第97話 「兄と弟と・前編」
「なんかサーカスのテントみたいだな」
組織「ピケトレヤ」の本拠地が見えてきて、俺はそんなふうにつぶやいた。
「サーカスってなんすかぁ?」
あごひげを撫でながら訊いてくるラインデッドに、それが移動型パフォーマンスステージであることを説明する。
「遊牧民のようなものだろうか」
俺の説明を受け、的を射ているような的外れのような感想を述べるのはブラー。
まあ定住しないところは共通しているのか?
「アンプルシアにはそれに似た文化がありますよ。技術を見世物にする興行の商売といったものが」
落ち着き払った声でそう言うのはハルゲマルタ女史。相変わらず深く良い声をしている。
ナヨカトルと一緒にいるときの彼女は神経を研ぎ澄ませていて近寄りがたいが、別行動しているときは非常に知的で上品な女性だと分かる。
一国の王子に見初められるだけのことはある。最初に会ったときは筋骨隆々のおっかない印象しか無かったが。
「アンプルシアは商売の国だと聞いたことがあります」ハルゲマルタの言葉を受けて言う。「商品の売買以外にも娯楽を提供する商売があるのですね」
三次産業が発展しているのだとすれば、ある意味ではロストグラフやジャルバダールよりも進んだ文化だといえる。
「ツキト様の仰る通りです。アンプルシアは魔法の国であると同時に商売の国。女帝と皇妃は仲が悪く、内戦を避けるために力による戦争を禁じたのです」
女帝と皇妃。
前にミルキスさんに聞いたな。
「春と遠雷の女帝ケシュラブレ」と、「鉄と誓約の皇妃フランゾエル」だったか。
やはり仲は悪いらしい。
「そのため、武力以外の競争――有り体に言えば財力によって、国民は上下関係を構築しているのです」
「でも、魔力は? アンプルシアは魔法の国でもあるのでしょう」
「魔法も武力ではなく財力を成すために学び、習得しているようですよ」
「武力が全てを決定づける今のジャルバダールとは正反対だな」
ラインデッドが自嘲気味に言った。
今日のピケトレヤとの話し合いに参加するのは、この四人だけだ。
「6」のランゴを頭上に浮かせるハルゲマルタ。
ヴァルゴサから勝ち獲った「7」のランゴを浮かせるブラー。
二人に比べれば低いが、ジャルバダールにおいて絶対強者の証でもある二ケタ台の「99」を浮かせるラインデッド。
そして、ナヨカトルの側近から「55」という高いランゴを借り受けた俺。
各組織のナンバー2大集合といった感じだが(もっともツキト団の副団長はシューシュカだが)、それはピケトレヤという組織のやり方に合わせるためだ。
向こうは少数精鋭で、信頼の置ける仲間のみで固まっている。その絆は強く、たった三百人で国王軍、抵抗軍、神火、ブトランテラと渡り合ってきた。
彼らからすれば、どこの馬の骨とも知れない仮面の男の集団と、スラムのならず者集団に手を借りた抵抗軍は、さぞ滑稽に映ることだろう。
だからこそ、それぞれの組織のナンバー2がいかに優秀で、強者のランゴを持ち、また他の組織の幹部とも協力し合えているかを見せるには、この陣容がベストなのだ。
少数精鋭という組み分けも、ピケトレヤの組織構成に理解があることを示している。
まあ――もっとも、今回も俺は卑怯戦法で、すでに二度ここへ来ているわけだが。
「サーカスのテントみたいだな」なんて、初めてピケトレヤの本拠地を目にしたような白々しい言い回しも、ブラーたちにそれを悟らせないためだ。
ロクペルヤとロクセンタの双子の人間性を確かめるために潜入し、彼らが真っ当な人物であること、真っ当な組織であることは確認済みである。
国王軍やブトランテラ、神火……ついでに言えばナヨカトルも曲者だった他組織に比べ、真っ当な人間ばかりというのは安心するものである。
ただ、それは翻って言えば頑固ということでもあるが。
真っ当な人間は真面目であり、真面目なやつは大体頑固なんだ。
俺の勝手な偏見だけど。
テントに近づくと、中から様子を伺っていたらしい二人の男が、片方ずつカーテンを、同時に開けた。
