3日目 葬儀社との契約
7月4日(土)
午前5時頃
今日も足攣りから始まり足を引きずりながら1階に降りる。
毎日毎日ほんと嫌になる。
トイレを終えお茶を飲みソファーに座りシーンと静まり返った室内で呆然とする。
今日も食欲がなくお茶だけ飲む
部屋の隅々を見渡した。
家具、テーブル、キッチン、畳の部屋、妻の普段着、妻の湯呑みと全てが妻の思い出で出来ている。
妻が私に絡む記憶、テーブルの横で抱き合った記憶、ソファーでじゃれ合った記憶それらがごちゃ混ぜになり私の頭の中を駆け巡り嗚咽しながらソファーにあるクッションを思いっきり両手で抱き抱える。
涙が床にポタポタと音を立て鼻水が止まらず息が出来なくなる。
ムッチ、ムッチー…
彼女の名を言えば言う程胸が締め付けられとても苦しくなる。
痛い、辛い、苦しい、寂しい…
暫くすると呆然とする。
この状態が発作の様に何度も続く。
今日は葬儀社に行って葬儀の内容を決める日だ。
気力の無いまま着替えを済ませる。
終わるとソファーに腰掛ける。
午前9時半頃
兄夫婦が車で迎えに来てくれた。
乗り込み葬儀社へ行く
午前10時前
葬儀社到着
まずは冷暗所に通される。
今日は私一人だ。
妻と何を話したか覚えていない。
妻の頬を触ったり手を触ったりした。
現実を受け入れなかったのかもしれないしその時の感情が分からない。
ただ涙が停めどなく流れすがる気持ちで妻を触っていた気がする。
どのぐらい居たか分からない。
冷暗所から出ると兄夫婦と共にテーブル席に案内された。
暫くすると葬儀社の営業らしき人が来た。
早速話が始まる。
正直どうすれば良いのか想像も出来ない。
ただ言えるのは家族葬で低予算で行いたいと言うことは最初に伝えたと思う。
でも話しが進むうちに営業の方が故人の心情に寄り添う手法でそうしないと可哀想と思える高額内容を提示し、低予算の狭間でせめぎ合い続いた。
結局後から考えれば全く必要無かった物が幾つもあったのは覚えている。
後から分かったこと
例えば骨壷
花柄になるだけで高くなるが結局火葬場で白い綺麗な化粧箱に収められるので全く花柄は見えなくなるのだ。
こう言うものがちょこちょこと重なり相当な金額に膨れ上がった。
姉の協力もあり互助会のシステムが盛り込まれた。
営業の方からの勧めで半ば強引な感じだった気がする。
このシステムが私には最初理解出来ず割引価格(会員サービス価格)になるものと思っていたが実は後から兄の指摘で分かった。
これは積立金であり基本料金に組み込まれるらしい。
つまり私は50万のオプションを選び基本料金は姉が(60万)払う事になっていた。
それであんな複雑な見積もり書の書き方だったのか…
合計金額の箇所に2行で書かれている。
あれは無いわ
物凄い後悔している。
この60万の互助会費を兄の計らいで私20万、義兄20万、義父20万で分けることになった。
妻家系の援助金と言えば聞こえはいいがそれでもやるせない気持ちになった。
知らなかったとは言えほんと兄夫婦には申し訳ない事をした。
葬儀社さん
今更だが正直に言う。
伴侶が亡くなって3日ですよ
しかも突然死で心の準備も無い状態、普通に考えれば思考が働くわけが無い。
そこに心情を秤に掛け訳の分からぬオプションを並べられたら誰だって迷いが生じるもの
あまりお金は掛けたく無いと言っているのだからやはりそこはその意思に沿う形で進めてほしかった。
50数万と思っていた物は実は120万以上とは…
この当時の私はほんと何も分からなかった。
しかしもう済んでしまった事なので何も変えられない。
葬儀社として特別高い訳ではないがそれでも大金である。
世知辛い…
火葬場の混みから亡くなってから1週間後の葬儀と火葬が決まった。
最近は亡くなる方も多いのか?
