旅立ち
港建設はジョージのおかげで思ったよりも早く進めることが出来た。
レイの希望により、港は大きくもなく、一日の出入り出来る船の数も制限された。いっきに人も荷物も入れば混乱を招く。
「大きくするのは次の時代でいい」
そう言って笑うレイ。土台作りまでで、あとはルーカスに引き継がれる。そのためにルーはジョージに付いてダレン国への留学が決まった。
もう明日には出発という最後の夜。ルーとアナは子ども部屋でぴったりと寄り添っていた。
別々の部屋が与えられても、この秘密基地のような部屋で、どれだけ二人は過ごしただろう。一日の報告や内緒話。父へのプレゼントも、悪戯も、全部ここから始まった。
「ルー。寂しい?」
「アナと長く離れたことはないからね。でも僕は行くよ」
「お父様のお許しが出たら、ダレンに会いに行くわ」
「うん。オズ兄様と訪ねて欲しい」
もう双子も七歳になった。次に会う時は距離が出来ているだろう。もう幼子ではない。
アナはルーの手をそっと握った。
「私、この手が大好き。いつも何かを作り出す魔法の手だと思っていたのよ」
「それなら僕はアナの瞳が好きだな。いつも周りをよく見て、僕を助けてくれた。いつまでも弱気な兄でごめんね」
「そんなことない。ルーは私の光よ。いつでも手を引いてくれた」
「でもこれからはオズ兄様がアナの手を引いてくれる。それは少し寂しいけどね」
アナが顔を赤くした。つい先日、オズワルドとの婚約が整ったばかりだった。
「ルーだって、リリアナ姫がいるじゃない」
リリアとボビーの待望の第一子は女児だった。リリアナと名付けたのはルー。生まれる前からいくつも考えていた。
「早く大きくならないか、毎日お祈りしてるよ」
ノアールまで会いに行った時はまだ首も据わる前。月に一回様子を知らせては貰っているが、手を繋いで歩くのはまだ当分先だ。
そこへトントンと扉が叩かれ、お菓子を抱えたレイが入ってきた。
「父様も混ぜてよ」
「お父様! ここに座って。私たちが生まれた日の話が聞きたいわ」
「僕はやっぱりお父様の剣を見たいな。いつ見ても格好いいもの」
「じゃあ今夜は夜更かしだな。ヴィン、剣持ってきて」
「あいよ。ついでに三人の枕もだな」
「やった!」
「さすがヴィンセントね!」
ルーは万歳して、アナも手を叩く。
きっと親子で枕を並べるなどこれが最後だろう。もうベッドで三人並ぶと窮屈そうにしていた。
(双子も本当に大きくなったな)
つい親のような気持ちになるヴィンだった。
ルーの旅立ちの朝。港にはダレンの船が静かに客を待っていた。
「ルーカス。これを君へ」
レイは自分の胸に付けていた象徴石『夜明けの空』を外し、ルーに渡した。
「こんな大事なものを僕に?」
「いいんだ。ルーに持っていて欲しい」
剣は渡せないけど、と片目をつぶる。
「僕はレイモンド・ウィステリアの子だ。剣がなくたって戦えます」
レイは目を細め、最愛の息子を抱きしめた。
「ああ。母様も見てるからね」
「はい!」
「では、ご子息は責任を持って預かるよ」
「ジョージ王子。よろしくお願いします」
「お願いします!」
レイとルー。同時に口に出し、顔を見合わせて笑った。
「ニャー!」
二人が振り向くと、モリオンとスノーがいた。
「いつ帰ってきたの?」
アナがモリオンを抱き上げようとするが、するりと抜けてルーに飛びつく。
「モリオン、お帰り。良かった。お父様を頼んだよ」
「ニャー!」
「ふふ。僕よりもルーの方がしっかりしているみたいだね」
「子離れよりも、親離れの方が先だったな」
ヴィンがここで泣くなよとレイの肩を叩いた。
そして船はボーと汽笛を鳴らし、ゆっくりと港を離れていった。
「……行っちゃった」
レイがぽつりとこぼし、力なくしゃがみ込んだ。
「こっそり会いに行けばいいだろう」
「見つかったら、ジョージに笑われそうだな」
レイがクスリと笑う。
三年はしっかりと学ばせる。そう決意して出したものの、心配でたまらない。本当は今すぐにでも追いかけたい。
「お父様。大丈夫?」
「アナ。父様は寂しくても我慢できるよ」
「でも……今夜はモリオンちゃんをお父様に譲るわ」
「ありがとう。でもモリオンはアナがいいみたいだよ」
ずっと船を見送っていたモリオンが、いつの間にかアナの足元へ寄り添っていた。
「では、お父様はヴィンセントにお願いするわね」
「アナ……。父様は子どもじゃないぞ」
「でも一人じゃ寂しいでしょう?」
アナには全部お見通し。寂しさを紛らわすために、一晩中机になど向わせない。
「アナには敵わないな。ヴィン。今夜は相手して」
「ああ。飲み過ぎないように見張っていてやるよ」
その夜、珍しくレイの寝室に酒瓶が並ぶ。でもレイは少しも飲まない。ただ眺めているだけだった。
「ヴィン、何か話をしてよ」
「何か? そうだな……」
いつもよりもヴィンは饒舌に話をした。レイはたまに頷くが、話とずれている。
(聞いている振りだな)
「旅に出ないか」
「えっ?」
今度はきちんと反応した。
「驚くことはないだろう。ヴィオラは旅の薬草士じゃないか」
「でも仕事がある」
「ひと月くらいどうにかなるだろう。アナもオズがいれば大丈夫だ」
「二人でって事?」
「そうだよ。お前を一人で行かせるわけないだろう」
「そっか。少し考えておく」
レイの口元が緩んでいるように見えた。これは行くと思って準備をしなくてはならない。
「ひとつ、聞いていいかな」
「なんだ? 行き先なら好きに決めろよ」
「違う。僕はどっちで行けばいい?」
「どっち? ああ。レイのままでいいだろう」
「ふふ。それなら良かった」
安心したのかレイが先にベッドに潜り込む。
すぐに明かりを消してヴィンも隣に潜ると、レイは背を向けずにすり寄ってきた。
「どこへ行こうかな。もうあちこち回ったからな……」
「おい。それはいつの話だよ」
「夢の中でだよ」
たまに熟睡とは違う、どこか気配の消えたような夜があった。
これ以上考えると頭が痛くなる。
「行ってないとこはどこだ?」
「よく覚えてない。でも馬で行けるところにしよう。船はやっぱり酔うから」
「わかった。とりあえず仕事頑張れ。片付けてから行くぞ」
「言い出したヴィンも手伝ってよ」
そう言うと、レイはくるりと背を向けすぐに寝息を立てる。
レイの腕には枕。おそらくルーの部屋から持ち出したんだろう。
「やせ我慢して……」
どこから回るにしても、最後はダレン国だ。




