【B. リリアナの登場】
炎の匂いが、空を焦がしていた。
首都の空に赤い光が走り、鐘の音が響く。
その音を裂くように、ひとりの影が駆け抜ける。
リリアナ・クロウベル。
アカデミー・オブ・レールの学監であり、“心の列車”を教えた女教師。
彼女の外套は煤で黒く汚れ、金のボタンが焦げた光を返す。
「……お願い、まだ間に合って……!」
息を切らしながら、崩れた庁舎の中へ。
炎が天井を這い、鉄骨が悲鳴を上げる。
それでも彼女は足を止めなかった。
靴の踵でガラスを蹴り割り、階段を駆け下りる。
――保管庫。
そこに鎮座していたのは、一冊の巨大な書物。
無数の歯車が背表紙を支え、金属のページには膨大な文字が刻まれている。
それは、国中の路線、人々の名、そして“旅の約束”を記した心の地図――
《時刻表の書》。
炎が迫る。
空気が熱に歪み、壁の時計が砕け散る。
「この本だけは……誰にも焼かせない!」
リリアナは両腕で本を抱きしめ、結界を展開する。
魔導の光が輪を描き、瞬間、銃声が響いた。
背後から――治安部隊の兵士たち。
「発見! 学監リリアナだ!」
「その書を渡せ! 国家の命令だ!」
轟、と爆ぜる銃火。
だが、リリアナの周囲に淡い銀光が広がり、弾丸をはじく。
その光はまるでレールのように床を走り、彼女の足を導いた。
瓦礫の隙間を抜け、裏通路へ。
煙に包まれながらも、その瞳だけはまっすぐ前を見ていた。
「この道が、誰かの明日を繋ぐ限り――私は走り続ける!」
炎の中、リリアナの姿が光に包まれ、夜の街へと消える。
腕の中の《時刻表の書》が、かすかに脈打っていた。
まるで――まだ燃え尽きぬ心の鼓動のように。




