EP-018 SYNC ERROR: 笑った日
いつも通りの登校時の教室。
まるで世の中が何事も起きていなくて、平和な日常が続いているかのように錯覚してしまう。わたしの身に起きた事柄は、すべて夢だったんじゃないかとすら思う。
「ねぇねぇ、聞いた? 赤城そのかが不倫してたって」
「聞いた聞いた。というかネットで見た」
あれだけ教室中を騒がせた影崎くんが暴れた事件も、もう旬を過ぎた感じで、教室中の話題は芸能人の不倫問題に代わっている。
忘れていくことは、いいことなのかもしれない。つらい記憶を持ち続けたままでいたら、心が疲弊しちゃうから。人が生きていくために必要なことなんだろう。
それはそれとして、何も無かったみたいになっていくのは、虚しく感じているわたしがいた。
「愛衣、なにぼーっとしてんの? なんか暗いよ?」
いつもの祐の気遣いすら、いまのわたしには煩わしく感じる。
わたしの身の回りに起きたことを知らないのだから、仕方がない。それはわかっているけど、今のわたしの気持ちを、誰とも分かち合えないのは、耐えられない。
「別に、何でもないよ。大丈夫だから」
そう答えるのが精一杯だった。
祐はそれ以上なにも言わず、自分の席に戻って行った。
望んでいたはずの日常。
でも、なにも解決していない以上、こんなものは日常じゃない。
わたしの話を聞いてくれるのは、シンクロアしかいない。シンクロアと話がしたくなって、屋上に行ったり、校舎裏に行ってみたり、トイレに籠もったりもしたけど、D-5の監視があるのか、シンクロアからの応答は無かった。
「こんなところまで、見られているの?」
正直驚いた。まあ、それならそれで安心なのかな? いつどこで襲われても、助けが来るってことだからね。
でも、さすがにトイレは止めて欲しいわ。
四六時中、誰かに見られていると思うと、気が休まるときがない。
そうこうしているうちに、放課後になった。
帰り支度をしていたら、祐に呼び止められた。
「愛衣、遊びに行こう!」
明るく元気な声が頭に響く。
わたしと祐は、仲が良いとはいえ、いままで放課後に遊びに行くことはほとんどなかった。だから、こんな突然の誘いにとても違和感があった。それに――
「祐、クラブ活動あるんでしょ? 何言ってんの」
「そんなもん、今日ぐらいサボる」
悪びれもせずに言う。
祐は意外と真面目で、女子サッカー部の活動も真剣にやっている。だから、そんな簡単にサボるとか言う筈がない。
わたしの返事を待たずに、祐はわたしの手を掴んで教室から引っ張り出そうとした。わたしは慌てて鞄を持ち、そのまま大人しく連れ出された。
まったく、祐は人の話を聞かないんだから。
わたしの手を掴んだまま、ズンズンと昇降口へ進む。
「カラオケ行くよ」
振り返ると、突然そんなことを言う。
「ちょっと、え? カラオケ? なんで?」
「どこ行きたいって愛衣に聞いたって、どうせどこでもいいって言うからさ」
勝手に決められた……まあ、合ってるけど。別に行きたいところなんてないし……
「カラオケなんて、久しぶりだわ。誕生日に、祐に無理やり連れて来られたとき以来だわ」
「それ、五ヶ月前じゃん」
そっか、もうそんなに経つのね。
わたしは、祐がそのときもクラブをサボったって言ってたのを思い出した。
カラオケ屋に着いて部屋に入るとすぐ、祐はわたしにマイクを突き付けた。
「まずは一曲」
ほれほれと、早く歌うように祐に急かされる。
そう言われても、最近の曲とか知らないしなぁ……
「歌いたいやつ、歌えばいいのよ」
わたしの戸惑いを察してか、そんなことを言う。
今の気分は、そうね……
誰もいない世界に逃げ出したい。
でも、どうせ逃げられないなら――
何もかもぶっ壊したい!
今の自分の思いを吐き出すように、マイクを握りしめ激しい曲を歌った。
カラオケで、大きな声を出すと気持ちがいい。身体の中に溜まった重たい物が、出ていく気がするから。
最初は、あまり気が進まなかったけど、来て正解だった。気分が少し楽になった。
「愛衣って、歌うと印象変わるよね。普段、大人しいから、静かな綺麗な曲を歌いそうなのに、ハードロック歌うんだもの」
前のときも言われた言葉だ。祐は驚いて、その後、笑い転げていたのを思い出す。
「私も負けてらんないわねえ」
祐も真似して、ハードなやつを歌い出す。
お互い、上手く歌おうなんて微塵も思わず、ただただ大声を張り上げ合っていた。
カラオケ屋を出る頃には、二人して喉がガラガラになって、まともに声が出なくなった。
「愛衣、変な声ええ」
「祐だってえ」
ゲラゲラと笑い合った。
なんか、本気で笑ったの、久しぶりな気がする。
「ありがとう、祐」
「どういたしまして」
わたしは祐に支えられている。
今日、それを強く感じた。
「じゃあまた、明日」
そう言って祐と別れた。
本当に、祐と遊んでいた時間は、シンクロアや教団のことをスッカリと忘れていることができた。
あの時間、あの場所で、わたしの日常は、そこあったんだ。




