悪徳OBへの落とし前
落とし前は、地味だった。爆発もなければ修羅場もない。大人の戦争は書類で決まる。第1部で悪徳イベサーを畳ませたときと同じだ。派手さはないが、確実に相手を殺す。社会的に。
まず、被害者を集めた。
あのOBに同じ手口で食われた就活生。俺が握った二人を起点に、相談サークルの人脈と、SNSの鍵付きの被害者コミュニティを慎重にたぐった。出るわ出るわ。「内定に口添えする」と酒で酔わされ、ホテルに連れ込まれ、泣き寝入りさせられた女子学生が、数年分ぞろぞろと出てきた。中には就活そのものを諦めた子もいた。
俺はその証言を一つ一つ丁寧に整理した。日時。場所。手口。使われた殺し文句。そして俺自身があの部屋で握った、動かぬ録音。点だった被害が線に繋がっていく。営業二十四年、バラバラの情報を一つの隙のない資料にまとめ上げるのは、俺の本業だった。証拠は感情より強い。数字と記録は嘘をつかない。
*
撃ち込む先は三方向。同時に。
一つ。OBの会社のコンプライアンス窓口。誰もが名を知る大手だ。就活ハラスメントの組織的な放置が明るみに出れば、致命傷になる。株価にも響く。
二つ。大学のキャリアセンター。このOBを公認の「頼れるOB訪問先」として、何も知らない学生に紹介していた責任がある。大学も放ってはおけない。動かざるを得ない。
三つ。被害者たちの代理人弁護士。第1部でも世話になった、ボドゲ研OBの伝手だ。世の中は狭い。狭いことはこういうとき、武器になる。
三方向から同時に、寸分違わぬ同じ証拠が撃ち込まれた。逃げ場はなかった。
結果は早かった。
あの男は採用担当を即座に外された。そして地方の閑職へ飛ばされた。懲戒一歩手前の、事実上の追放。社内では腫れ物扱い。妻子にも事情は伝わっただろう。あいつが一番失いたくなかったものは、他ならぬあいつ自身の手で、とうに壊れていた。俺は指一本触れちゃいない。
俺は表には一切出なかった。殴りも蹴りも脅しもしない。ただ証拠と制度と評判で、あの男を静かに、深く沈めた。
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処分が決まった日。あの男から一度だけ、メッセージが来た。俺の連絡先を、どこかで必死に調べたらしい。
『これで満足か。俺の人生をめちゃくちゃにして』
俺は少し考えて、返信した。
『勘違いするな。あんたの人生をめちゃくちゃにしたのは、あんた自身だ。俺は、あんたが何年もかけて撒いた種を、被害者のところへ順番に届けただけだ。……立場を武器に弱い相手を食う奴は、いつかその同じ武器で自分が食われる。それだけの話だ。恨むなら、酒を注いだ自分の手を恨め』
既読はついた。返事は来なかった。
それでいい。ああいう手合いへの一番の意趣返しは、感情的な復讐じゃない。あいつが一番恐れていた「社会的な、退屈な敗者」にしてやることだ。日の当たる舞台から静かに引きずり下ろして、二度と上がれなくしてやること。
数日後。被害者の一人から、俺のもとに短い礼のメッセージが届いた。
『もう就活が怖くなくなりました。ありがとう』
俺はそれだけで、この気の滅入る汚れ仕事を引き受けた甲斐があったと思った。胸のつかえが一つ取れた。
中身はおっさんだ。だが、いや、おっさんだからこそ、立場を笠に着て、これから社会に出ようとする若いのを食い物にする卑劣な輩が、心底許せなかった。俺の二度目の人生でも、その我慢のならなさだけは一ミリも変わらない。
さて。汚れ仕事は片づいた。あとは――俺の二度目の人生の、新しい戦場が待っている。




