第1-00話 「最後の日」
──この世界のことは──
──誰も知らなくていい。
誰にも見えなくていい。
この世界に出てくるものを、その名前を、何ひとつ憶える必要は無い。
……世界が逆行する──。
そこだけが世界から切り取られたように真っ白な円が、空中に浮いている。
円はテーブルだった。円卓である。
見渡す限りが全て空で、視線のはるか先には青空が広がり、足の下は真っ赤な夕焼け空で、頭上は満天の星が煌めく夜空だった。
まるで世界の一切合切を詰め込んだような広大な空のただ中に、円卓は浮いている。
浮いているというより、置かれている。ふわふわと揺れる様子は無い。そこに確かに置かれているのだ。
円卓にはやたらと背もたれの高い十二脚の椅子が等間隔にぐるりと並んでいて、これまた同じように白かった。
目に見える椅子は十一脚だったが、なぜ十二脚あるのか分かるのかというと、そのうちの一脚に俺は座っているからだった。
他の椅子には誰も座っていなかった。
座っていなかったが、なぜかそれらの椅子を見れば、俺の頭にそこに座るべき連中の名前が浮かんできた。
まず右隣を見た。
そこが、何よりも、自分の全てよりも大事な席だった。
ツムギ・シルメリア──……と、名前が浮かぶ。
俺は凄まじい感傷に襲われるが、その理由を突き止められなかった。
感傷を引きずりながらも、次の椅子を見る。
ビシス・ルー・ジェルク。
……ビシス?
その名前は、半年ほど前にも聞いたことがあるような気がした。
それからも椅子に目を向けていく。そのたびに浮かぶ名前を、ひとつひとつ俺は口の中で呟いていった。
3人目の名前。
マリア・インフィニティ。
4人目。
ハクト・ザッハーク・メトシカ。
5人目。
ゴーン・ブラッシュ。
6人目。
トラッシュ・ユグニヴェルガ。
7人目。
カズナ・コウオウ。
8人目。
オルブラシエン・ゾア・エコー。
9人目。
レスフィリア・シュテルム。
10人目。
ギレン・バナ・ディエ。
そして──
最後の一人の名前を思い浮かべたときだった。
さっきまで空席だったその場所に、いつの間にか誰かが座っているようだった。
誰だ?
そこにいるのは、誰だ。
視線を上げると、たしかにそこには俺の知るものがいて、それも俺を見ているようだった。
だが、それ以上、そのものについて知ることは出来なかった。
不意に俺の肩に手が置かれたからだ。
「見るな」
声はすぐそばから聞こえた。
聞き覚えのある声だった。
「今のお前が知るべきものじゃない」
あの男の声だ。
「ビシス……?」
「顔を上げるな。まだここへ来るのは早い。
戻れ、オーカー」
その途端、たちまち視界が白く薄れてゆく。
遥かな青空も、燃え上がる黄昏も、輝く夜空も、全て。
思い浮かべた名前も、順に頭から消えて──
──俺が最後に浮かべた名前だけが残った。
テイワ・セイエン。
その名前も、やがて消えた。
****
気がつくと朝だった。
決戦の朝。
ジャルバダールの革命当日。
扉を開けると、ニュト、シューシュカ、レモネット、ブラー……──ツキト団の面々が揃っている。
「……ちゅきと、だいじょうぶ?」
何かを感じ取ったのか、ニュトが気遣ってくれる。
「ああ、もちろん大丈夫だ」
今日は夢を見なかった。
ぐっすり眠れたらしい。
さあ、変えよう。
強者こそが全てと嘯く、この狂った王国を──。




