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第91話 「真実はどこにある?」


****


 俺は複雑な思いで本を閉じた。


 ピケトレヤ将軍の部屋の奥の奥に隠されていた、彼の日記。


 そこにはジャルバダールの将軍として皆に敬愛された男の、秘められた心中が綴られていた。


 浮かび上がった彼の人物像は、想像とは違っていた。


 もっと完璧で、心身共に強く、人当たりの良い聖人君子を勝手に想像していた。


 だが実際は、不器用で不格好な、

 けれど自分自身を求め続けた人だった。


 個人的にはこっちの方がずっと好ましかった。


 どうやらそうした彼の人格は、ほとんど将軍自身、または「あの人」しか知らなかったようだ。


 いや、本人さえ、最期のときまで知らなかったのだろう。


 将軍が日記をつけていたのは本当に幸いだった。


 逆に言えば彼がそういう性格だったからこそ「あの人」は心配し、日記を書かせたのだから、ある意味で必然だったとも言えるが。


 将軍のこと、

 そしてこの国のことも、かなり見えてきた気がする。


 ティワカンヤ王が変わってしまった原因の端緒も、ようやく少しだけ。



 まとめよう。


 ――俺は全身を「シェード・オフ」させたまま床に座り込む。

 ランプの灯は点けてあるが、誰かが入ってくることはないだろう。



 さて。


 日記の筆者はピケトレヤ将軍だ。

 最後に名前を書いているし、間違いない。

 筆跡も同じに見える。

 誰かが名前だけ加筆する意味はない。


 「兄」は当然、ティワカンヤ王だろう。


 ならば「弟」も、ナヨカトルしかいない。


 その二人以上に重要な、「あの人」――。


 ピケトレヤ将軍が「愛(いと)しき人」と書いた人物。


 これはおそらく、ポポリカ王妃(・・・・・・)のことだと思われる。


 だとすれば。


 文面通りに捉えれば、ピケトレヤ将軍がポポリカ王妃に想いを寄せていた、とも読める。


 そうすると、色々なことの辻褄が合う。


 例えば、ティワカンヤ王はこの日記を読んだ。


 そしてピケトレヤ将軍が自分の愛する妻に恋心を抱いていたと知った。


 さらに、ポポリカ王妃自身も自分から将軍に近付いていたと知る。


 以前から優秀で部下に慕われていた弟にコンプレックスを持っていた王は、弟の死後、この事実を知って怒り狂った。


 そして妻を殺し、国を変えたのだ。



 この推測は、一見、筋が通っている。



 ――。



(――でも、なんだろうな……)


 俺は干し肉を細く刻んだジャーキーみたいなものを噛みながら、思考を深めていく。


(本当にそれで正しいんだろうか。……いや、正しい部分はあるんだろうが、何か違っている気もするんだよな)


 ティワカンヤ王がピケトレヤ将軍の日記を読んだというのは、合っていると思う。

 ジャルバダール変貌の鍵は、ピケトレヤ将軍だ。

 彼は己の内心を隠し続けていた。

 その内心を知らなければ、色々なことが分からないままのはず。

 王は知ったからこそ、怒りでこの部屋を封鎖したのだろう。


(だが、だとすればなぜこの日記を処分しなかった?)


