↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/100

第89話 「世界を分かつ」

 変わったことが起きていた。


「……なんだこれ?」


 俺の右手の甲に、ぼんやりと黄色い模様が浮かび上がっていた。

 手袋をしているので、正しくは手袋に浮かんでいるのだが。


「……あれ? 私の“紋章”……?」


「私の?」


「それ、いま手に浮かんでるの、私の首にあるのとおんなじだ。なんで? 変なのー」


 リシュデルの「魔女の紋章」と、この模様が同じ?


 どういうことだ?


 もっとよく確認しようと左手で触ってみようとしたら、肘が当たってランプが倒れた。


「うわ、ちょっ、ちょ、やばっ!」


 火が布に燃え移れば火事になる。


 無我夢中だった。


 何とかしなきゃ、と咄嗟に思った。


 火を消すにはランプを壊して、中の蝋燭の芯を切らなきゃ――と、立て続けに考えたのだ。


 俺は右手を伸ばしただけだった。

 慌てていたから、ナイフを握ったまま。


 しかしその瞬間、何かのオーラ(・・・・・・)が空中を走った。


「え?」


 そしてそのオーラが飛ぶと同時に「カン」、と乾いた音がして、鉄製のランプが切れた(・・・・・・・・・・)。中の蝋燭の芯ごと(・・・・・・・・)。


 芯を失った炎はボボッと音を立てると、下に落ちるころには消えていた。


「……」


「……」


 ……な、なんだ?


 いま、何が起こったんだ?


