第99話 「ジャルバダール革命前夜」
先日ナヨカトルから知らせがあり、無事にユキセツを説得し、「神火」と組んだことを聞いた。
あいつもなかなかの人たらしである。
以前ユキセツが俺に向かって「借りは返すぞ」と脅してくれたが、あれはもうノーカンと考えて良いんだろうか。
臆病なので、ああいうのずっと気になっちゃうんだけど。
とにかく、これで全てが揃った。
ジャルバダールに在った巨大組織の四すくみ――「抵抗軍」、「神火」、「ピケトレヤ」、「ブトランテラ」の均衡を崩し、「革命軍」としてまとめ上げた俺たち。
今ではランゴも、ティワカンヤ王の「1」、絶炎のバルゲアの「3」、氷魔のイルシークの「4」を除く、一桁ナンバーが全て革命軍にある。
弱者との戦いに飽きた王も、これなら決闘を受け入れざるを得ないだろう。
実際、すでに王へ決闘を申し入れ、明日は王城へ向かう予定である。
すなわち明日は――革命の日。
そして同時に、俺はジャルバダールという国に隠された秘密にもかなり近づいた。
ティワカンヤ王、ポポリカ王妃、ピケトレヤ将軍の関係。
ヒゼトキヤ王、ゼロメタ王妃のこと。
幽閉されている魔女リシュデル。
そして王が持つ、「端末」や「熱砂の槍」。
だが、最後の最後に、もう一ピース――全ての謎を解く鍵が、必要だった。
そしてその鍵に、俺は見当がついていた。
身近過ぎて気付かなかった。
まさに灯台下暗しである。
細い三日月が浮かぶ夜。
俺は裏路地に呼びだしたそいつの姿を認めると、そっと歩み寄った。
****
「よう、お待たせ」
俺はニコニコと微笑みながら(と言っても顔は見えないのだが)、手を振って挨拶した。
相手はペコリ、と会釈した。
「いやぁ~、それにしても月の綺麗な夜だな。こんな日はプラプラと裏路地を散歩したくなる。お前もそうだろう?
――ああ、いい、いい。ここでいいんだ。ここで話そう。
いや、実は明日の作戦について話したいっていうのは嘘で、お前に別の用事があったんだよ」
すると相手はかすかに身構えたようだったが、俺は穏やかに話し続ける。
「安心してくれ。別に取って食おうってわけじゃない。ただ、お前の話を聞かなきゃ全てが明らかにならないんだ。大体の想像は出来ているんだけどな。
……思えば不思議な縁だ。この国に来て最初に会ったお前と、決戦を明日に控えた最後の夜にも会っているんだから。
なあ、お前もそう思うだろう?
シューシュカ」
名前を呼ぶと、彼女は一瞬うろたえたが、すぐにニコリと微笑み返した。
「女王様」のような、黒いなめし皮の服。黒い手袋に黒いブーツ。姫カットの黒髪ロングに、金のイヤリングがキラリと月光を反射する。
彼女のいつもの服装だ。
「あらご主人様ってば! 私との出会いを運命みたいだなんて、相変わらずの女たらしっぷりですわねぇ。まさか決戦を前に精をつけたいと……そ、そういうことナノ!?」
「あー、今日はそういうノリはいいんだ」
ふざけて両手で自分の体を抱くシューシュカに、俺は溜め息混じりに手を上げる。
「お前が相当な切れ者なのはよく知っている。その道化じみた言動が、本心や本当の目的を隠すためなのもな。
憶えているか? 半年前に初めて会った夜、お前が俺を襲ってきたときのことを」
「……もちろん、憶えているわよ?」
シューシュカは口調を戻し、呟くように言った。
「ご主人様には見事に見破られた挙句、懐柔されてここまで来ちゃったんだから、我ながらほだされたものよね〜」
「懐柔という言葉が適切かは分からないが、お前はお前の『成り上がる』という目的があり、互いの利益のために手を繋ぐことができた――そんな感じだと俺は思っていたよ。
だが、違ったんだな?」
シューシュカの目の光が揺らいだのを、俺は見逃さなかった。
「お前には別の目的があった。真の目的がな。だから俺に従うフリをして――目的を果たす機会を見計らっていた。この半年間、俺にすらそれを悟らせなかったんだから、本当にお前はすごいよ」
シューシュカは動揺した素振りさえ見えない素早さで小首を傾げる。
「すみません……ご主人様の言っていることが分かりませんよう。私の本当の目的? まさか、あわよくばご主人様の愛人枠を狙っているのがバレてしまっていましたか……? もちろん本命はレモちゃんに譲るとして」
「この国で成り上がり、そして――ティワカンヤ王を殺すことこそが、お前の真の目的だった」
ハッキリ告げると、今度こそシューシュカは一瞬口をつぐむ。
「つ、つまり……私の成り上がりの目的は王の側近にとどまらず、王そのものになることだと? イヤですわご主人様、もちろんツキト王朝が発足したら、私はあくまでご主人様の配下に収まるつもりですわよ?」
「分かっているだろう、そんなことを言っているんじゃない。成り上がりが目的で、王の殺害が目標じゃない。逆だ。
王の殺害こそが、お前の最大の目的であり、全てを賭してでも果たすべき宿願だった――そうだろう? 王と相対するためには、王に認められるくらいの組織力とランゴが必要だからな」
しばし沈黙が流れた。
シューシュカはまだ言い繕うか、真実を告白するかを考えあぐねている様子だった。
果たして彼女は、後者を選んだ。
「……あーあ、まったく。下につくべき相手を間違えたわね。もっと馬鹿なやつにするべきだった。だいぶ前からそう思っていたけれど」
そして俺に向けたのは、仮面を捨て去った先にある、どこか未成熟な……それでいて何もかもを達観したような、初めて見る彼女の顔だった。
「たしかに私の目的はティワカンヤ王を殺すこと。私が愛するジャルバダールをこんなにもめちゃくちゃにしてくれたからね。
でも、だからなに?
