア、行くよ。できるだけ力はセーブして、とにかく奴を止めよう」
『了解しました。出力を人間レベルギリギリに抑制。イジェクトの無力化を目標に――』
ゾーンに入ると、下の階の様子が見える。
イジェクトと真堂さんがやり合っている。
真堂さんは、消音器付きの拳銃や、いつの間に仕掛けたのか家中に張り巡らされたピアノ線の罠で対等に応戦している。イジェクトは部屋に侵入した際に罠にはまったのか、腕や脚をピアノ線でぐるぐる巻にされ動きを封じられていたが、力づくでそれを外そうとしている。
「真堂さん、意外とやるじゃん」
『残念ながら、時間の問題です。騙し討ちで凌いでいる状態ですので、いずれイジェクトに捕捉されます』
しかし、お母さんはどこにいるのだろうか? 存在が把握できない。今のうちにお母さんを連れて逃げようと思ったのに、このままじゃあ……
「ねえ、シンクロア。お母さんどこ?」
『わかりません。どこかに潜伏されていらっしゃるようです』
潜伏ってなに? お母さん何者?
「ねえ、シンクロア。お母さんが見つかるまで、真堂さんに加勢したいんだけど、なにか武器になりそうなものないかしら。包丁とか」
『下手に武器を使うとかえって危険です。ここは小麦粉を使って目眩ましがよいでしょう』
小麦粉かあ。台所にあるはずよね。自分で料理とかほとんどしてないからわかんないけど。たぶんある。
階段を駆け下り、真堂さんとイジェクトが戦っている中をすり抜ける。
真堂さんによって部屋中に張り巡らされたピアノ線を、注意深く躱しながら台所に滑り込む。
シンクロアの補助のおかげで、見えにくい線がはっきりとした赤色に輝いている。
流しの下を開けて、粉が入ってそうな袋をいくつか掴み取る。小麦粉がどれとか選んでらんないし。
掴み取った袋のうち一袋の口を裂いて、中身をイジェクト目掛けて、えいやっと撒き散らす。
粉塵が部屋を満たし、目の前が真っ白に塗りつぶされる。
「げほっ、なに……!」
イジェクトの声が、粉塵の奥から聞こえる。
急がないと、時間は限られている。
イジェクトの目が眩むのは一瞬だ。あいつがシンクロアと同じようなものを持っているのなら、すぐにこの粉塵の中でもわたしたちの位置を見つけることができるはずだから。
急いで真堂さんの腕を掴んで、部屋の外に出る。
真堂さんの身体を引っ張りながら、二人でワイヤーの隙間を抜け、廊下に転がった。
「真堂さん、逃げよう!」
お母さんのことは心配だけど、シンクロアの力で発見できないのなら、イジェクトにだって発見できないはず。そう信じた。
「愛衣さん? いったい――」
真堂さんは、突然現れたわたしに当惑していたけど、彼とやり取りしている時間はない。
手を繋いだまま、玄関へ走る。
真堂さんが近くにいるため、シンクロアと話ができないのがネックだけど、とりあえず外にさえ出られればなんとかなる。家の中では、戦うには狭すぎる。
「おまえらああ、なにしやがってんだあああ!」
怒りに狂ったイジェクトが、身体中を傷だらけにしながらピアノ線を引きちぎって廊下に出てきた。こいつ、自分が傷つくことなんて、まるで考えていない。ずたぼろになりながらも、強引に追いかけてくる。
これじゃ間に合わない。
「愛衣さん、逃げて」
真堂さんは、わたしをドアの方へ突き飛ばして、イジェクトの方へと走っていった。
「え、待って! ダメ!」
なんで真堂さん……わたしなんか護るために――