「おはようございます。革命軍の副軍長、ツキト殿。ロクペルヤです」
「ロクセンタです。手紙は拝読しました。さあどうぞ、皆さんとご一緒に中へ」
出迎えたのは、そっくりの男たち。どちらも細目だが精悍な顔つきで、ロクペルヤと名乗った方は赤いフードを、ロクセンタと名乗った方は青いフードを被っていた。赤いフードの上に「7」、青いフードの上に「8」のランゴが浮かんでいる。
彼らは双子で部下でも見分けがつきづらいことから、フードの色を変えているらしい。
「これはこれは、一団の長が自ら出迎えとは痛み入ります。ツキト・オーカーです。仮面の姿ですみません。こちらはそれぞれ、ハルゲマルタ、ブラー、ラインデッド。全員武装はしていません。調べていただいても」
「錚々たる顔ぶれですね。ハルゲマルタ王子妃にロストグラフ特使のブラー様、そしてラインデッド様はゾゾル様のところの」
「お気遣いなく。どうせ長くはかかりませんから」
引っ掛かる言い回しだ。
つまり彼らは門前払いこそしないものの、こちらの誘いに乗る気は無いことを示している。
テントの中には、十数人の手下たちがぐるりと囲って立っていた。誰も彼も頭上のランゴは二桁から三桁の強者揃いで、この組織が大勢の人員を抱える神火やブトランテラに並び立てた理由がよく分かる。
中央に置かれた長机といくつかの椅子を指差し、ロクペルヤたちは向かい側に座った。
「さて、早速ですが結論から申し上げましょう」
赤いフードの下から柔和な、しかしよそよそしい声が届く。
「我々はあなた方と手を組む気はありません。悪く思わないでください。ツキトさんがどうこうというわけではなく、ナヨカトル様を戴く組織に与するわけにはいかないのです。我らのあるべき将は、ピケトレヤ将軍ただ一人なのですから」
「ただ、手紙を頂きながら会いもしないのは失礼かと思い、時間を作りました。あなたが賢明で実直な人物であることは見て分かりました。これからも互いに鎬を削ってまいりましょう」
今度は青いフードの下から声が届いた。
取り付く島もない雰囲気だが、これは予想していたことだ。
「いや騎士様がたよぉ、わざわざここまで歩かせておいて、それは無いだろう。ちったぁツキトの旦那の話も──」
ラインデッドの不満を、俺は手で制した。
「まあ待ってくれ。ここは俺に任せてほしい」
そして改めてロクペルヤとロクセンタに向き直る。
「あなたたちは見る目がある。たしかに俺は賢明で実直……を、心がけています。実際にはまだまだ未熟ですが。そこで、私にも見る目があることを示しましょう」
「ほう、それは一体?」
「何を見せていただけるのでしょう」
俺は自分の頭上に浮かぶ「55」のランゴを指差した。
「これは私のランゴではありません。借りたものです。そしてどうやらあなたたちも、そのやり方を知っているようだ」
二人はハッと目を見開き、それから静かにまばたいた。
先ほどまでの柔和な雰囲気から、やや警戒した空気に変わる。
「……ツキトさんはロストグラフの出身だと聞きました。どうやって私たちの素性を?」
「方法はいくらでもあります。肝心なのは、あなた方が今ここで“それ”を試してきたこと。我々の資質を見抜く意図があるのなら、交渉の余地もあるのでしょう」
「……なるほど。失礼ながら戦士とは思えないツキト様が、革命軍の長としてナヨカトル様と肩を並べている理由が分かってきました」
そう言うと、二人は立ち上がって互いのフードを交換した。
「改めまして、私が本当の『ロクペルヤ』です」
「『ロクセンタ』です。よろしくお願いします」
「あえて入れ替わっていたのか」
ブラーが非難というよりは感心したような声を上げた。
「なぜそんな真似を」
「だから俺が言った通りだよ、ブラー。ハッキリ言いましょう。ロクペルヤさん――『さん』でいいかな? これから仲間になる相手に『様』は硬い――ロクセンタさん。あなたたちは今、袋小路に行き詰まっている。身動きが取れない状況、どん詰まりもどん詰まりです」