それで貴方のやることが変わるの、ツキト?
貴方は貴方で王を倒さなければ国から出られないし、魔女の脅威から逃げられない。
王を殺したいとは言ったけれど、別に私がこの手でやらなくてもいいのよ。ツキト、貴方が王を殺すなら、それはそれで構わない。だとすれば目的が同じことに変わりは無いでしょう?
私の目的を暴いても全くの無意味だわ。お互い、最後までやりきるしかないのだから」
「意味ならあるさ」
「なに?」
「無駄なことはやめろ。と、お前に言える」
その瞬間、シューシュカは凄まじいスピードで鞭を振るった。
「来る」ことが分かっていなかったら俺はよけられず、明日の決戦を前に体がズタズタになっていただろう。
「どうした?」
俺は完全に冷静を欠いたシューシュカに、あえて笑い混じりに訊く。
「ずいぶんと感情的になったな。これはおかしい。お前は『愛する祖国のために王を斃したい』と言う。それに対して俺は『無駄だ』と言った。あのティワカンヤ王と戦って敗北する可能性を考慮し『無駄だ』と諌めることの、何がそんなに逆鱗に触れた?」
「……」
「代わりに答えてやろうか。お前が『無駄だ』と感じたのは愛国心に対してじゃないからさ。逆に言えばお前の激情的な行動こそが裏に真意があることの実証になった。
お前の目的は、復讐。
ティワカンヤ王に殺されたお前の実の姉――ポポリカ王妃のための、な」
一陣の風が吹いた。
世界がゆっくりとうねる空気があった。
「そうね」
シューシュカは唇だけを動かしたように呟いた。
「……なぜ分かったの?」
「具体的な証拠は無い。あったとしてもお前が隠滅してるだろうしな。色々な状況を鑑みて推測した。……まあ一番の理由はお前が唯一と言っていいほど大事にしている『魔法衣』だろうな」
シューシュカの魔法衣。
それは彼女が俺たちの仲間に加わるときにキーとなったアイテムだ。
飄々として見えるシューシュカにも、大事にしているものがあった。それが彼女を「信頼できる」と判断した一因だった。
「あれはアンプルシア産のものだった。そしてポポリカ王妃もまた、アンプルシアの文化が好きだった。あの魔法衣がポポリカ王妃から贈られたものだったとしたら?――そう考えた瞬間、頭の中で繋がったんだ」
「ずいぶんと飛躍した発想ね」
「俺はこの国のことを概ね把握した。その中に未だ解けない謎が二つだけあった。お前が強くこだわる魔法衣と、ピケトレヤ将軍の“空白の一行”についてだ」
「……空白の一行?」
「その謎を突き合わせたとき、最も腑に落ちる答えがお前とポポリカ王妃の関係だった。そんなところだな。前にうっかり姉がいることを口走ったろう。あれはお前にしちゃ珍しい失言だった」
シューシュカは釈然としない顔をしている。
ここでピケトレヤ将軍の名前が出てきたことに違和感があるのだろう。
それはそうだ。これはシューシュカすら知らない秘密なのだから。
そしてずっと隠し事をしていたコイツにおいそれと教えてやりはしないのだ。
彼女も追求は無駄だと踏んだのか、清々した顔で続きを促す。
「ともかく、明日の決闘の後、お前は自分の身の振り方を考えている。当然、俺が王に負ける未来も考慮しているだろう。むしろそっちの方がずっと可能性が高いと睨んでいるはずだ。
そうなったとき、お前は『ツキト団』をサッと離れられるよう根回しもしているんだろうな」
シューシュカは否定も肯定もしない。
「だが断言する。お前は王に勝てないし、今後勝てる者も、まず出てこない。だからお前の復讐は『無駄』に終わるだろう。――いいのか、それで? 王に挑みかかり、亡き姉のために玉砕できればそれで本望か?
