第95話 「放浪者の止まり木」
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「ユキセツ・クガラハ」は、パボニカ大陸の東に位置する小国「ラゴウ」で生まれ育った。
「ラゴウ」は砂漠の国ジャルバダールと、魔法国家アンプルシアを結ぶ道中から、北東へ進んだ先の大きな湖の中に浮かぶ島国で、小さいながらも他国の侵攻を受けにくく、独自の文化を築いている。
「ラゴウ」は、「美」と「礼節」の国である。
ラゴウにおいて「美」とは、自然な有様。
自然な有様とは、飾らないもの。
飾らないものとは、心からの思いや敬い。
心からの思いや敬いとは、すなわち「礼節」である。
湖のただ中にあって平和であり、平和だからこそ「美」と「礼節」の文化が生まれ、それらを重んじるからこそ、必要以上の富や豊かさを求めない。
ゆえに他国よりも「権力」や「名声」、そして「武」に重きを置かなかった。
「武人」ユキセツにとって、それは物足りない環境だった。
ラゴウにも、もちろん兵士はおり、武術をたしなむ者も多くいる。
他国の侵略を受けづらいとはいえ、国の中では小競り合いや、多少の盗みがある。
そのため国民は武術を学び、平穏を乱す些事に備えることで心を穏やかに保つのだ。荒れた心から「礼節」は生まれない。
ラゴウにはいくつか「道場」と呼ばれる、武を鍛錬する場所があった。
ユキセツは道場主の子として生まれた。
上に兄と姉、下に弟が二人の次男だった。
そして、彼だけが異質だった。
いや、異質であろうとした。
ユキセツの家は貧しかった。
よく言えば清貧。慎ましやかな暮らしに満足していた。
道場は十人も入れば一杯の小さな小屋で、そこに併設された家族の家はさらに小さく、娯楽といえば鍛えること、言葉遊びをすることくらい。
穀物と野菜を食べ、三日に一度、肉や魚を食べる。
着るものは一人二着しか持たず、洗い回す。
慎ましく暮らし、道場の生徒に日々武術を教えて無欲に暮らそうと、誰が褒めてくれるわけでもない。
この国では働き、学び、静かに暮らすことが当然なのだ。
ラゴウは「美」と「礼節」の国であるため独裁も革命も無く、王は王、貴族は貴族、平民は平民で、それぞれの立場に疑問を抱かない。
「武」にも「礼節」は求められたが、「礼節」に「武」が求められることはない。
つまるところ、道場を営む家は平民で、それより上の立場になり政を行うことはなかったのだ。
ユキセツは幼いころより賢く、家族の誰よりも強かった。
それゆえに、少々傲慢だった。
試合に勝ったときは、相手を思いやる前に自分の勝利に浸った。
強い者には挑発的な態度をとり、弱い者には優しいながらも見下すことがあった。
傲慢は礼節の逆位置にある。
しかし親や兄弟も、そんな彼をたしなめることはあっても叱りはしない。
頭ごなしに叱ること、あるいはラゴウの国風を押し付けることさえ傲慢なのだ。
すべて自分で気づき、悟らなければならない。それはある意味、思想を押し付けられるよりも厳しいことかもしれない。
ユキセツにとって清貧を是とするラゴウは、あるいは親兄弟は、美しいものだとは思いながらも、同時に物足りなくも思えた。
自分の能力が、このままラゴウの中で埋もれてしまうことを惜しいと考えていた。
彼の中に燻るものは、複雑である。
彼自身も、いまだ答えに辿りついていない。
「武」をもって「権力」を得ることは「美」に反するのか。
「智」をもって「名声」を欲することは「礼節」に背くのか。
文武両道のユキセツであったからこそ、自分の価値が知りたかった。
ラゴウという国だけでは自分を測れなかった。
そして――ユキセツは、放浪の旅に出たのだ。
親も兄弟たちも、穏やかな顔で送り出してくれた。
ラゴウで生まれ育ち、しかし自らの能力の使い方に迷う、クガラハ家の次男。
彼もいつか「美」と「礼節」を、自分で見つけるだろう。その道程は、ラゴウという国だけでは狭かったかもしれない。けれど祖国の血がきっと道標になるだろうと信じて。
腕に覚えのあるならず者、傭兵、一国の戦士、有名な剣術家――様々な相手と戦い、その多くに勝利し、稀に敗れた。
敗れた相手に力を見込まれ、弟子にならないかと誘われたこともあった。
だがそれを断った。
ユキセツは幾度も力試しをしたが、決して自身を武術家として高めたかったわけではない。
彼には欲があり、野心がある。
成り上がり、名声を求める思い。
武力はその手段でしかない。
しかし彼が美しいと認める彼自身の家族のように――あるいは祖国のように、美しく礼節を重んじることこそ自分の在りたい姿でもある。
ラゴウにおいて、それらはバラバラで、互いに成り立つことがなかった。
アンプルシアへ行き、さらに北――聖都市オラセオンへ行き、パボニカ大陸最大の国であるガルレフォリス帝国へも赴いた。
しかしそのどこでも彼の求める答えを見つけられることはなかった。
ジャルバダールへ来たのは一年半前。
「武」と「権力」こそが支配する国に成り果てた、かつての大国。
そこはラゴウとは正反対の地となっていた。
ユキセツが求めるのは、自身と理想を結びつける悟り。
「武」をもってジャルバダールの王、ティワカンヤを下し、自身が王となれば、迷いは晴れるのか。
悟りは開けるのか。
彼は飄々と、風のように、自分を含む全体を俯瞰しながら、自分が落ち着くべき止まり木を探す――。
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