 日記は将軍の部屋の、たくさんの書棚の、いくつかの本を取り出した奥底に隠されていた。

 これを見つけるまでここに篭もり、丸三日も掛かった。

 でも、それでも見つけた。

 自分の変貌の原因を誰かに知られる可能性があるこの日記は、王にとって邪魔なものだろう。

 何より内容が内容なのだから、怒りのあまりその場で燃やしてしまっても不思議じゃない。


 日記だけじゃない。


 実のところ、これを読んだ後に改めてピケトレヤ将軍の部屋を見回すと、あちこちにポポリカ王妃らしい片鱗を感じるのだ。


 内装はパッと見、武骨な印象である。

 書架は多いが、それ以外は生活に最低限必要なもの――例えば食器とか、衣服とか、それくらいしか無い。

 武器が無いのは、おそらく将軍という立場上、業物を使っていただろうから、これは死後に持ち出されたのだろう。


 独身男性の部屋、という印象だった。


 しかし食器の中にずいぶんと小さなものがあったり、衣服の中にささやかな銀細工の付いたものがあったりする。

 いや、小さな食器だけがあるのなら別に不思議じゃないが、同じ用途で使うものが大小揃っているのは珍しい。

 例えばスープ皿らしいもの、マグカップのようなもの、硝子細工のジョッキみたいなもの……これらが大小セットで必要だったとは思えない。

 たまに誰かと食事をしたのだろう。

 サイズ的に、女性と。


 また衣服の銀細工も、意匠が女性的に感じる。

 女性が気に入り、男性にプレゼントしたもの、という印象があるのだ。


 考えすぎかもしれない。

 ピケトレヤ将軍は銀細工を好んでいた――そう言う可能性だってある。


 だが、日記を読んだ後では違ってくる。

 銀細工にあしらわれた意匠は、たぶんアンプルシア産のものだ。

 ロストグラフでも鎖国前にアンプルシアから輸入された雑貨なんかをみたことがある。

 あの国はロストグラフやジャルバダールにはないデザインの細工がある。

 日記の中に、ポポリカ王妃はアンプルシアのものを気に入っていたという一文があった。

 そう考えると、彼女がピケトレヤ将軍に贈ったと考えた方が妥当だろう。



 そうした、日記を読んだ後に見る将軍の部屋の内装――には、ポポリカ王妃の片鱗が残る。


 彼女が将軍と密会していたことを王が知ったなら、この部屋だってめちゃくちゃに壊してしまっても不思議じゃない。

 何より王妃を自らの手で殺した王だ。

 そうしたエピソードからは短慮な一面が見える。



(なのに、日記も部屋も丁寧に残してある……)


 部屋の外側は、いかにも怒りのあまりといった様子で封鎖しているのにも関わらず、だ。


 違和感はそれだけじゃない。

 日記の中には、何か引っかかる部分も多い。

 王に隠れて将軍と密会するポポリカ王妃の印象も、リシュデルから聴いた話や日記の内容と乖離がある。


 そもそもジャルバダールは偉大なるマハランに倣い、一夫一妻を貫く夫婦愛の豊かな王を戴く国家のはずだ。


 ティワカンヤ王とポポリカ王妃もそうだったし、


 ヒゼトキヤ前王とゼロメタ前王妃もそうだった。


 ……はずだ。


(それとも、それはあくまで理想、対外的な綺麗ごとでしかないのか……?)


 そういえばリシュデルの評していたヒゼトキヤ王の人格も、理想的と言うには齟齬があった。



 ――ええい、だんだん頭がこんがらがってきたぞ。


 真実はどこにあるんだ。



 日記には、一人、まったく予想のつかない人物も登場する。


 ピケトレヤ将軍が最後に記した一文。



「私はいつまでもあなたを想っている。


 兄と、あなたの大切な妹(・・・・・・・・)と――どうか、どうか幸せに。」



 この妹、とは誰だ?


 これまでに誰も、ナヨカトルやリシュデルも、ポポリカ王妃に妹がいた、というような話をしたことはなかった。


 王妃の妹ということは王族だ。

 ポポリカ王妃が死んだとなれば、ティワカンヤ王を恨み、謀反を企てるとか、あるいはナヨカトルと協力して反乱軍を組織すると言うことがあってもおかしくない。


 なのに動きが無いどころか、噂を聞きもしない。


(ジャルバダールという国には、まだ隠された何かがあるってことか……?


 ……いや、待てよ――)



――そういえば俺は、一人だけ知っている。


 アンプルシアの意匠と(・・・・・・・・・・)思われる銀細工の製品(・・・・・・・・・・)を大切にし(・・・・・)、反乱軍に所属している(・・・・・・・・・・)人物を(・・・)。



 そうか、そういうことか。


 “糸口”は、すぐ傍にあったんだ――。



 ピケトレヤ将軍と同じくらい重要な「鍵」である人物。

 ポポリカ王妃。


 彼女について、将軍の日記には大事な事実が書かれていた。


 それは、どうやら王妃も日記をつけていたということ。


 今もどこかに残されているのか、

 あるいは誰かに見つかり処分されてしまったか……。


 今の閃きが正しければ、そのことも知られるかもしれない。

 見つかれば、かなり大きな手がかりになる。


 あるいは、国の秘密を全て解き明かせるほどに。



 ――さて、この部屋も探し尽くしたな。



 ロクセンタ、ロクペルヤ兄弟と交渉できるだけの材料は揃った。


 一度引き上げて、リシュデルと情報を共有しよう。


 俺はランプを持って立ち上がった。

 そのときだった。



 部屋の外から――扉の向こう側から、ガチャリ、と、

 頑丈な錠前が外れる音が、聞こえた。

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― 新着の感想 ―
フムフム。 妹さんはやはりでしたか。 ツキトさんが感じてる違和感も、うちの予想が当たっているのか!? 遂に核心が近づいて来ていますね!
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