違うだろう。ブラーと同じく、きっちり相手にやり返したいはずだ。だから俺はお前の嘘を暴いた。根回しなんてやめて、ツキト団のこれからを頼まれてくれ。そのために俺は――お前のためにも、王に膝をつかせてみせる」
「……ツキト団のこれから? ふっ。ずっと隠し事をしていた私に、まだ何かを期待しているの? あなたは賢いけれど馬鹿ね。私のために王を倒す、なんてただの理想を口にしているだけだし、私にツキト団を頼むなんて言うのはさらに世迷言。正体がバレた私はこの後すぐにでも逐電するつもりよ」
「いや、お前にはツキト団にいてもらわなきゃ困る。俺の今夜の目的は、お前の無謀な行為を諌めた後は、変わらずツキト団を存続することだ。そのためにお前が必要だ」
俺は自分の頭の上を指差した。
そこにはジャルバダールでのし上がり、明日の決戦のためにナヨカトルから借り受けた「2」のランゴが燦然と輝いている。
「『端末を使い、俺にランゴを付与したのはお前だったよな、シューシュカ。たった半年で『100001』の数字から、99999個、順位を上げた。賢いお前に、この未来が見えていたか? あとたった1個上げるだけで、この国を変えられるんだ」
「……」
「俺を信じろ、シューシュカ。
──お前こそが、ツキト団の副団長なんだろうが」
「…………」
シューシュカは、やがてふうっと大きく溜め息をついた。
「……参ったわね。なんで『ツキト団』だの『副団長』だの言っちゃったのかしら。面倒ごとが増えるのは目に見えていたのに」
眉を顰める表情は、しかし俺がよく知るシューシュカの顔に違いなかった。
「……人に自分を信じさせるのは、あなたの特技だったものね。どうやらその対象は、私も例外じゃないみたい。……はぁ〜あ、さすがの私も正直になるしかないか」
「正直に……?」
「……私の復讐心は薄れかけていた。あなたやニュトちゃんや、みんなと過ごす日々のせいでね。……本心よ。あなたなら分かるわよね? そのたびに自分を厳しく律するのは大変だった。自分で自分の体に鞭打つこともあったわ」
サラッと言った彼女の凄まじい執念に、思わず喉を鳴らす。
「……いずれはツキト団を離れる時が来る。そう思っていた。私が団を見限るか、ツキトが王に敗れるか……どういう形になるかは分からないけれど。
半年やそこらでこの国を変えられるわけがないと思っていた。ただその日が来るまでに人脈を増やし、資産を蓄え、何年、何十年かかっても、いつか王を殺してみせる……そう考え続けてここまで来た。
なのに、実のところ根回しなんて出来ていないのよ」
シューシュカは自嘲気味にフッと笑った。
「人脈は全てツキト団に関連づけてきた。敵対勢力から奪ったり仲間から募ったりした資産は団のために運用してしまっていた。ツキト、あなたの推察にはひとつだけ誤りがあった。
私は――私が思う以上に、この団を離れられなくなっていた。……いえ、自分でそうしていたのね」
彼女の黒髪が夜風に揺れる。
月が柔らかく光を落とす。
「あくまで私を絆すと言うなら、地獄まで付き纏われる覚悟をしなさいよ」
シューシュカは蠱惑的に微笑んだ。
彼女の瞳を真っ直ぐに見て、俺も笑う。
「こっちは元よりそのつもりだ」
二人の間を涼しい夜風が吹け抜ける。
それから俺は、最後のお願いをする。
「──俺の望みを聞いてくれるか?」
シューシュカは頭が良い。
俺なんかよりもずっと。
これ以上腹の探り合いをしても時間の無駄だと分かっている。
だから彼女は言った。
「あなたが欲しい情報なんて書いてないわよ」
「それは俺が決めるさ」
****
それから俺はシューシュカが隠し続けていた、もうひとつの形見──すなわちポポリカ王妃の日記を一読させてもらった。
シューシュカは、まだ国王軍に所属していたころポポリカ王妃の部屋に忍び込み、これを盗み出したらしい。
どうやってやりのけたかは聞かなかったが、彼女なら不思議は無いだろう。
そしてシューシュカの言う通り、大したことは書かれていなかった。
少なくともティワカンヤが読んだところで心を掻き立てられるような──例えばピケトレヤとの密会などは当然触れられていなかった。
だが俺はたしかに読み取った。
俺の想像が、これで確信に変わった。
日記を返すと、シューシュカは聞いた。
「どうだった?」
俺はにやりと笑う。
「ああ……全ての謎が解けたよ。
五十年もの長きにわたり、国民たちを騙し続けてきた──この国の呪いの正体がな」