「ま、真っ暗になっちゃったけど、何したの?」


「……い、いや……火を消そうと……」


 消そうとしただけ、だったんだが。


 予備のランプを取り出し、手探りで火を点ける。


 もう一度右手を見るが、すでに模様は消えていた。


 ……。


 …………。


 ………………。


「……リシュデル。……ひょっとして現状を打破する鍵は、君かもしれない」


「ほえ?」


 そうだ。


 もしもそうだとしたら。


 俺の考えが当たっているとしたら……――。



****



 我ながら異常事態や常識はずれな出来事に慣れてきたな、と思う。

 そもそも自分自身が異常事態で異世界転移し、常識はずれな存在になったのだから今さらである。


 さっき起こった出来事。

 俺の握るナイフから謎のオーラが出て、それが蝋燭の芯ごとランプを切った、という摩訶不思議な現象。


 それについて、「え? 何が起こったの? さっぱり分からなサウルス」と目を白黒させるのは、ロストグラフ生活の序盤でやり終えたことだ。


 たぶん。おそらく。


 さっきの異能こそ、「万象斬下(ばんしょうざんか)の終刀(ついとう)」――なんじゃないだろうか。


 星さえも斬る、と言われるリシュデルの力。


 その力を、俺は一時的に借り受けたのでは。


 手に浮かんだ黄色い紋様。


 それがリシュデルの魔女の紋章と同じ。


 その手で握ったナイフが放ったオーラにより、鉄製のランプが切れる――


 ――これらの事象が、魔女の力と結論づければ全て符合する。


 鉄を斬ったのだ。


 上手く使いこなすことが出来れば、ピケトレヤ将軍の部屋の窓を封印する鉄製の窓も斬ることが出来るかもしれない。


 「星を斬る」は大袈裟だが、鉄を斬るだけでも、ものすごい力だ。


 推論をリシュデルに披露すると、彼女は顔を曇らせた。


「えっ……じゃ、じゃあ、アタシ……やっぱり魔女なの?」


 その意外な反応に、一瞬クエスチョンが浮かんだのだが。


 考えてみれば、リシュデル自身「万象斬下の終刀」を発現したことが無かったのなら、まだ自分自身が普通の人間である希望を持っていたのかもしれない。

 ニュトという魔女の仲間がいることを知らされたとはいえ、「魔女」であることはリシュデルをこの城に閉じ込めた呪いである。

 普通の人間で、普通に生きられるなら、その方が良かったと思っているのだろう。


 だが、彼女は間違いなく魔女だ。


 それを否定することは、リシュデル自身を否定することになる。

 一般人に向かって「お前、人間じゃないよ」と言えば怒られて当然なのだ。


 だから俺がすべきは彼女が魔女であることを慰めることじゃなく、プラスに思ってもらうことだろう。


 十数年もの呪いだ。

 すぐには解けないかもしれない。


 だから、一歩ずつ。


「リシュデル、君は魔女だ。それは間違いないと思う。だけどそのおかげで、俺は窮地を脱することが出来そうなんだ」


「……どゆこと?」


「『万象斬下の終刀』だよ。その力を使いこなせれば、ピケトレヤ将軍の部屋へ忍び込める。君は君の力で、俺を救ってくれたんだ」


「すくう……」


 その言葉を反芻すると、リシュデルはほんの少しだけ表情を緩めた。


「そうだ。君は魔女としてここに閉じ込められた。でもそれは魔女である君が悪いんじゃない。この国のために君の自由を奪った周りの連中が悪いんだ。もちろん中にはポポリカ様のように君を思ってくれる人もいた。でも、国で一番力のある人たちが君を捕らえ続けようとした。その行いこそが悪だった」


 彼女はポカンとしている。

 分かりづらかったか。


「つまり――リシュデル。君のような子が魔女で、俺は嬉しい。助けてくれて、ありがとう」


 ストレートに言うと、彼女はちょっとだけ目をパチパチとさせて、


 それから照れくさそうに顔を赤らめた。

 ランプのかすかな光だけでもはっきりと分かるくらいに。


 だが、リシュデルが俺を救ってくれたというのは事実だ。

 それはピケトレヤ将軍の部屋の件だけじゃない。もしも「万象斬下の終刀」を使いこなすことが出来れば、それは強力な武器にもなる。

 敵の攻撃をよけること、すなわち身を護ることは透明人間にとって十八番だ。

 だがこちらから攻撃するとなると、不意を突いて急所を狙う、という方法しか無かったわけだが、もし一撃必殺の力を持てば、かなり弱点が無くなる。


 もちろん、まずは色々試してみないとな。


 そもそも俺の勘違いって話もまだあるんだから。


 と、いうか。


 発動の条件は何だったんだ、と考えると。


 あのとき俺とリシュデルの間にあったこと……。



 ……手と額の接触(・・・・・・)か?



****



 ジャルバダール王宮の大倉庫、人が来ない鳴子付き巨大網の向こうで、木箱に身を隠した俺とリシュデルは引き続き密会をしている。


「おでこを?」


「ああ、手に押し付ける。それが君の力――『万象斬下(ばんしょうざんか)の終刀(ついとう)』を発動させる……えっと、つまり使えるようにさせる条件なのかもしれない」


「なんでおでこ?」


 もっともな疑問だ。


「……俺もよく分からない。間違っているかも。例えば、これまで他の誰かにおでこを押し付けたことは?」


「ううん、無いわよ。――あっ、でもポポリカ様に抱きしめてもらったことは、何度かあるわ」


 抱きしめられれば、自然と額が胸の辺りに当たる。

 だが、そのときはおそらく発動しなかったのだろう。

 となれば、やはり“手”か……?


 考えてみれば、額に手をあてるシチュエーションって、ありそうで案外無い。

 熱を測るときくらいじゃないか?

 だからこれまでリシュデルも知らなかったのかもしれない。


「もし君が良ければ……もう一度やってみてもいいか?」


「いいわよ。はい、ぺたん」


 差し出した手に――今度は右手に――彼女が額を押し当てた。


 想像通りに。


 手袋の上にうっすらと……さっきよりも淡く、けれど確かに紋章が浮かぶ。


「すごーい! やっぱり私の紋章だ! ねえねえ、これって私とツキトが繋がったってことかな? だって私の首の紋章がツキトにも出たんだもんね。えへへ」


 彼女としては目に見える分かりやすい形で自分と共通の印が出来たことで、いっそう俺に親近感を覚えてくれたんだろう。


「ありがとう。それじゃ改めて、これから君の力について、じっくりと向き合いたいと思う。何せ『星さえも斬る』と言われる力だ。さっきはランプを斬っただけだが――」

 ただのナイフで鉄を斬ったんだから、充分すぎるほどすごいのに変わりはないが――

「――正しく使わなければ、自分たちや多くの人を傷つけてしまうかもしれない。どこまで影響力があり、どこまで奥深いものなのか……それをこれから検証しようと思う」


「ケンショウ?」


「しっかり調べるってことさ」


 おそらく二、三日くらいは研究に明け暮れることになりそうだ。


 シューシュカやゾゾル、ナヨカトルたちの方も気がかりだが、無事にやっているだろうか。



****



 初めて「万象斬下の終刀」を発現させてから、二日目の夜。


 あれから百回近く、その力を使ってみた。


 つまり百回近くリシュデルの額をスタンプしてもらったわけだが、彼女は疲れた様子も無い。力を借りるといっても、彼女自身に大きな影響があるわけじゃなさそうだ。これにはホッとした。


