異国の商人
ウィステリア領主館。
レイは各国に潜む鳩の報告書を読んでいた。
口元が緩む。
「レイ、客だ」
「誰? 紹介状はあるの?」
「それが……」
ヴィンが首をひねっている。
また厄介事だ。
「今忙しいって言って」
「それが、通じない」
「明日、出直して欲しい。それくらいなら言えるでしょ」
接待担当のアイリスは休みだった。敵ならば即対応するヴィンだが、普通の接客は不得手。
突然、バーンと扉が開いた。
見たこともない民族衣装の大男が一人。ずかずかと入ってきた。
唖然とするレイにお構いなしに、早口でまくし立てた。
レイの手を取り、ぶんぶんと振る。
「えっと、初めまして」
「お前、外国語は堪能だろう。どこの国だ?」
「知らないよ。僕だって大陸で使われている言葉しか分からない」
それ、一体いくつある?
「公用語をまったく話せない王侯貴族はいないからね」
挨拶は別にして、他国の言語は四カ国。それでも通訳要らずとは流石だ。
男は丸められた書状を差し出した。ダレンの印があった。
「ジョージの紹介か。えっ」
レイが目を見張る。
にこにこと笑う男は、小さな箱を懐から取り出しレイへ渡した。
その箱がまた見事な細工物。
多分、石か貝殻が使われているのだろう。描かれた花は繊細、虹色に光る。
どんなお宝が入っているかと、ヴィンも後ろからのぞき込んだ。
「シルバーだね」
中には白い猫の毛が数本。
クスリとレイが笑う。
商船で国々をまわる南方民族だった。
ダレン国でシルバーとモリオンに出くわしたと書いてあった。
「ずいぶんと遠くまで。……元気そうでよかった」
二匹が姿を消して半年が経つ。時折届く目撃情報が、レイの楽しみのひとつになっていた。
「こちらはイスカール国の商人でアルジュンさん。なんでもペットの白虎をシルバーが撃退したらしい」
虎がペット!?
ヴィンも本でしか見たことがない。
それよりも、どれだけの早業猫パンチだよ。
「あなた、猫。素晴らしい」
どうにか片言なら話せるようだ。
「……それだけで、ここまで来たの?」
レイが小さく首を傾げる。
アルジュンはにやりと笑い、胸を叩いた。
「いいもの、動く。人も、動く」
「そうだね。はるばるようこそ」
レイも笑顔で返した。
「客人は僕が案内しよう」
レイは読みかけの報告書を丁寧に折りたたみ、胸ポケットにしまった。
すぐにハリーが呼ばれた。
「珍しいな。イスカール人は初めて会う」
世界中に知り合いがいそうなほど顔の広いハリーでも驚くくらいだ。
最近になって大陸に進出したのだろう。
ジョージ王子の書状には「大切な友人」と書かれていた。
「おばあ様の屋敷へお連れしよう」
習慣も言葉も分からない。宿泊施設の従業員だけでは対応しきれない。
「フローレンスにも手伝って欲しい」
「分かった。すぐに準備させる」
ハリーが力強くうなずく。
フローレンスの実家、スミス家は世界中から毒や薬となるものを集めている。イスカールを知っているかもしれない。
分厚い本がどんと置かれた。
開けば、スミス家が集めた薬草の絵と効能などが書かれていた。
ところどころにしおりが挟んであった。
「スパイスを使ったスープが食されていたと思います」
これですとページを開く。
辛さの中に甘みもあり、健康にいいと、一時期実家でよく出されていたと言う。
「どうしよ。作れる料理人はいないな」
フェリシティの料理の他、食べ慣れたものも出したい。
「大丈夫ですよ。オズワルドなら出来ます」
「えっ。オズに料理なんてできるの?」
「このスープは薬の調合と同じようなものですよ」
たぶんオズワルドも一度くらい実家で食べているはずだから、覚えているだろう。
