2日目 大好きな妻が亡くなった
7月3日(金)
午前4時頃
寝ている時に無意識の伸びをしたのか踝から脹ら脛に掛けて電撃が走る。
「痛い!いたっ、あっ痛い!」
脚の筋を思いっきり引き千切られる様な痛みに悲鳴をあげた。
壁にある手摺りに掴まり何とか立つ。
痛みと共に尿意もあり足を引き摺りながら1階へ向かう。
トイレで暫く痛みに喘ぎながら尿を済ませ、キッチンのカウンターの手摺りに掴まり立ち姿勢で痛みが和らぐのを待った。
痛みが引くとソファーに座り呆けていた。
何も考えられず只々呆ける。
昨日の事は本当は夢でコレもまだ夢の中なのだと錯覚を期待する。
でも完全に治りきっていない足攣りの痛みがジンジンと伝わり現実に引き戻される。
いつもソファーの右隣には妻が居た。
ここで一緒に朝食、昼食、夕食を食べながらサブスクを見るのが私らのライフスタイルだった。
そしてここで戯れ合いもするし肩揉みもしたし書類書きもしたものだ。
微笑んで抱きついて来る妻を思い出す。
そんな記憶の断片が幾つも重なる。
目が潤み胸が痛くなる。
死にたい、死にたい、死にたい
嫌だ、嫌だ、嫌だよ
連れてって、連れてってくれよ
約束したのに何でだよ、何でなんだよ!
妻と生前よく話したのは死後の世界だ。
死んだら迎えに来る約束もしていた。
ソファーから崩れ落ちじゅうたんにへたり込みまた呆然とする。
物凄い無気力感…
何もしたくない、何も食べたく無い、手を動かすのも億劫で立つ事も出来ない。
暫くその状態だったと思う。
突然不安が襲って来る。
私の身体が不自由になってからと言うもの彼女に全ての資産運用、財産の管理、生活全般を頼っていた。
何処にあるのかも全く分からない。
私は何をすればいいのだろう。
突然妻は亡くなってしまったのだから当然である。
不安と悲しみが同時に襲い胸がギュッと締め付けられる。
妻を亡くした損失感に加え日常の様々な事が自分に伸し掛かる様な言いようの無い不安に押し潰されそうになる。
暫く動けなかなった。
どれだけソファーに伏せっていたのだろう
気が付けば朝の7時を回っていた。
溜まったリビングのゴミ箱をジーっと見つめている。
ふと、片付けないと妻が嫌がると言う気持ちが湧き上がる。
呆けたまま立ち上がり燃えるゴミの日を確認し各部屋のゴミをまとめ出す。
寝巻きの上にジャージを羽織り陽が差した早朝のゴミ置き場へ向かう。
もう既にゴミが積まれしかも乱雑だ。
前日に出したのかは分からないがとても汚い状態だった。
妻だったらきっと片付けると思った私はすぐさまゴミ袋を整えだした。
普段の私なら絶対やらない事を大事そうにやる。
一通り終わって自分の家に戻ると庭を見た。
庭の植物の管理は私の仕事だ。
妻に喜んでほしくて家庭菜園も始めた。
でも好きだった家庭菜園に興味が無くなっており見るのがとても苦痛に感じていた。
本来なら水をあげるのにその一つの動作が出来ないのである。
家の中に入りまた呆然とする。
午前9時頃
兄から電話があった。
これからむつみに会いに行かないかとの事。
言うがままに返事をし着替えを始める。
自分の事なのに何故か上の空になっている。
数時間後兄の車が家に来て私を乗せ葬儀社へ向かった。
兄の奥さんも同乗している。
車中、何かを話したと思うが何を話したのか覚えていない。
ただ唯一、妻の為にここまでしてくれる兄夫婦に申し訳なさで一杯だった記憶はある。
私の家系は父が15年前ぐらいに亡くなっており母がいるが既にボケている。
その母は老人ホームのお世話になっている。
そして私は一人っ子で自身の子も居ない。
父方の親戚付き合いは無い
結構子沢山で大勢いたと思うが父がそう言った親戚付き合いを嫌っており50年以上も会ってはいないのだ。
母方も子沢山だったが既に弟2人は他界しており唯一末っ子の妹とたまに連絡とる程度でしかない。
住む場所も遠く既に80は超えている。
私自身も友達が少ない上に頼れる先輩も居ないので妻の家系しか頼れる者が居ないのだ。
葬儀社に着くと早速妻が眠る霊安室に通される。
3人でそこへ向かうと霊安室で白装束の妻が眠っていた。
最初は他人事の様にボーっと眺めていたが次第に我に返り涙が止めどなく流れだす。
ムッチ、ごめんな
助けられなくてほんとごめん
ムッチー何でだよ…どうして
咽び泣きながら話にもならない話を続けた。
ここの霊安室は立体駐車場の様に死者が折り重なる様に眠っている。
今は妻が上に居るが下に他者の白装束が見えていた。
物凄く妻が可哀想になった。
ごめんなムッチ…寒いだろ…寒いよな
ほんとごめん
