第92話 「ティワカンヤ・ジャルバダール・前編」
ピケトレヤ将軍の私室に入ってきた人物は、非常に大柄だった。
全身にエネルギーがみなぎっているかのように筋肉質で、背が高く、肌は赤茶色に焼けている。
長くバサついた、吹き荒れる砂塵のような黒髪。
しかしエネルギッシュな体と裏腹に、目は深く落ち窪み淀んでおり、唇はカサカサと水分を失ってひび割れている。
首飾り、腕輪、指輪、足輪など見るからに高価な装飾品をジャラジャラと着けているにも関わらず、その辺にあったガラクタをくっつけているとでも言うように、無造作に、無遠慮に、体を動かしていた。
彼の第一印象は、「マハランのよう」だった。
野生と知性を両立させた、神の化身を思わせる存在感。
違うとすれば、人懐こく穏やかな彼らと対極的な、まるで呪いにでも掛かっているような顔つき。
世の中の全てを憎んでいるような。
しかしまさしく我こそがジャルバダールの王であると見る者に思わせる、堂々とした外見だった。
ティワカンヤ・ジャルバダール。
その頭上には、最強の証である「1」のランゴが輝いている。
(まさかこんな場所でご対面とは思わなかったな)
おっと、向こうからは見えてないから対面じゃないか。
リシュデルのときといい、イレギュラーなイベントが多い。
(それともうひとつ……)
彼の首飾りに付けられた宝玉。
あれと同じものを、俺はロストグラフで見ている。
(……やはり、そうか)
英雄ボド――アレクトロが身に着けていた、赤い宝玉。
機王大戦の折、アレクトロが何者かに貰ったらしい石。
ティワカンヤが首に提げているものも、それと同じに違いなかった。
ただの宝石じゃない。
離れていても頭がグラグラするような禍々しさを感じる。
(アレクトロは、彼の魂だかをあの宝玉に収め、ボドと言う名の不死の器――「義骸」の目と行き来することで一人二役を演じていた……)
魂だけを抜き取り、二つの体を所有する。
果たしてそんなことが出来るのかという疑問については未だ答えが出せていないが、少なくとも、宝玉そのものを破壊することでアレクトロを倒せたのは事実だ。
(となると、ティワカンヤ王もあの石の中に魂を入れているのだろうか?)
アレクトロと同じように、石を割れば器を失うことになるのだろうか。
(しかし、だとすれば己の弱点をあまりに剥き出しにしすぎじゃないか……?)
それに、ボドが「端末」と呼んでいたものと同じであるのなら、この国では別の場所でも見ている。
入国するとき、シューシュカが俺とニュトに「ランゴ」を付与した際に手にしていたものだ。
もちろんその後シューシュカにも問いただしているが、彼女も、門番がティワカンヤから借り受けているものであること以外、何も知らないようだった。
他にも気にかかることがある。
赤い宝玉の横に、黄色い宝玉が並んでいるのだ。
(ただの飾りかもしれないが……)
どういうわけか俺の直感が、あの宝玉も赤い宝玉と同じに……あるいはそれ以上に薄気味悪いものを感じさせる。
ず、とティワカンヤ王の脚が書棚の方へ向いたため、俺は慌てて隠れる場所を探した。
姿は消せていても無くなったわけじゃない。
触れられればここにいることがバレてしまう。
棚と棚の間、どうやってもティワカンヤ王の巨体では入れないような場所へ滑り込む。
もちろん「サウンド・カーム」、「アロマ・スナッフ」で存在感を消すことは忘れない。
ティワカンヤ王はのしのしとこっちへ歩いてくる。
見えてないと言っても、やはり緊張はする。
歩く間、王は一切表情を変えない。
まばたきすらほとんどしない。
同じ世界の人間とは思えないな。
まるで劇画調の漫画に出てくるキャラクターみたいだ。
いや、そもそも同じ世界の出自じゃないけれど。
王は俺の前でピタリと止まった。
ビクビクしていると、彼はぬっ、と体を伸ばし、棚の本を手に取る。
それはピケトレヤ将軍の日記に違いなかった。
次の瞬間、王の両目がカッと開いた。
(なっ――なんだ!?)
王は背筋を伸ばし、周囲に眼光を飛ばす。
まさか潜入がバレたんだろうか。
彼はズンズンと遠ざかり、窓の方へ歩いていく。
窓は鉄板が打ち付けられたままだ。
そこを調べる。
(怪しんでいる……誰かが侵入したことに気付いている……? だがどうして?)
幸い、俺は窓から侵入しなかった。
念には念を入れて、床下から忍び込んだのだ。
もちろん、「万象斬下の終刀」を用いて。
そして穴を開けた場所からロープを使って登り、這い出てから床の穴を荷物で塞いだ。
人間、出入り口以外の場所から何かが侵入することは思いもよらず盲点になるものだ。
ピケトレヤ将軍の下の部屋が物置部屋だったのも良かった。
俺しか知らない隠し通路を作ったわけである。
もちろん調べられればいずれバレることだろうが、そんなのせいぜい何か月も先のことだ。
もはやジャルバダールの革命に俺は王手を掛け始めている。
これ以上時間を掛けるつもりはない。
やがて王はこちらへ戻ってきて、何かしらの違和感を抱いたまま、しかし当面の危機とは思わなかったようで、再び亡き弟の日記を読み始めた。
今、この手に「万象斬下の終刀」を宿していれば、王を打ち倒すことも出来ただろう。
おそらく並の武器では駄目だ。
ナヨカトルが「マハランの目」を、ピケトレヤ将軍が「マハランの足」を持っていたように、ティワカンヤ王は「マハランの体」を持っていると聞いている。
頑丈な肉体は刃物を寄せ付けないのだと。
「端末」を破壊すれば良かった、ボドの「機骸」とはまた違い、明確な弱点が無い。
「万象斬下の終刀」のことを知るまでは、通じるまで延々と攻撃するか、焼き討ちや窒息死、眼球など急所を狙う――等々、対ティワカンヤの対策も色々と考えていたが、今や可能性は一択しかない。
それが今手の内にあれば、使っていたかもしれない。
それが残念なような、ホッとしたような、不思議な心地だった。
そもそもリシュデルの力を使う場合は紋章が光り、それは「シェード・オフ」でも消せないため、こうして潜入するときには扱いが難しいのだ。
おそらく紋章は彼女とのリンクを示すもので、彼女自身の力を借りているという認識を変えられないからだろう。
それゆえに、自分と同一個体である、という風に思い込めない。
少なくとも今のところはどうやっても無理そうだった。
――いずれにしろ、ここで王を倒せば色々な謎が未解明のままだし、そもそも俺の目的は王を殺すことじゃない。
この国を変え、リシュデルを救い出すことなのだ。
だから俺は結局、王が、ただ弟の日記を読むのをじっと見ているだけだった。
ティワカンヤ王の表情は変わらなかった。
ただの一度も、変わらなかった。




