第12話 プロローグ:動き出した民衆列車【A. 夜明け前の静寂】
夜の終わりと朝の始まりが溶け合う、灰色の時間。
レール連合都市・中央駅は、息をひそめたように沈黙していた。
長い封鎖線の向こう――そこに延びる“希望支線”の軌道は、もう何年も誰にも踏まれていない。
錆びた鉄のにおいと、凍りついた空気。
ホームの時計は止まったまま、針は午前五時を指したまま動かない。
駅舎の天窓から差し込むわずかな月光が、レールの表面を細く照らしていた。
「……誰も、いないな。」
鉄道官吏の声が、風のように虚ろに響く。
政府の命令によって民間列車はすべて運行停止となり、都市の鉄道は“国の管理下”に置かれていた。
レールに触れることすら、許可証が必要な時代。
だが――。
ギギィ……。
鉄の軋みが、沈黙を裂いた。
誰も動かぬはずの線路が、確かに震えた。
遠く、封鎖柵の向こうから淡い灯が揺れる。
「……光?」
「バカな、電力供給は遮断されているはずだ!」
次の瞬間、闇を貫いて一条のヘッドライトが走る。
霧を切り裂くようにして現れたのは――小型の手作り列車。
外装はところどころ溶接の痕が残り、塗装もまだら。
だが、その鉄の箱は確かに“走って”いた。
蒸気を吐き、魔導エンジンが不安定なリズムで唸る。
乗客はいない。ただ、前方キャブには一人の青年が立っていた。
彼の両手は震えていたが、その目だけは真っ直ぐに線路の先を見つめていた。
「……行くぞ。
先生が言ってた。“線路は、人の心が走る道”だって。」
レバーを押し込む音とともに、車輪が回る。
ぎしぎしと軋む金属の音が、静まり返った駅にこだました。
朝陽を待たずして――
銀のレールが、わずかに光った。
それは誰の許可も得ぬ、
心の列車の起動音だった。