 しかし力の全容が分かれば分かるほど、恐ろしい力だと思わざるを得なかった。


 ごく客観的に言ってしまえば。


 こんな力は、無い方が良いのかもしれない――世界にとって。


 それほどまでにすさまじい。

 本来の意味での「おそろしい」力。

 恐怖と、強大過ぎて理解を超越した力に対する畏怖。


 これが魔女。

 これが世界を変える力なのだ。


 「英雄」たちが魔女を欲し、閉じ込めておきたくなるのも理解だけはできる。


 けれどそれはリシュデルという幼い少女に紐づくものであるし、彼女の一部であることに変わりはない。

 だから客観的には恐ろしすぎて、この世から消し去りたい力だったとしても、主観的には違う。


 むしろ、そんな絶大な力を持つリシュデルを――魔女を、本当に、心底、護らなければならない決意の気持ちで一杯だ。


 彼女たちの身の上だけでなく、この世界のために。


 力を恐れても、彼女を恐れてはいけない。


 力ごと、彼女を護らなければ。


 そしてその事実は、結果的に全ての魔女に対しての向き合い方に影響したとも言える。

 俺はニュトを真の意味で護るため、魔女を識(し)るために旅に出た。

 だがそれだけではなく。

 魔女たち本人と、その全員と向き合う必要があると覚悟しなければならなかったのだ。


 もはや識(し)るだけでは、足りないらしい。


 たった一人を護るために多くを護り、多くを護るためにさらに多くを護らなければ。


 そんな大それたことを、ただ姿かたちを消せるだけのバケモノが叶えられるかは分からない。


 分からなくていい。

 分かっても分からなくても、やることは決まっているんだから。


 そのためにも、俺が初めて触れた魔女の力である「万象斬下の終刀」を、正しく理解する必要がある。



 ――この力には三つの特徴がある。


 ひとつ。

 リシュデルの額に手で触れることが必要である。


 おそらくこれはリシュデルから、直接彼女の力を借り受けるための儀式なのだ。


 額に触れる場所はどこでもいい。指先でも、手のひらでも、手の甲でも。ただし手首は駄目だった。

 力がきちんと発現しているかどうかは、彼女の首筋にある紋章と同じものが手の甲に浮かび上がっているかで確認できる。


 ちなみにリシュデル本人は直接力を使えない。

 例えば彼女が自分の額に手を触れても何も起こらない。


 また俺の場合、紋章は右手の甲にだけ現れ、左手に現れることはない。

 利き手のみに反映されるのかもしれない。


 それと、連続して使うと徐々に紋章が薄れてしまう。三回ほど使うと、四回目は額に触れても紋章が出なくなり、時間を置かないと復活しない。



 ふたつ。

 力を使うには「剣に似たもの」を媒介にする必要がある。


 例えばナイフだったり、剣そのものだったり。


 しかしこの力のすごいところは、十字架や木の枝なんかでも作用するということだ。


 剣っぽいもの(・・・・・・)であれば発現する。

 それはどうやら俺のイメージに基づくらしく、制約が個人の「印象」または「思い込み」なんかで左右されるのは、俺にとって一番身近な能力に似ていると感じる。

 そう、透明化の力――「世界に線引きする力(オルヒナ)」だ。


 これも、自分と世界の境界を曖昧にすることで、透明化の範囲を広げている。ファンダリンの意見によれば。

 そういう意味では「そうと思い込む」ことは常日頃からやっていることに近く、また小学校の帰り道で手ごろな棒を剣代わりに遊んでいた自分にとっては、かなり扱いやすい特徴といえた。


 ただし、自分自身が明確に剣と区別している武器――例えば「槍」とか「斧」については、武器というジャンルとして木の枝よりよっぽど剣に近いとしても、「剣っぽいものと思い込む」ことが出来なかった。

