EP-019 SYNC ERROR: 応答なき日常
「シンクロア、聞こえる?」
祐と別れた後、人気のない路地裏に入り、カラオケで声が枯れた状態でシンクロアに呼びかけるが、反応がない。こんなところにも、D-5の監視がいるということなのだろうか?
家の中は当然として、外でもどこに行ってもダメだった。祐と一緒にカラオケに行ったときも、室内も、トイレもダメだった。
いま特にシンクロアに用があるわけではないけれど、これだけ反応がないと――いざというときに戦えるのか心配になる。D-5の人たちが護ってくれるとは思う。でも、やっぱり――シンクロアがいないと無性に不安になる。
結局、シンクロアの反応はなく、諦めて家に帰ることにした。
「ただいまー」
「おかえりなさい」と、母の声がする。そして、遅れて真堂の声が重なる。
「遅かったね、待ちくたびれたよ」
食卓の上には料理が並べられて、もう夕飯の用意が終わっていた。
ふと、壁に掛かっている時計を見ると、七時を回っていた。
「お母さん、ごめんなさい。連絡入れるの、すっかり忘れちゃって……」
いつもは、遅くなるときは必ず電話をしていた。遅くなることなんて、ほとんどなかったけど。
しかし、お母さんは別に怒った様子はなく、みんなのコップにお茶を注いでいた。
「ああ、大丈夫よ。逐一報告されてるから」
お母さんは、真堂をちらりと横目で見てた。そしてその声は、真堂やD-5に対する皮肉っぽい声音だった。
やっぱそうよね。わたしが今どこで誰と何をしているとか、全部真堂に報告されてるんだわ。
なんかこれじゃ、わたしが犯罪者みたいな扱いじゃないの。実に不愉快だわ。
二階の自分の部屋に入って着替えを済ませ、また一階に降りて手を洗い、大人しく食卓につく。
教団の支部から脱出して以来、母とまともな話をする機会がまったくない。D-5にずっと見張られているので、当たり障りのない、日常会話しかできていない。
あのとき、母は後で話すと言ったけど、その話はまだ聞けずじまいだ。
それに真堂から、あの教団の支部がその後がどうなったのか尋ねたが、何度聞いてもはぐらかされている。
「どうした? 食欲ないのか?」
突然、真堂に話しかけられてびっくりした。一瞬なにを言われたのか理解できなかった。
「あ、いえ、考え事してただけです……大丈夫です」
真堂の目を見ないで応え、黙々と夕飯のハンバーグをつつく。
「どんなこと?」
「え? なにがですか?」
この人は何を言っているのだろう……。
「ん? 考え事。どんなことを考えていたの?」
「なんですか? なんでそんなこと聞くんですか?」
「きみのことが気になるから」
なになに? わたしって変な男に絡まれやすいの? どうしよう……。ここが路上なら、足早に立ち去って逃げるんだけど、ここはわたしの家だし、食事中に逃げるわけにもいかないし……逃げてもいいけど、お母さんに怒られそうだし……
そうだ! お母さん――
助けを求めて、母を見たが、母は、わたしたちが見えていないかのように黙々と食事している。
無視を決め込まれた。娘が変な男に絡まれているというのに……それはないでしょうに。
しょうがないから、わたしから攻めることにした。
「話しても、どうせ教えてくれないんでしょ?」
「その話か……。まあな。それはわかってくれ。話せないんだよ。別にいじわるしているわけじゃない。我々に関することは公にはできないんだよ。ごめんね」
ほんとうに済まなさそうに言う。
それで引き下がるわたしもわたしだけども――。
教団支部での出来事以降、すべてが伏せられている。
D-5が警護しているのだから、教団は依然として脅威なんだわ。
それに、イジェクトってやつも、野放しになってるのかもしれない。
それはとても不安だった。
「こんな状態、いつまで続くんですか? わたし、もう耐えられないんですけど?」
「まあね。君の気持ちもわかるけどさ。君たちを護るためには仕方がないことなんだ。それに、始まったばかりじゃないか? もう少しがんばろうよ」
う、たしかに、まだ一日が過ぎたぐらいだったわ。それでも、耐えられないのは事実だ。
「いつ終わるんですか」
不満を真堂にぶつける。
「んー、それは俺にもわからん」
どうやら、まだまだ続きそうだわね。
げんなりして、余計に食事が喉を通らなくなった。
◇◇◇
「コードスリー、応答せよ。コードスリー、応答せよ!」
夜の街に潜んでいる男が、インカムで呼びかける。しかし、応答がない。これでロストが四人目だ。
「こちら、コードワン。コードスリーの信号をロスト。警戒せよ」
コードワンは、ホルスターから拳銃を抜き、消音器を取り付ける。
安全装置を外して、周囲を警戒する。
D-5の上官からの情報で、相手は常軌を逸した力を持つ存在と聞かされている。
仕留めるには、最初の一発で決めるようにとの命令を受けている。
そして、外せば命はないと――
今まで人間相手に遅れを取ったことなど一度もない。
だから、任務に対して恐れたことなどない。
だが、それも今夜までだった。
この相手は異常過ぎる。
見た目は普通の人間に過ぎないのに――相手はたった独りだというのに。
潜ませていた仲間の信号が次々と失われていく。
次は自分の番だと言われているように感じる。
「落ち着け。ここで取り乱したら相手の思うつぼだ」
彼は、場慣れした人間らしく、危機的状況において自分を落ち着かせる。
腕や脚の力を抜き、そのときを待つ。
気配を感じる。
奴だと、直感する。
自分は動かずに、相手が見えるところに出てくるのを待ち続ける。
コツンコツンと足音が、壁に響く。
音のする方に、静かに銃口を向けて構える。
建物の影から、奴の姿が見えた。
「見つけた」
その声は、奴のものだった。
引き金を引くより先に、彼の視界は傾いた。銃声は聞こえなかった。
彼の首は落ちて道路に転がり、崩れ落ちる自分の身体を見ていた。
「これで五人目か。後何人いるのさ? めんどうだなあ。さっさと諦めて家に帰ればいいのにさあ。まったく、無能な働き者って始末に終えないよねえ。どうせ僕に勝てないのにさ」
抜き身の刀を無造作に振りまわすイジェクトの姿がそこにあった。




