後輩の告白
そいつの名は田淵という。
相談サークル「なんでも相談会」に去年転がり込んできた、一年下の後輩だ。就活が右も左も分からないと半泣きで泣きついてきたのを、俺が面倒を見てやった。エントリーシートの添削。面接の模擬練習。業界の選び方。営業二十四年の知恵を、惜しみなく叩き込んだ。
その田淵が、俺と同じ大手の内定者として懇親会にいた。
「く、熊沢さん! 俺、内定もらえました! 熊沢さんのおかげです!」
田淵は顔を輝かせて、人混みをかき分けて駆け寄ってきた。素直で真っ直ぐで、少し押しの弱い、いい奴だ。俺はこういう不器用な若いのが嫌いじゃない。放っておけない。中身がおっさんだからだろう。
「おう。よかったな。あんたの熱意が実ったんだ。俺はちょっと背中を押しただけだ」
「いえ! 熊沢さんがいなかったら、俺、絶対一社も無理でした! ほんとにありがとうございます!」
俺は後輩の成長が素直に嬉しかった。中身はおっさんだ。頼りなかった若いのが一人前になっていくのを見るのは、酒より旨い。俺は上機嫌で、田淵の肩をばんばん叩いた。田淵はなぜか、その手が触れるたび真っ赤になっていたが、俺は気にも留めなかった。
その夜はそれで終わった。はずだった。
*
数日後。田淵に「折り入って相談があります」と呼び出された。
てっきり入社前の不安の相談だと思った。俺はいつものように、飯を奢ってやりながら話を聞く態勢でいた。だが田淵はなかなか切り出さない。顔を赤くして、水を飲んで、また黙る。注文した唐揚げが冷めていく。
「どうした。はっきり言え。男だろ」
俺のいつもの叱咤。田淵は意を決したように、拳を握って顔を上げた。
「熊沢さん! お、俺!……熊沢さんのことが好きです! ずっと前から! 付き合ってください!」
時間が止まった。
俺は缶チューハイを口に運びかけたまま固まった。
告白。この田淵が。俺に。
いや、待て。相手は俺だ。中身は四十六のおっさんだ。田淵、お前、俺の中身はお前の親父といい勝負の、腹の出た冴えないおっさんだぞ。それを分かって言ってるのか。――分かってるわけがない。田淵が惚れているのは、この若くて綺麗な「熊沢先輩」の皮のほうだ。
突っぱねればよかった。「馬鹿言うな」の一言で済む話だった。それが正しい。
だが。
俺は突っぱねられなかった。
なぜだ。俺は自分の胸の奥が、妙にざわつくのを感じた。真っ直ぐに、顔を真っ赤にして、拳を震わせて、俺を「好きだ」と言うこの不器用な若造。その混じり気のひとつもない好意が――四十六年、女に縁のなかった俺の、どこか錆びついて乾ききった部分に、じわりと沁みた。
「……ちょっと考えさせてくれ」
気づいたら、俺はそう言っていた。
突っぱねるでも受けるでもなく。保留。営業なら絶対にやらない、最悪の返答だ。相手に期待を持たせる。
田淵はぱっと顔を輝かせて、「はい! いつまでも待ちます!」と意気揚々と帰っていった。
残された俺は、ぬるくなったチューハイを睨んで頭を抱えた。冷めた唐揚げが、皿の上で油を固めていた。
「……何やってんだ、俺は」
中身はおっさんだ。おっさんが若い男の告白に揺れている。この天地がひっくり返るような事実に、俺はこれから一人で向き合わされることになる。




