第88話 「侵入作戦失敗編〜こういうこともあるよね⭐︎〜」
ふたたびジャルバダール王宮中央塔五階。
ピケトレヤ将軍の私室バリケード前にいる。
真夜中だ。
時計が無いから体内時計頼りだが、たぶん午前零時は回っているだろう。
リシュデルと話し込んでしまったため、予定より来るのが遅くなった。
あれから彼女にヒゼトキヤ王とゼロメタ王妃のことについて多少訊いたのだが、やはり小さい頃の記憶とあって、ティワカンヤ王やポポリカ王妃よりも印象は薄かったようだ。
ヒゼトキヤ王は目つきがギラついた荒々しい人物で、常に笑っているのだが、嬉しいときも悲しいときも怒っているときですら笑顔なんじゃないかと思うような、迫力のある顔だったという。
リシュデルに対してはほとんど人形に話しかけるように、あるいは神にでも祈るように、一方的に「お前はこういう存在だ」、「ジャルバダールの繁栄はお前に掛かっている」、「頼んだぞ」と呼び掛け、こちらの返事を待たずに去っていったらしい。
なんだか話だけ聞いていると、ずいぶんと大雑把な人物に思える。
ゼロメタ王妃については本人を見たことさえなかったそうだ。
そもそも基礎知識が欠けていたリシュデルである。夫婦というものを知ったのも、ポポリカ王妃に文字の読み方を教えてもらい、その後様々な書物を読んでからのことだった。
あとあとヒゼトキヤ王のことを思い返したとき、「空中庭園」の手前までヒゼトキヤ王についてくる女性がいて、それが王妃だったのかな、と考えたことがあったらしいが、単に王のメイドだったと分かる。
そもそもゼロメタ王妃は体が強い方ではなく、外を出歩くことは少なかったのだ。
ヒゼトキヤ王とは仲睦まじいことで知られていたが、タイプは全然違うらしい。
だからこそ気が合ったのかもしれないが。
そんなわけで、結局リシュデルはゼロメタ王妃の外見も知らなかった。
そのへんで、リシュデルが眠そうになってきたのでお開きになった。
そしてはるばる五階まで戻ってきたわけだが――
俺は窓の外を見る。
――ちょっと及び腰だ。
ピケトレヤ将軍の私室に潜入する計画はこうだった。
バリケード前の窓から外に出て、外周を回り、ピケトレヤ将軍の部屋の窓から入る。
ジャルバダールに窓を閉める文化は無い。
ロストグラフには木で出来た窓のようなものがあったが、ジャルバダールの多くは長いタペストリーを垂らして日よけ、砂よけにしているだけだ。
理由は単純で、密閉すると暑いのである。
雨が降る時期だけ、大きな雨戸みたいなものを内側から立てかけるのだとか。
なので窓からなら、忍び込みたい放題なのだった。
念のため人の少ない夜を選んだ。
しかし問題は、これまたロストグラフと比べて平地にあるジャルバダールは、家々の高さが立地に影響されないことにある。
つまりジャルバダール王宮は、傍目から見ても他の建物より圧倒的に高く、高くて、高いのだった。
雲の向こうからぼんやり注ぐ月明かりでそれなりに明るいが、窓から覗いた先の地面は遥か先にある。
た、高い。
思っていた以上に高い……!
そういえばジャルバダールの建物はどれも天井が高かった。そういう文化なのかもしれないが、王宮も最上階が五階という割に、マンションの十階くらいから下を見ている気分だ。
しかし、行くしかない。
行くしかないのである。
ロープをの端っこを窓から出し、外壁のしっかりしていそうなところ――ボロッと壊れたりしなさそうな引っ掛かりに投げる。
数十回のトライで、巨大なタペストリーが掛かっている金属の棒にくるりと引っ掛かる。
で、そいつをたぐり寄せてもう片方の端っこと結び、大きな輪っかを作る。
ぐ、ぐ、と引っ張ってみたが、強度は充分なようだった。
そのロープと、自分の体に巻いた別のロープとを繋ぎ、安全を確保。これでうっかり足を踏み外しても落ちたりはしない。
続いて輪っかにしたロープの中に自分の体を入れて、背中を預ける形にする。
ブランコに、お尻じゃなく背中で乗るような形だ。
これで、ロープを両手で握り、壁を横歩きしながら伝っていくことが出来る。
自分の体重をロープに預けられるので、ロープを手で握るだけより体が疲れない。
万全の状態で侵入にトライしようとした俺だった。
が――
――結論から言うと、侵入は失敗した。
ピケトレヤ将軍の部屋の窓は、塞がっていたのだ。
しかも立てかけるだけの雨戸じゃない。内側から鉄板を打ち付けられていた。
(そこまでして隠したいものがあるのか……?)
