異国の友人
ヴィンはレイの手を握りしめていた。
「絶対に離さないでくれ」
「大げさな。たかが虫歯の治療くらいで騒ぐな」
レイに呆れられようが、こればかりは怖い。
アルジュンが連れてきた医者から、新しい治療法を聞いたレイが虫歯持ちを探したら、すぐ隣にいた。
「双子だってもっと大きく口を開けたよ」
「そうよ。ヴィンセントも頑張って。少しも痛くなかったわ」
アナは先にぐらぐらの乳歯を抜かれた。
新しい歯が生えるまで、口を聞かないと宣言していたが、女の子にそれは無理だった。
ルーは抜けたところををみんなに見せに行ってしまった。
頑張ったと菓子を山ほど持ち帰るだろう。
「治るまで酒は飲ませないから。それと……」
耳元で「キスさせない」とレイが呟けば、ヴィンは目をぎゅっと閉じ、口を開けた。
「先生、よろしく。思い切り痛くして構わない」
「うぎゃ-」
領主一家の昼食は今日もカレー。
ヴィンだけ、噛まなくてもいいカレースープ。
「もういい加減飽きたなって思っても、食べたくなる。不思議な食べものだね」
「レイさま、クッキー。おなじ」
「アルジュンにも気に入ってもらえて良かった」
お国にも似た菓子があるらしい。
「ところで王都へは案内しないのか?」
ヴィンが口を開いた。やっとしびれはなくなった。
「いきなり知らない異国の商人を連れて行ったら、心配する者も多い」
言葉が通じない。それは見えない壁だ。
その点、ウィステリアは国境に近く、観光客も多い。領民は外から来る者を見慣れていた。
「しんぱい、わかる。でも、だいじょうぶ」
「先にアルジュン達が覚えるか、僕達が覚えて通訳するかだね」
レイはゆっくりなら聞き取れるまでに。双子とオズワルドも、もう挨拶は話せるようになった。
「ダレン国では通じたのか?」
「あそこはわからなかったら、手振り身振りで進めちゃうから」
アルジュンがうなずく。
ヴィンも納得。
「さて。僕はそろそろ仕事に戻るよ。アルジュンはこの後どうする?」
「そめもの、みる」
「最近は染め物体験も出来るから、楽しんできて。セオ、案内を」
「よし。アルジュン、行こうぜ」
言葉はわからなくても、セオは面白がって案内を買って出ていた。
レイは、アルジュンからもらった地図を広げていた。
「海の向こうが気になるのか?」
「うーん。興味はあるけど」
「そうか」
レイはそれきり黙って仕事に入ってしまった。
ヴィンはてっきり、レイが行きたいと言い出すかと思った。
まだここでやりたい事があるのだろう。
いつかモリオン達のように、旅に出る日がくるかも知れない。
レイはアルジュン一行を、王都どころか、自慢の騎士団に案内しない。温泉村も。
領内でも商店街や工房など行けるところはわずか。あとは雑貨屋で時間を潰していた。
それでもアルジュンは文句も言わずに、レイに従っていた。
「なぜだ? 歓迎すると言っていたよな」
もし警戒しているなら、双子のいるソフィアの屋敷にも近づけさせないはず。そもそも滞在させない。
「してるよ。彼は商人と名乗った。それ相応の対応はしている」
「ただの商人ではないと?」
「さあね。飽きたら帰るだろうし、取引したいなら話は聞く。それだけ」
鳩待ちか。どんな土産話がでるか楽しみだ。
鳩とセオの元にいるクロウが連れてきたイスカールの諜報員達を見て、アルジュンはレイの執務室で素晴らしいと手を叩く。
フェリシティ国周辺を探っていた。表の顔は商人。商談が済むまで、絶対に動かないと鳩達を困らせた。
「レイさま、ハリーさま。てき、したくなーい」
「それは良かった。そろそろ結果を教えていただけるのかな」
レイは笑っている。
「私はこの国と取引を決めました。大きな港がないのは残念だが、川がある」
突然、アルジュンが流暢に話し始めた。
荷運びの安全性や、実際に商品が動いているかを見定められていた。
「決め手は?」
「こんな片隅の領でさえ、各国から品物が届けられている。情報もね」
アルジュンがハリーをちらりと見た。
「ここで作られる商品も魅力だ。それに面白い領主がいた」
「ふふ。僕も見られていたか」
「あなたは不思議な人だ。少しも私から目を逸らさずに、話を聞いてくれた。そういう方は意外と少ないのですよ」
「信頼を得るには、まずその人を知らなくては」
「信頼ねえ。セオだけでなく、何人、私に付いていたんです?」
「正体がわからないんだから、護衛も見張りも必要でしょ。護衛料はもらうからね」
「おお。ここにも抜け目のない商人がいた。これは楽しめる」
駆け引きこそ、この男の娯楽だった。
アルジュンの目が輝き出す。
「もうひとつ。この大陸で、レイ様の手が届かないところはないようだ」
「僕が直接知らなくても、どこかでつながっている。知らない街で、僕達の作った商品が棚に並んでいるかもしれないね」
ここが、中心か。
ダレンの王子が、港もない内陸部へ行くように言った時は、何故だかわからなかった。
アルジュンが、わずかに言葉を選ぶように間を置いた。
「私の国も――仲間に、いれていただけますか」
「イスカール国が良き友人であるなら」
レイはまっすぐにアルジュンを見る。
争いだけは持ち込ませない。すべてが商品というなら、当然危険なものも動く。
「もちろんです。我が国も平和を望んでいます」
「では、もう一度握手を」
アルジュンは両手でレイの手を包む。
「これからは、どのようにお呼びすればいいか。 領主様? 公爵?」
「レイでいい。改めてようこそ。アルジュン」
領主館の応接室に毛足の長い絨毯が敷かれ、金箔が貼られた家具が運び込まれた。
すべてアルジュンのためのもの。
王族でもここまで揃えることは難しい。それでもアルジュンは商人の息子だと言う。
豪商たちが治める国。品物も情報も知識もすべてが商品。医術、薬は特に高い価値を持つ。
「ここ、僕が使うんだけど」
レイが退かせといえば、これも商品だと値札を貼り始めた。
「この部屋をあなたの一番新しい友人にお貸しください。いかがですか? 早い者勝ちですよ」
次々と商品が並べられ、商人達が身をのりだす。
商会長がレイに頭を下げた。
「レイ様、私は彼らのことを知っていて黙っていた。お許しください。これほどの珍しい商品を逃したくなくて」
「マックス会長、気にしなくていい。ああ、香辛料は買っておいて」
「わかっていますよ。必ずレイ様ご一家もカレーを気に入ると思っていました」
レイはカレー専門店を作ろうか、お悩み中。
「まんまと罠にはまった気分。でもいいよ。美味しいものは人をつなぐ。僕らのようにね」
「良き出会いに、感謝を」
アルジュンはもう一度、レイの手をとった。