長く妻と会えるのは嬉しい。
とは言えやる事も多く揃える物もある。
本来こんな事を考えたくも無い
もっと妻に寄り添いたい
違う意味で泣きたくなる
人はこんな辛い状況でもお金の事を気にしなくてはいけないのか
一通り話は終わり最後にまた妻に会わせてもらう事になった。
私一人だけ向かう。
妻とは純粋に接したい。
お金の事は考えずただ彼女にすがり恋しくて切なくて泣いていた。
優しく手を摩る
冷やされた手に温もりが無く悲しくなる
ごめんな〜ムッチぃ
ムッチぃ〜うぅぅっ…
首筋の死斑を見る度に辛くなり目を逸らす。
物凄く妻が哀れで可哀想になる。
とくとく泣いていたがブワッと涙が溢れ出し鼻も出る。
ティッシュで鼻をかみハンカチで涙を拭う、胸がギュッと締め付けられ苦しくなった。
棺の端を握りながらしゃがみ込む、もう堪らなく辛いし物凄く心が痛い。
一人の私が言う(思う)
ムッチが可哀想だろきちんと見てやれ!
立ち上がると立ち眩みがした。
ふらつきながらも妻を見て頬を摩ってあげる。
ごめんなムッチぃ〜
ほんと私は涙脆い上にだらしがない。
霊安室を出て係の人に別れの挨拶を済ませる。
葬儀社を出て兄の居る車へ向かった。
車中、兄が墓をどうするか私に聞く。
私はまだ考えていない事を伝えると奥さんの家族が眠る霊園を紹介すると言う。
早速、葬儀社からその霊園に向かう事になった。
義母がお世話になっている老人ホームの側らしい。
樹木葬、永代墓
私ら夫婦には子が居ない。
私が死ねば管理出来る者が居なくなる。
樹木葬や永代墓と呼ばれる物は管理費が掛からず私らの様な家族を受け入れる墓所なのだと兄から聞かされる。
今行く霊園にもあるとの事。
霊園に着くと営業の人が樹木葬がどういった物かを説明してくれた。
ここからは私が話を聞いて感じた通りに記す。
樹木葬、永代墓は例えるなら故人が大部屋(実際には倉庫の様な場所)に集められた大型マンション(外観は大きな墓石)みたいな造りだ。
あと個別型永代墓という物があり値段も通常の永代墓の4倍はするがこちらは3人までなら家族と一緒に入れる坪数小さめの密集した建売り住宅(外観は普通の墓石スペースに8つの家族石が並ぶ)の様な感じと思っていい
これらは普通に墓石を購入するよりも全然お得だし管理費を考えなくて良いのは助かる。
ただ民間の霊園なので潰れる事もあるしシステムそのものが崩壊しない保証は無い。
が、私が死んだ後など考えても仕方ない。
さて、マンションか建売にするかとても迷う。
これは持ち帰って妻と相談だ。
午後3時頃
家に到着し兄夫婦に深々とお礼をする。
家に入りソファーに座った。
暫く外を眺める。
静まり返った室内
この妻の居ない静けさだけは慣れない。
次第に堪えられなくなり嗚咽と共に胸が締め付けられる。
苦しい、辛い、寂しい…
誰かが居るうちは元気が無くとも気が紛れそれほど泣く事も無いのだがどうも一人でしかも静かな所では気持ちが落ち込み涙を浮かべる。
自分の記憶の中でこんなに泣いた事はない。
妻が亡くなってからと言うもの
今まで好きだったものがどうでもよくなった。
好きなアニメ
好きなドラマ
好きな映画
好きな動画配信チャンネル
好きな家庭菜園
毎日の晩酌
キャンプ全般
物への執着心
そして毎日の食事とあらゆる物欲が消えた。
ただ最低限生きて行く為の微々たる気力だけはある様だ。
妻が亡くなってから3日は食べていない。
お腹が空かないのだ。
加えてこれだけ大量に泣くと相当体力と気力を持っていかれる。
最近は立ちくらみが酷く上手く立てない事も多々ある。
このまま死ぬのかな
これは自殺じゃないからいいよね
迎えに来てくれるかな
そんな事を頻繁に考える様になった。
この考えを否定してくれる自分の心が居ないのだ。
せめぎ合う心の葛藤も無く頭の中にいる皆が一致して死にたいと思っている。
唯一自殺担当の者が死ぬにしても自殺はダメと引き留めているぐらいだ。
部屋を無意味にウロウロしたり、ゴミになる物を探し袋に入れたり、ソファーに座り動画配信で自分と同じ境遇の者を探したりと何か心が紛れる行動をする。
然し、動画の音が消え静まる室内になった途端また死にたい衝動が襲って来る。
誰か助けてほしい
午後7時半頃
呆けながらも家着に着替え食べていないのに歯を磨き、磨き終わって意味のない事に気づく。
午後8時頃
知らぬ間に寝床にいた。
気が付けば布団にくるまっている。
隣に居たはずの妻の布団を摩り目から水分が滴り落ちる。
この日も泣き疲れて泥の様に眠る。




