35日目 母に会いに行く
8月5日(水)
午前
酷い攣りに襲われ目が覚める。
今日は私の母に会いに行く日だと言うのにこんな足では不味い。
足を引きずり何とか1階に降りる。
ソファーでつりが治まるのを待ってストレッチを念入りに始めた。
運転中に攣りでも起きたら大変だからね
妻に線香をあげ今日の予定を話す。
「ムッチ、おはよう!」
「今日はね私の母の所に行くよ」
「ムッチの事で行けなかったからね」
「長時間の運転なのでとても自信は無いけど頑張って行ってみるよ」
「ただ母はボケてるでしょムッチの事は内緒にしようと思う」
本当は聞いてもらいたい。
自分の母親にはやはり聞いてほしい。
本心を曝け出し物凄く泣いて甘えたい。
でも母に言ったところですぐ忘れるかもしれない。
それだけボケが進行している。
悲しいな…
午前8時頃
母の居る〇〇ホームへ向かう。
ドキドキする。
足よ持ってくれ!
母の居る〇〇ホームは私と同じ県内だが車で1時間ちょっと結構掛かる。
勿論途中渋滞を想定した時間だ。
本来なら秩父の実家近くにあった老人ホームだがそこが急に事業を辞めるとかで追い出される形となり私の居る県に呼び寄せた。
老人ホームを選ぶ際、出来れば私の家に近い所を探していたが都内に近いせいか毎月の契約料が高いか安くても酷い施設内容だったりでやっとの思いで選んだのがこの〇〇ホームだ。
離れてはいるが施設内容も新築で申し分なくギリギリ今の予算で許せる範疇だ。
とは言え、やっぱり遠い…
午前9時過ぎ
足は攣りもなくスムーズに目的地近くまで来た。
結構早めに着いたので近くの公園で一服する。
ちなみに訪問時間は10時で約束している。
午前9時45分
〇〇ホームへ到着!
母の為に買ったおやつと母が好きな甘い飲み物を持ち会いに行く。
施設の人と挨拶をして母を呼んでもらう。
前の施設はコロナ禍の影響で窓越しでしか合わせてもらえなかった。
しかもコロナが終わった後もずっと同じ対応になり母はあれで相当ボケてしまった。
然しこの施設では、部屋には入らせてもらえないが対面でテーブル越しに話が出来る。
勿論マスクが無いと話せないがそれでも以前の施設から考えても数段マシだ。
母と向かい合わせで座る。
物凄く私が来て喜んでいるのが分かる。
やはり自分の息子は分かるのだろう。
いきなり貴方はだれ?とはまだなっていないので助かっている。
終始笑顔を見せ私の持ってきたおやつを頬張る。
母「あれ、むっちゃんは?」
母「むっちゃんはどうしたの?」
今までは私の隣に妻が必ず居た。
当然その質問がくる流れは見えていた。
が、やはり辛さが込み上げる。
何とかグッと堪えて
私「ほら、むつみのお母さん今寝た切りでしょ今はねそっちが忙しいみたいなんだよ」
私「だから行けなくてごめんなさいって言っていたよ」
そう言うと母は少しがっかりした表情を見せる。
本当はそんな理由じゃ無いんだと言いたい。
母「あぁそうなのそれは残念ねー」
と返した。
生前妻は私の母に最大限の優しさで接してくれた。
ホームに来る度にお母さんにこれ持って行かなくちゃ、寒くなるからあれを買わなくちゃと吸水パッド、介護パンツに外着、下着類に化粧水や肌荒れ用塗り薬、花やお菓子など多岐にわたり考えてくれ必ずホームに来る際は大荷物になっていた。
私の気が付かない事まで事細かく配慮し動いてくれた妻。
それが私にはありがたかった。
美味しそうに母が「この飲み物美味しいわねー」と何とも嬉しそうに笑う。
母はいつも私らを微笑んで迎えてくれる。
私は聞く「この施設は楽しい?」
母「うん、毎日が楽しいわよ」
母「もっともっと長生きしなくちゃね」
うん、そっか…幸せなら何よりだ。
ここを紹介して良かった。
無邪気そうに笑う母を見ていたら無性に胸が詰まり涙が込み上げて来る。
あぁ私は死にたい…死んで妻に会いたい。
でもこんな幸せそうな母を置いてはいけない。
天を仰ぐ様に上を向き涙が出ない様に頑張った。
それを見た母が
母「どうしたの?何かあったの?」
私「ううん何でも無いよ」
母「でも…大丈夫なの?」
母「何かあるなら言って、私で良ければ聞いてあげるから」
そんな会話を何度か繰り返した。
堪らず
私「あのさー甘えていい?」
母「!?」
私「甘えていいかな…」
母「うん、何でも言いなさい」
私「むつみなんだけど…死んでしまったんだ」
ブワッと涙が溢れ止まらなくなった。
母「えーっ、また何でどうして?」
母の目が動揺しているのが分かった。
私「朝起きたら冷たくなっていて…亡くなってしまった」
母「え…何で…」
私は母の言葉が聞きたかった。
母が向ける妻への思い、私へ掛ける言葉を聞いておきたかった。
私のたった一人の親である母の言葉を感じたかった。
でも次に母から返ってきた言葉は
母「ところでむっちゃんはいつ来るんだろう」
だった…
その瞬間、私は物凄い孤独を味わった。
この世のもの全てが色を失う様な異様な感覚と助けてはくれない家族に絶望する。
私「うん、だからさむつみのお母さんが調子悪いって言ったじゃん」
私「だがらごれないんだよ」
もう最後は涙でぐしゃぐしゃでやっと喋った感じだった。
母「どうしたの?何で泣いているの?」
私「はははっ何でも無いよ気にしなくていいよ」
私「むつみだけど今度はきっと来ると思うよ」
私「心配しないで待っていてね」
無理して笑う。
母「あーそう、楽しみにしてるね」
冗談に聞こえるがこれは真実だ。
ボケと付き合うとはこう言う事だ。
母との面会が終わり施設の人と話しをした。
今あった母との会話内容を話した。
私から話すので母には妻が亡くなったことは伏せておいてとお願いしていたからだ。
その間も涙は止まらなかった。
施設の人も心配そうにこちらを眺めている。
実質自分は天涯孤独だと悟る。
施設の人に深々と別れの挨拶をする。
車に戻り先程寄った公園に立ち寄った。
駐車場へ止め背もたれに深く沈む
物凄い孤独感に暫く動けなかった。
映画、たそがれ清兵衛で清兵衛のボケた母が清兵衛を見て「どちらさんで?」みたいな事を言って清兵衛が「あんれまぁとうとう息子の顔まで忘れてしまったのけ」と場を和ませたが
今回の母のボケは笑えそうにない。
妻を忘れてほしくなかった。
私にとってはとても辛い一日となる。
ほんと辛い…
帰ろう、妻の待つ家へ