 これはメタ的な視点で見ると、リシュデルはあくまで「剣(つるぎ)の魔女」であり、「槍の魔女」や「斧の魔女」ではないってことかもしれない。

 十字架はその特徴的な形が、木の枝はそれを剣代わりにしていた思い出が影響して、剣っぽいものだと思えても、槍や斧はあくまで槍だし斧なのだ。

 逆に槍を「木の枝っぽいもの」、斧を「ハンマーっぽいもの」だとか捉えることは出来るかもしれないが。


 とにかく、手持ちの武器が無いときや、なるべく武器を持たずに潜入したいときなんかでも使えるというのはものすごく便利な点だろう。

 相手の油断を誘うこともできる。



 そしてみっつめ。

 ある意味、これが「万象斬下の終刀」の最大にして究極の特徴であるとも言える。

 アイデンティティーだとすら。


 それは、「なんでも斬ること」。


 本当に言葉通りである。

 ジャルバダールの伝承に違(たが)わず、なんでも斬ってしまうのだ。


 星さえ斬る、というのもあながち言い過ぎじゃないかもしれない。


 色々と試してみた。

 すでに鉄を斬っているので、鉄より硬いもの(かつ、斬ったとして騒ぎにならないもの)はほとんど無いのだが、別の意味で切れにくいものとか。


 例えば最初は「ガラス」を斬った。

 大倉庫の奥に落ちていたゴミだ。

 ヒビが入る前に、割れる前に、サクッと切れた。


 次は石を斬った。

 同じくその辺に落ちていたゴミだ。

 断面は非常になめらかだった。


 続いて鋼(はがね)を斬った。

 この国で鉄より硬いものはそれしかないだろう。

 大倉庫の扉側にあった本物の剣の刃の部分に、ちょこっとだけ切れ目を入れた。刃こぼれくらいにしか見えない程度に。

 切れ目はアッサリ入れられた。

 しかも剣の形に切り、「剣だ」と思い込んだ“羊皮紙”を振るっただけで。


 どれも断面があまりに綺麗なので、まさかと思いつつ個体でないものも試した。


 水。


 斬れた(・・・)。


 食堂の水瓶の中の水を、ナイフでスッとなぞると裂け目が出来た。

 それは数秒ほど、そこに出来たままだった。

 まるで透明な何かがあるように、水が裂け目をよけていたのだ。

 数秒ほど経つと元に戻ったが、この現象はさすがにゾッとした。

 世界の理(ことわり)すら超越する、何かとてつもない存在の意志を感じて。


 まあ、すぐに「そういうこともあるか」と開き直れるのが俺の良いところなんだが。


 これは「砂」や「ほこり」、果ては「火」なんてものまで同じ現象を起こせた。


 切れ目を入れると、数秒間は砂などの物質だけじゃない、火という「光」と「エネルギー」による“現象”さえそれをよけるのだ。


 この辺りは「魔素」の影響で地球での物理法則が完全に当てはまるわけじゃないから、断言しづらいところだが。


 斬る、というより分かつ(・・・)。


 世界の法則を無視して。


 つまり、世界そのものを分かつ力であると――そう俺は認識したのだ。



 とてつもない力には違いないが、一応制限もある。


 「ある対象を斬る」と決めると、それを斬ったところで力の影響は失われる。


 例えば最初にランプを斬ったとき、俺はあくまで火を消すために蝋燭の芯を斬りたかった。

 だから蝋燭を切る途中にあったランプはそれごと切ったが、蝋燭を切った後はランプを切れず、ナイフを振り抜くことなく終わっている。



 まとめると、「これを斬る」と決めたものを、「一回の発現で一度だけ」、「何でも分かつ」力――というのが現状もっとも正しそうだ。


 発動条件や範囲は曖昧でごく個人的な観点に基づき、しかし実行後の結果は世界そのもに影響する。

 この特徴が、「世界に線引きする力(オルヒナ)」と共通していることに、意味が無いとは思えない。


 「万象斬下の終刀」を調べることが、自分のルーツに関係するかもしれないというのは、思ってもみない副産物だった。



 ――何はともあれ。



 少し足踏みしてしまったが、今のミッション的にも、俺たち革命軍的にも、かなり重要なファクターを手にしたと言える。


 いよいよ明日から、また動き出そう。



 ピケトレヤ将軍私室への潜入作戦――リベンジだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
魔女の力が本当に別次元でした! オルヒナもですが、規格外ですね。 そうなると時間の魔女の力はなんなのか。 恐ろし気になる。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。