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水は流れる

 レイはウィステリアに船着き場を作るとアルジュンと約束した。


 そこがこの国の新しい玄関となる。


 川から吹く爽やかな風に髪をなびかせるレイは、眩しそうに川面を眺めていた。


 その隣で、ヴィンは思いきり空気を吸い込む。


 これがまだ始まりに過ぎないことはよくわかっている。立ち止まるなどない。


「船はどうする気だ?」


「大丈夫。そろそろ来るよ」


 アルジュンは一度イスカールに戻るため、ダレンに向った。話を聞いたジョージが設計図を持って、今頃ウィステリアに向っているはずだと言う。


「お前は動かないで、よくそれだけ回せるな」


「そんなことないよ。いつもきちんと手紙で話はしている。王子会だって続けているし」


 そういえば、割と筆まめなところはあった。


「ヴィンから一度も貰ったことないな」


 ふと、レイが呟く。


「隣にいて何を書く? メモだって必要ないだろう」


「僕は送ったことあるよね」


 レイから誕生日カードとは別に、短いが日頃の感謝と、なぜか文句まで書かれていた。


「……いただきました」


 ヴィンの周りにだけ強風が吹いた。多分……。


 レイの言った通り、ジョージがウィステリアへやって来た。それも船に乗って。


 急ごしらえの仮船着き場は急に賑やかになった。


「レイ! 僕の贈り物は気に入ったようだね」


「君のおかげで、美味しいものを沢山食べられそうだ。ありがとう」


「カレーか。あれは僕もはまったよ」


「ふふ。でもフェリシティにも美味しいものがある。ゆっくりしていってくれ」


「もちろん。こことは長く取引をしたいからね」


 海の向こう。まだまだ知りたいことがある。そのためにはジョージの力も必要だ。


 船着き場に近い場所に、要人も宿泊できる施設が作られた。元は前領主の愛人宅だったが、綺麗に改装され、心地よく整えられた。


「伯父が贅をこらして建てた屋敷なんて見たくもなかった。すぐに取り壊そうかと思ったけど、残しておいて良かった」


 それも酷い成金趣味。家具などは売却したが、取り壊すには金がかかる。いつかと後回しにしていたが、役にたった。


「船はダレンで造らせるんだろう? ジョージをいつまでここに留める気だ?」


「港町を持つダレンに、他とは違うやり方があるだろう。ここで僕は間違えてはならないからね」


 街道を通る荷馬車とは比較にならないものが入ってくる。それは有益なものだけじゃない。


 船着き場建設は、フェリシティが陸の孤島と呼ばれたくらい王都と離れていたことも、レイに決断させた理由のひとつだった。


「さて。ジョージから面白い話を聞いて来よう。難しい話はその後だ」


 ジョージは話し上手で、レイを飽きさせることがない。


 ジョージもまた、軽いジョークだろうがなんだろうが、レイの屈託のない笑顔や、一緒に悪乗りしてくれるのが面白くて仕方がない。


「こうして直接話せるのは嬉しいよ。ねえ。手紙に書いてあった新しい踊りを見せて欲しいな」


 そうだろうとレイの後ろで聞いていたヴィンは頷く。やっぱり手紙なんていらない。


「代わりにヴィオラの新しい衣装を見せてくれるかい?」


「そんなこと、僕書いたかな?」


「書いてあったさ。ほら月の祭りとかで着たという女神の衣装。ぜひ見てみたい」


 口は災いの元以上だ。なぜ余計なことを書く。ヴィンの眉間に皺が寄る。


「それくらいならいいよ。外には着て行かないけど、ここでならね」


 いいのか! ヴィンが目を丸くする。いつもは嫌がるくせに。


「ヴィン、明日は子ども達もここへ呼ぶよ。ジョージの踊りをぜひ見せたい。あれは本当に心を動かす。無形の芸術だ」


 レイが絶賛するジョージの舞踏。双子とオズワルドのためだったか……。それなら仕方がない。手配するしかない。


 川辺にたつ屋敷のバルコニーに、足元を照らすだけの、ほんの小さな灯がついた。


 金の腕輪と足輪がシャランと鳴った。


 薄い衣装を纏ったジョージが静かに踊り出す。


 音楽は川の水音。照明は月の明かり。


 ジョージが腰に下げた鞘から剣を抜くと、女神の衣装を纏ったレイを誘う。


 レイは扇を広げ、ジョージの動きを真似る。


 剣でもない。一閃でもないのに、扇は空を斬る。それに応じるジョージの剣。まるで神話の一場面のようだった。


 そしてジョージがそっと剣を置いた。


 静かな余韻を残し、終わってしまったのだと知る。重なる影までが美しかった。


「ジョージ。僕は何か違う者になったような気持ちになった。これを言葉にするのは難しいな」


 レイの額から汗がにじみ出ていた。だが息は少しも乱れていなかった。


「月の女神が本当にいたとはね。僕もどこか違う場所にいたような気がする」


 手紙で読んだ時、これだとジョージは直感し、古式舞踏にアレンジを加えた。


「ジョージ様もお父様も素晴らしかった。私、心が震えたまま、動けなくなってしまったわ」


「僕もだ。剣は人を斬るだけじゃないんだね。僕もやってみたい!」


 双子がすっかり忘れていた拍手を送る。


「これはまた可愛らしい踊り手だ。天使たちは花を持って踊ってみようか」


 ジョージは花瓶から花を三本抜き取り、双子と尻込みするオズワルドに持たせた。


「さあ。好きに踊ってごらん。決まりなんてないさ」


 ジョージの面白おかしなステップを真似る子ども達。それをレイは笑って見ていた。


 その夜。ヴィンは自室で手紙を書いていた。


 『とても綺麗だった』


「違うな」


 双子同様に、ヴィンもまた二人から目が離せず、動くことができなかった。


 脇においた自分の剣を見た。


 もうすぐレイの目指す時代がやってくるのかもしれない。


 『とても綺麗だったが、誰にも見せたくなかった』と書いた。


 そして最後に『この先を一緒に見たい』と書いて封をした。

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