「……聞きましょう」
ロクペルヤに促され、俺は遠慮なく続ける。
「ピケトレヤ将軍の遺志を継ぐ組織。そのトップを務めるのは将軍の右腕だった二人。完璧だ。思想も組織構成も、他の組織には真似できない完成度。だが悲しいかな、この組織には唯一にして絶対の瑕疵があります。
それは――ピケトレヤ将軍が、もういないこと。ロクペルヤさんたちは上に立つ気が無い。自分たちが敬愛するピケトレヤ将軍が立つべき場所に立つのは、ナヨカトルだけじゃない、自分たちであっても許せないのでしょう。
ならばこの組織の行く末はどうなる? あなたたちには未来が見えていない」
ざわり。
周囲を囲む部下たちが一様に殺気立ったように思えた。
だが、ここで襲い掛かるほど軽率な連中じゃない。彼らは信条もプライドもある兵士なのだ。
「……煽るような言い回しだが、ならば革命軍と手を組み、ナヨカトル様が統治する国に身を委ねよと? 我らの信念を曲げてでもと仰るのですか?」
「違う。ナヨカトルは王になれる器だと思うが、あなたがたの信念を曲げろとは言わない。あっちが立てばこっちが立たずとは、俺は思いません。ナヨカトルを王に据えながら、あなたがたの信念を貫く選択肢もあるはずです」
その言葉に、双子は目を見開いた。
「ピケトレヤ将軍の旗下に在ることこそ誉れ」ならば「ナヨカトル王が統治する国は認められない」というのは、やはり王こそが絶対である王政国家に暮らす人ならではの思想なんだろう。
だが民主主義の国から来た俺には、「無理に王を敬わなくてもいーじゃん」と思える柔軟性がある。
例え教師が嫌いでも学校には通えるし、社長が嫌いでもおそらく会社には勤められるのだ。
「もちろん、ナヨカトルを敬うなという意味ではありません。ナヨカトルにも敬うべきところがあり、敬えないところがある。人間なんだから当たり前です。
それでも、彼が治める国は平和でしょう。こんな力だけが全ての、ふざけた国にはならない。
そしてナヨカトルに足りないところは、ピケトレヤ将軍の遺志を継ぐあなたたちがカバーすればいいのです。例えばピケトレヤ将軍のような、国内への冷静な視点だとか。
むしろ積極的にナヨカトルの悪いところを見つけて、そこを補佐することこそ、あなたがたにしかできないことだとは思いませんか?
我々にはあなたたちの入れ替わりを見抜くほどの抜け目の無さがあり、組織としての強さもある。どうか手を貸してほしい」
こういう、ナヨカトルへの不敬とも取れる発言を、妻であるハルゲマルタ女史の前ですることにこそ大きな意味がある。
こちらが一枚岩であることをアピールできるのだ。
しかし。
予想に反して――あるいは想像を超えて、ロクペルヤとロクセンタは、涼しい表情に戻り、口を開いた。
「それが説得の全てであれば、お帰りください」
「人間だから、良し悪しがある。しかし我らの知るピケトレヤ将軍には、良いところしかないのです――我らの知る限り。そして将軍のことを、我ら以上に知る者はないと自負しております。ナヨカトル様に、王は務まらない」
頑固だ――とてつもなく。
「しかしあなたがたは、ピケトレヤ将軍の旗下と言えど、ティワカンヤ王の下で働いていたはず」
「認めてはいませんでしたよ。あの男が王であることは。今も昔も」
「我々は、あくまでもピケトレヤ将軍の部下でしかありません」
では、と言って双子は立ち上がった。
交渉決裂と言いたいのだろう。
後ろから、ラインデッドが大仰に溜め息を吐く音が聞こえる。ロクペルヤたちへの当てつけだ。
しかし。
「――待ってください。まだ話し合いは終わっていません。
ピケトレヤ将軍には、良いところしかなかった? 俺にはそう思えない。
なぜなら、俺は読んだからです。あなたたちしかその存在を知らないはずの、ピケトレヤ将軍の日記を」
――今度こそはっきりと、強烈な殺気が立ち昇った。
それは他でもない、目の前の二人の戦士から。
さあ、ここからが交渉の本番だ。




