16日目 妻の除籍と修練の場
7月17日(金)
午前5時頃
起きて直ぐに気が付き心が沈む。
夢枕に妻は現れなかった。
無性に会いたい気持ちが湧いて来る。
隣にある妻の布団を叩く
「ムッチ会いたいよ、会いたいよ、会いたいよ」
発作の様に会いたい衝動が始まる。
早朝は特にきつい
ふらふらと1階に降りトイレを済ませお茶を口にする。
ドカッと妻の仏前に座り愚痴をこぼすがそのうち自身を責め出し空虚な気分になる。
暫く仏前で項垂れる。
妻に挨拶と思い線香をあげる。
お燐を鳴らし両手を合わせる。
「ムッチ、おはよう」
「今日はムッチの戸籍謄本を取りに出かけるよ」
「それらをまとめ次は郵送するね」
「見守っていてね」
手を下ろしぐったり項垂れる。
床に敷いたじゅうたんの柄を見つめていると無性に妻が恋しくなり目が潤みぽつんぽつんとじゅうたんに水滴が溢れる。
とても動ける状況ではない。
鼻水がダラダラと垂れ出してやっとテッシュを取るのに動き出す。
妻が亡くなってから朝はいつも沈む。
何で自分は生きているのだろう。
死んでしまえば妻に会えるのに
ここ毎日の様に死にたい衝動にかられる。
ソファーでぐったりし終わると簡易味噌汁に家で採れたシソの葉を刻み入れお湯を注ぎ今日の朝食を終わらせる。
午前9時
予定では妻が戸籍謄本から除籍されるのが今日らしく早速市役所の出張所へ向かう。
ここの駐車場に入れるのが一苦労するが何とか入れられた。
市役所に入ると職員の二人と私ともう一人居た。
戸籍謄本を求める為の書類を探していると職員の方が「どの様なご用件でしょう」と声を掛けて来た。
私が「実は今月初め妻が亡くなりまして」そう言った途端ぽろぽろと涙が溢れ出してきて「あっすみません。お恥ずかしいところを」すぐにテッシュを取り出し目を拭き鼻をかんだ。
職員「そうでしたか…それはお辛いでしたね、あまりご無理をなさらずゆっくりで良いのでお話しください」と優しい言葉を頂いた。
私「今回は妻の除籍の件で妻の除籍の載った戸籍謄本と妻と私の除籍付き住民票それに私の印鑑証明が必要なんです。」
私「妻に関しては生前から亡くなるまでの戸籍謄本を3通頂けますか」
これらは通帳凍結に使う物や共済金に任意の年金等で必要になってくるものだ。
枚数的に正確さは無いが取り敢えず何通かは送る事が出来る。
職員の人が妻の除籍を確認したところ本籍からまだそのデータが届いていなかったらしく困っていたのだが慣れた職員の方が出てきて「本籍の役所には既にデータはある様なので今こちらでも対応出来る様手配してみますね」と言ってもらい大変助かった。
ありがとう市役所の皆さん。
何とかこれで妻の運用資金の道筋は出来た。
家に帰ったら後は配送出来る関係各所へ送るだけだ。
家に帰りまじまじと妻の戸籍謄本を見る。
こんな所で生まれたのか…それにしても昔の戸籍謄本はタテ読みで字も汚く見にくい
最近の戸籍謄本に移ると除籍の文字が載っていた。
妻が抹消されてしまった…
この世からまた妻の痕跡が無くなった。
物悲しく結構辛い。
一人の人生の幕引きは色んな場面でぽつんぽつんと徐々に削られるのだ。
目が潤み鼻を啜る。
午後3時頃
送れそうな物だけ郵送しよう。
今度は郵便局に行く。
この手の封書は手渡しでないとダメらしく郵便局へ入り直接職員に渡す。
家に帰り改めて残りの書類に目を通す。
妻が手掛けた資産運用の夢の果てか…
こんなに一杯あるんだよな
私が亡くなった後に妻自身が考えた生活出来る術がここにはある…いや、あった。
計画では持病持ちで働けない私が先に行く予定だった。
現に以前は私の血液検査で必ず血糖値の他2、3個は異常があった。
毎日の晩酌や暴食が肝臓や腎臓に負担を掛けていたと思う。
でも結果はどうだ
こんなもの望んだ覚えはない。
再び書類に目を通す。
何が何だか全く分からない。
やっとの思いでここまで調べ上げたけどこれでもまだ解決しない。
また一杯電話して聞かないといけない。
不安に押し潰されそうだ。
無理矢理ここまで来たけど色々限界だ。
ムッチぃ不安だよとっても不安…
ちょっと一旦休憩しよう。
伴侶の居ない人生はとても色あせ空虚で孤独で辛いものでしかない。
何をやっても面白くは無いし食事も不味い。
何故私は生かされているのだろう。
妻が生きていた方が世の為になっただろうに
なんで私は生きているのか…
無気力になり体が動かない。
しばらく床に散らばった書類を見ながら固まっている。
現世は修練の場
以前の会社で酷いパワハラがあり私は鬱になった事がある。
鬱による落ち込み方はそれは酷いものだった。
然し、妻が亡くなった後に来るこの感情の落ち込み方とは性質が全く違う別物だ。
心を剥ぎ取られた後、強引に孤独と喪失感を無理矢理押し込められた様な…
逃げ様にも伴侶への愛の深さが逃してはくれない。
最初これは現世の地獄だと思っていた。
この頃からグリーフケアや徳の高い人の言葉などの動画配信を熱心に見る様になった。
色々学びはあった気がする。
現世は修練の場
最近はそう思う事で何とか死にたい衝動を抑えている。
これを乗り越えないと妻の居る天界、天国に一緒に立つ事は出来ない。
取り敢えず今はそう思う様にしている。
これは宗教ではない自身の心の在り方の問題だ。
とは言え中々上手くはいかない。
まだまだ発展途上で先が見えない。
今日は無理せず寝よう。