今はとにかく一杯話したい
妻の頬を撫でながら幾つも質問をした。
でも答えは帰って来ない。
手を触るととても冷たかった。
この状態が冷蔵庫の物の様に扱われている気がして無性に哀れで悲しくなった。
手をさすってあげる。
ムッチぃ…
恋しく愛おしい妻と離れたくは無い。
もっともっとこうしていたい。
でも見ていると辛い、死斑の痣とチアノーゼの赤みがあり過ぎて可哀想で見てられない。
10分?、15分?どのぐらい妻と語ったかは覚えていない。
頃合いを見て兄夫婦に代わる。
兄夫婦は静かに妻を眺めていた。
私は離れた所でその情景を見て啜り泣く
この日はこれをもって妻と別れとなった。
改めて妻の亡骸を目にして亡くなった事を認識した時、何とも言えない損失感と物凄い孤独を感じた。
もう愛おしく恋しくそして大好きな妻はこの世にはいない…
今まで生きてきてこれ程の不幸は無かった。
地獄がこの世に在るのなら妻が居ない今がまさに地獄そのものだ。
霊安室から出ると葬儀について営業部の誰々がとか何日何時にとか話しがあったがうまく頭に入って来ない。
いやそれなりの対応をし記録もしたと思うが上辺だけの対応しか出来なかった。
心ここに在らずとはこう言う事なんだろう。
取り敢えず明日また来ると言う事は分かった。
自身は呆然としながらも兄夫婦のお陰でスムーズに話しは出来たと思う。
兄の車で家に戻る。
兄夫婦に深々とお礼をし誰も居ない家に入る。
シーンと静まり返った室内でソファーに座り一点を見つめる。
辛いよ…
ムッチ、会いたいよ
寂しいよムッチぃ…
居ないはずの妻の名を何度も言う度に波の様に悲しみと恋しさが重なり涙がとくとくと流れ落ちる。
突然妻の最後の情景が思い浮かび、死後硬直した彼女の顔が頭を過ぎる。
恨んでいるかな…
後悔が深く自分に伸し掛かる。
ソファーに伏し泣き崩れた。
午後1時
姉から故人が亡くなったらまずは市役所に電話する様言われたので掛けてみた。
妻が亡くなった事を伝えるとお悔やみ課なる所に電話を回される。
お悔やみ科の方に代わるとまずは妻が亡くなった事を報告した。
途端に涙が吹き出し会話は支離滅裂だったがこちらの意図は伝えられたと思う。
妻が亡くなった事を伝えた事で除籍手続きが開始された。
除籍後、諸々の手続きがあり今後どうするか具体的な話を直接聞く必要があるらしい。
最後に落ち着いたら来てくださいと言われた。
今後、沢山控えている分からぬ物を自分だけで解決しなくてはいけない。
気落ちしている今の私にはとても自信が無い。
午後2時か3時頃
兄から電話があった。
この電話の前情報として車中での話しを先にしておこう。
義兄が義父の実印、印鑑登録証を探していたらしく私も記憶が定かではないが随分前に妻が〇〇銀行の貸金庫に預けたかもしれない的な事を伝えたと思う。
その情報を元に兄は〇〇銀行に電話をしたそうだ。
貸金庫はどうやら義父ではなく妻の物だった事が分かり兄は妻の状況(亡くなった事)を〇〇銀行へ伝える事となる。
この話を聞いた〇〇銀行は妻の銀行口座と貸金庫の凍結を決め結局何も対応してはもらえなかったとの事。
凍結!?(取引停止処置)
そんなものがあるの?
でも〇〇銀行って言ったら色々インフラやキャッシュカードとかの引き落としに使っていたし我が家の要となる財産だ。
名義が彼女でもウチのお金なのに…
これにより〇〇銀行の2つの口座が使用停止となる。
そもそも配偶者確認もせず凍結できる物なの?
世の中は物凄い理不尽だ。
妻が私に残した物なのに…
妻の死後初めて悔し涙を流す。
この後何も手につかず床に伏せったりソファーのクッションに抱きついて泣いたり自分を罵ったり妻に返らぬ質問を繰り返したりと酷い状況だった。
午後8時
いつのまにか夜になっていた。
全然食欲がわかない。
何も食べたくない。
呆けながら歯を磨く
物凄く疲れた…
家着に着替え2階の寝室に向かう。
2階の寝室は妻のテリトリーで妻の布団の手前はちょとした寛ぎスペースになっている。
よくそこで妻は大好きな日本の神様本を読んでいた。
腰が痛くなると自分の布団の上でも本を読んでいる。
私はこの時間は1階で好きな動画配信を音を出して見るのが日課なので妻と私の趣味の時間はきちんと棲み分けが出来ていた。
そんな隣で寝ているはずの妻は居ない。
自分の布団に入り右手を妻の布団に伸ばす。
その布団を摩る、摩る、摩る、次第に動作が激しくなる。
同時にムッチー、会いたいよーと叫んでいた。
涙が停めどなく流れそれでも摩って名を呼ぶを繰り返す。
どれぐらい続けたのか知らぬ間に眠っていた。




