約束
「ヴィン、帰るよ」
空が白んでいた。いつの間にか俺は眠っていたようだ。
レイは一人。モリオンは抱いていなかった。
「良いのか?」
「大丈夫。スノーがいるから」
レイが小さく笑った。
ずいぶんと信用されている。お姫様を守護するよう、言い渡したかのような。
「お前は……」
言いかけてやめた。
小さな家に戻らずに離宮へ。そのままレイは自室へ籠もってしまった。
湖岸で何があったかは分からない。
レイが話さないなら、俺は知らなくていい。
――そう思っていた。
モリオン達はあれから姿を見せなくなった。
それでもレイは心配する様子はない。
執務室でも雑貨屋でも変わらなかった。
ただ夜は一人で寝るようになった。
これは俺にとってはただ事じゃない。
「おやすみ」
小さな家でも俺を残して、扉が閉まった。
くそっ!
聞きたくなくても、聞かなきゃ分からない。
ノックもせずに部屋へ入ってやった。
レイはきょとんとして何も言わない。
そして、ポンポンと隣を叩く。
黙って隣へ潜り込む。
レイはいつものようにくるりと背を向けて、俺の腕の中に収まる。
肩が震えだした。なぜここで笑う?
「何だよ」
「だって。口がもごもごと。聞きたいことがあるならどうぞ」
これだ。
自分からは言わない。俺に言わせようとする。
「なぜ、追わない?」
くるりとレイが向きを変えた。今度はお互いの顔が見える。
「二人で話し合った。次に会うまで、お互い思い切り好きなことをしようって」
次なんて、そうないだろう。
「知らない場所へ行ってみたいってさ。なんでも、猫だけが知る秘密の場所があるらしいよ」
タンポポの綿毛が一斉に飛び立つ。
「僕だって行きたかったけど」
その目は夢見る少年。
黒猫に白猫がじゃれ合う姿が頭によぎる。
「でも行かないよ」
「たまになら行ってこい」
夢の中でなら、いくらでも抜け出せばいい。
「寝るぞ」
「ヴィン、ありがとう」
俺の胸に顔を埋める。
顔を見せないなど、悪戯がばれた子どものようだ。
背を向けずに、レイが寝息を立て始めた。
俺はこれからも隣で守るだけだ。
どこかの馬小屋の軒下。
わたしが目覚める。
優しく抱きしめられたように温かい。
ラベンダーの香りに笑みがこぼれる。
先に顔を洗う。いつだって彼の前では綺麗でいたいもの。
スノーが静かに目を開けた。
「ずいぶんと遠くまで来ていたね」
「迷子にならなかった?」
「君の匂いなら分かるよ」
モリオンをペロリと舐める。
もう国境を超えるところまで来ていた。
「怪我はないようだね」
「スノーがちゃんと守ってくれているわ」
モリオンの首に結ばれた白銀のリボンに汚れはない。
与えられた時間はわずか。
今日はどこまで行こうか。
夜風が気持ちいい。
二匹は駆け出した。
「風が出てきたね」
モリオンがクンクンと雨の匂いを探す。
「急ごう」
雲行きが怪しくなってきた。
遊びたくても、彼女を雨で濡らすわけにはいかない。早く安全な場所へ。
「ここにしよう」
「馬小屋捜しなら名人ね」
「アリアンを連れてくれば良かった?」
「それは楽しいでしょうね。でもいいの。今はあなたがいるから」
「ふふ。奥様、ワラの寝台へどうぞ」
姿が見えないくらいに、ワラを上から被せた。
そして外へ出る。
先ほどから、大きなキツネが二匹をつけ狙っていた。
白猫の気配が変わる。
猛然と飛びかかり、鋭い爪で一瞬で仕留める。
「キャン!」
キツネが尻尾を巻いて逃げ出す。
これで安心して休める。
「あれは……」
片隅に咲くニオイスミレを見つけ、一輪咥えた。
ワラの中に潜り込むと、モリオンの鼻先に差出す。
「良い匂い。花冠でなくても嬉しいわ」
モリオンがスノーの頬に鼻先を寄せ、そのまま軽く擦りつけた。
「くすぐったいよ」
モリオンは答えず、そのままスノーの首元に顔をうずめた。
寄り添って雨音を聞く。
あったかい。
そろそろスノーが起き出す。
もう一度、モリオンをペロリと舐める。
――ささやかな日々。
それが一番、愛おしい。
「気をつけて行っておいで」
今度は僕が君の帰る場所になる。
前話からちょっと更新が空いてしまいました。
ゆっくりですが、再開します。




