第9話 切符印刷で時空バグ 1. 発端:過去行き切符、誕生
午後の陽光が差し込む「票券印刷実習室」は、いつもより少しざわついていた。
機械の回転音と魔力の流動音が混じり、空気が微かに振動している。
教壇の前で腕を組むリリアナが、眉をひそめる。
「アルノ君、まさかその実験――事前申請なしじゃないでしょうね?」
「だ、だいじょうぶです先生!安全確認済みです!……たぶん!」
アルノ・フェルデン。印刷魔術師を志す一年生。
魔力と機械を掛け合わせた「票券術式」に異常な情熱を燃やす少年だ。
今日も彼の机には、試作品の切符が山のように積まれている。
悠真は、工学用の青いコートを羽織ったまま、半ばあきれ顔で覗き込んだ。
「お前、今度はどんな改造してんだ?」
「へへ、すごいですよ先生!“行き先”だけじゃなく、“時間”も指定できる切符です!」
「時間指定……?」リリアナが眼鏡を押し上げる。
「まさか、時間転移の理論を票券術式に組み込むつもり?」
「はいっ!つまり――“時空列車”の再現です!」
その声は誇らしげだった。
だが、次の言葉で一瞬にして台無しになる。
アルノ「昨日の課題を出し忘れたから、昨日に戻って出したいんだ!」
リリアナ「動機が不純すぎます。」
悠真「お前、時間を通勤路にするな。」
だが、その軽口を最後に、室内の空気が一変した。
印刷機の魔導コアが、警告色の赤に光る。
紙送り装置が勝手に動き出し、次々と切符を吐き出していく。
パチン――。
一枚の切符が、魔力を帯びて空中に浮かび上がった。
その表面には、くっきりとこう刻まれていた。
《行き先:昨日》
《時刻:−24:00》
悠真が顔色を変える。
「おい待て、それは“負の時刻指定”だ――!」
次の瞬間、部屋中が白光に包まれた。
空気がねじれ、壁際の時計が逆回転を始める。
校舎全体に鈍い振動が走り、足元のレールが“消えていく”。
――巻き戻しが始まっていた。
窓の外を見ると、工事用の足場が出現し、舗装済みだった校庭が“建設途中の状態”へと戻っていく。
壁に掲げられた名簿から、二人の名前がゆっくりと消えた。
リリアナ・クレメンス――記録削除。
悠真・シノザキ――登録なし。
「……私たち、昨日には存在していないみたいですね。」
「冗談じゃねぇ。生徒の実験で時空消去とか、シャレにならんぞ。」
外の空は淡く反転し、夕焼けが“昨日の朝焼け”へと変わっていく。
アルノの手には、まだ発光する切符が握られていた。
アルノ「せ、先生……これ、成功ですよね?」
悠真「成功? どこをどう見たらそうなるんだ。」
リリアナ「いいえ。これは“過去行き切符”――つまり、時空事故です。」
静寂。
時計の針は、なおも逆に進み続けていた。