スミス家の食卓、珍しいものほどよく出されるらしい。
「ならば、僕も厨房に立とう」
レイとオズワルド、フローレンスが薬を量る天秤を持って厨房に入っていった。
「あれ、大丈夫なのか……」
「ヴィン、料理は姐さん達に任せるしかない。俺たちは出来上がるまでの時間を稼ぐぞ」
……俺も厨房組に入りたかった。
うなだれたヴィンは、ハリーの背中を恨めしく見ていた。
厨房ではスパイスの入ったボールが並べられた。
食材のカットは料理人に任せ、エプロン姿の三人が秤の前に立つ。
「レイ様、分銅はこれで」
「ありがとう。なんだか楽しいね」
「まさか、私達がお料理だなんて」
「僕も初めてです」
「タマネギを炒めるのか。油がはねたら大変。これは僕がしよう」
すぐ後ろで料理長が手を出そうとしたが、レイが材料を渡さない。
「先にこれですね」
フローレンスもやる気満々。レイから木べらを取り上げた。
「僕にも出来そう。替わって下さい」
子どものやる気をそぐわけにはいかない。
「よし。鍋を三つ用意しよう。それぞれが作るよ」
「勝負ですね。受けて立ちます」
オズワルドがまたスパイスを量りだした。
「秘策があるのね。ならば私は……」
「料理長、僕にはあれ持ってきて」
「はい……」
――それぞれの鍋から良い香りが立ちのぼる。
応接室……ではなく、ヴィンは客人を厩舎に案内していた。
馬を見るなら、言葉は不要。
アルジュンもバーデットの黒馬をかなり気に入った様子。
「馬、速い。情報も、速い」
アルジュンが黒馬の首をなでながら言った。
鞍も着けずにひょいと跨がった時は、さすがのヴィンも驚いたが、すぐに笑みに変わる。
「いいのか? このまま姐さんに気に入られたら、長期滞在だぞ」
「構わない。それより、鳩が廃業にならないか心配しろよ」
商人だけあって情報網は広そうだ。
ハリーのまだ訪れたことのない国まで、色々と知っているような口ぶりだった。
「姐さんはそんなことしないさ。でも味方にすれば強いな」
ハリーもアルジュンから目が離せない。
執事が呼びに来た。
一度着替えに戻ったそれぞれが、食堂の席に着く。
「おんな、ちがーう」
アルジュンがレイを見て、ひどく残念そうだ。
「僕のことだよね」
「そうだな」
「姐さんの服。今日はいつもより男っぽいな」
「ハリー。君まで何を言ってるの。僕は男だからね」
乾杯ののち、料理が運ばれてきた。
あのスープも三種類並ぶ。同じようで香りも色も違う。それなりのものは出来たらしい。
「一番はどれかな」
レイがゆっくりの公用語と手振り身振りで伝える。
うなづいたアルジュンが、品定めをするように、ゆっくりと順に味を見ていく。
「ぜんぶ、こころ、こもってる」
すっと指をさした。
「まあ。気に入ってもらえて嬉しいわ」
ソフィアのケーキだった。
「とても、うつくしい」
スミレの砂糖漬けを飾ったケーキ。
ヴィンとハリーが、ちらりと顔を見合せた。
次の日。
アルジュンを追ってイスカールの従者達が屋敷を訪ねてきた。
中には料理人も。
胸をどんと叩いて、厨房の中へ入っていく。
「どんなだろう。見学しよう」
レイとオズワルドは手帳片手に料理人に続いた。
フローレンスはハリーが褒めそやしたので、満足して屋敷へ帰ってしまった。
「早い!」
「レイ様、見えましたか?」
「分からなかった」
匙ですくったスパイスをそのまま鍋に放り込む。
「格好いいな」
「あれは真似できないです」
他にも持ち込まれたスパイスにレイの目がとまる。
「効能を詳しく聞こうか。オズ?」
オズワルドはもう口に含んでいた。
その日から、屋敷は毎日カレーだった。




