49日目 四十九日と人生の節目
8月19日(水)
午前4時頃
今日は仏教で言う節目の日でもある四十九日だが妻は夢枕に立ってはもらえなかった。
やっぱり悲しいしとても恋しい。
寝起き様に妻の枕を摩り
ムッチぃ何で来てくれないの…
と、おねだりしたところで奇跡は起きない。
沈んだ気持ちのまま1階に降りる。
妻の骨壷の入った白い化粧箱を摩る。
化粧箱の毛羽立ちが心地よく人肌を触っている感覚になる。
ムッチぃもう極楽行ってしまったの?
まだ側にいてくれているの?
ムッチぃ…
私の心は居てほしい願う。
でもそれでは妻が可哀想だ。
なので我慢して言う
極楽に行っていいよ
そう言うと、ブワッと涙が溢れた。
胸がギュッとして物凄く痛い。
本心はずっと側に居てもらいたい。
でも妻には幸せになってもらいたい。
心を見抜けるなら妻にはバレているのかな
私は泣き虫なのでたぶん独り言で妻にいつまでも甘える気がする。
午前5時頃
四十九日、仏教では忌明けとされる日で最も重要とされているらしいが宗派によっては色々考えもあって私には良く分からない。
墓のある人であれば順序立てて物事を進め納骨も一緒に兼ねる事も可能だろう。
だがウチは納骨はまだ先の話しだ。
思案中だが四十九日としての正式な法要は納骨の際に一緒に行うつもりだ。
これは故人に対する現世にいる伴侶である私の判断に委ねられる。
なので流儀として今は葬儀に来て頂いた宗派のお経を動画で流し供養としたい。
線香をあげお燐を鳴らす。
セットしておいた動画を流すとお経が読まれる。
その15分間手を合わせ供養をする。
これでこの日の供養を終了とする。
妻が亡くなって四十九日、長くもあり短くも感じた。
極楽、天国、天界と言い方は其々にあると思うが、妻はきっと自分が幸せと思う場所に行けたと信じている。
元々妻は服飾デザイナー出の人でウエディングドレスも自作した人だ。
きっと自分がデザインした服でも着込んで大好きな神様と語り合っているかもしれない。
心穏やかに過ごしてほしい。
妻の事だからのほほ〜んとしているんだろうな
そんな事を想像するだけで私は幸せな気持ちになる。
あぁ私も早く妻に会いたい。
人生を全うすれば会う権利は貰えるだろうか
会えなかったら嫌だな
四十九日は仏教で言う節目でもあるが、残された者にとっても人生の節目なんだと思う。
妻の旅立ちを心から祝福する。
そして私も一歩前へ進もうと思う。
カッコ良く言っても涙脆い私は直ぐにグズるし、妻の仏前で泣く事もあるだろう。
然し、この人生の節目を素直に受け入れるつもりだ。
愛するむつみへ
いつまでもお幸せに…大好きだよ
ゆきより