それならいっそ部屋の中を燃やしてしまえばいいのではと思わないでもなかったが、ピケトレヤ将軍の部屋を封鎖はしたいが、痕跡を消し去りたくはない、という何か複雑な事情があるのだろうか。
もちろん俺に思い当たる理由など無い。
しかし困ったな。
木戸ならナイフでガツガツやればいずれ壊れそうだが、鉄板となると諦めるしかない。
廊下側から入れば何かしらの証拠が残ってしまう。
さて、どうしよう。
結局なんの成果も得られないまま、大倉庫に戻った俺だった。
くそ、一時間もかけたのに。
高くて怖かったのに。
ブルブル。
****
次の日、俺は動かなかった。
ただただ沈思黙考に徹していた。
王宮に忍び込んだ目的、「リシュデルに会う」、は偶然にも達成した。
「ティワカンヤ王を見る」、はまだだが、こちらは難しいことではないだろう。
だが直近の目標である組織ピケトレヤを仲間にするための「ピケトレヤ将軍を知る」、に関しては完全に手詰まりだ。
彼の私室は厳重に封鎖されている。
そこに何かがあるのは間違いないのだ。
逆を言えば、そこ以外に意図的に隠されている場所が無いなら、他で手がかりを見つけるのは難しい、ということにもなる。
未だ存命のティワカンヤ王に対する噂はあちこちで聞けるが、すでに亡き人となったピケトレヤ将軍の話が聞ける機会は少ない。
「会話」なら聞き出せることも、「盗み聞き」が主な情報収集源では、受け身に徹するしかないのが不便なところだ。
透明人間であることが常識になってくると、これはこれで常人と比べてのメリット・デメリットが出てくるなぁ。
隣の芝生は青いというけれど。
ま、透明人間じゃなきゃそもそも王宮に侵入も出来ないんだから文句を言える立場じゃないか。
大体、誰が侵入者と会話してくれるっていうんだ。
組織ピケトレヤのロクペルヤ、ロクセンタと話し合うときに必要なのは、彼らを上回るピケトレヤ将軍の知識だ。
彼ら信奉者に対し、よく知りもしない俺が「ピケトレヤ将軍は~」と話し始めれば反感を買うのは明白である。
嘘やごまかしが通用するわけない。そんな甘い考えはありえない。
それよりは、やはりピケトレヤ将軍の私室にどう侵入するかを考える方が建設的だろう。
俺だって好きな漫画やゲームに対し、にわか知識で「あれって○○だよね~。知ってる知ってる」みたいな態度を取られればちょっとムカッと来るしな。
漫画やゲームか……。
もう長いこと見てないし、触れてないし、続きを知ることも出来ないんだなぁ。
ま、しかたない。
それを補って余りある生きがいを手に入れたんだから。
などと時には関係ない方へ思考が逸れていきつつも、いかんいかんと反省し、またあれこれ考え出したりしていると――やがて夜になってしまった。
「こんばんは~」
今夜もウキウキとした様子で木箱に入ってくるリシュデルであった。
どうもこの子、元々の性格がお喋り好きらしい。
「そんで、どうだったの、今日は?」
どうやら俺の報告が、彼女にとっての楽しみになっているようだ。
成果なし、と伝えると、「そっかぁ」と素直に残念そうにして、でもすぐに笑顔になって「私も考えてあげるね!」と言ってくれた。
根が優しい子なんだろう。
俺が顎に手を当てて「うーん」と唸ると、リシュデルも同じように「ふーん」と唸った。
「ねえねえ、私、思いついた!」
リシュデルが声を上げた。
「本当か?」
「外から入るんじゃなくて、隣の部屋とか、そういうとこから壁を壊して入ればいんじゃない?」
おお。賢いな。
常識に捉われない発想は、ある意味社会と離れて育ってきたゆえだろうか。
「それはとても良いアイディアだが、ピケトレヤ将軍の部屋は五階の東側全部という大きさでね、隣の部屋が無いんだ」
「むう~、そっかぁ」
唇を人差し指でムニッとしながら、彼女は困り眉になった。
「あっ、ねえ思いついた! じゃあ屋根から入るのはどうかなぁ? 五階ってイチバン上でしょ。鉄の板は壊せないけど、屋根のレンガなら壊せるんじゃない?」
「いや、屋根はとくに分厚いから、それこそ難しい。壊すときも、壊れた後にも大きな音が出てしまうよ」
「うう~~じゃあどうすればいいの? 頭がバクハツしそう」
リシュデルは頭を抱え込んだ。
難しいことを考え続けるのが苦手なようだ。
それにしても本当に明るい子だな。
ちょっと距離感が近いけど。
孤独な人って、どうやっても根暗に育つイメージがあったけど、そうでもないのかもしれない。
孤独だったからこそ人との距離感が掴めず、懐いてはしゃいでしまうパターンもあるのか。
しかしリシュデルがあんまり「うんうん」言っているので、俺も心配になってくる。
「考え込みすぎると、本当に爆発するよ」
「だめ、もう限界まできてる」
「えっ、そうなのか?」
もちろん比喩だろうが、俺は左手を開いて突き出した。よく幼子に親がやる「痛いの痛いの飛んでいけ~」ではないが、その左手に彼女の「バクハツ」を受け取ろう、という意味合いのポーズである。
利き手の右手ではなく左手を差し出したのは、右手にナイフを持っていたからだ。もちろん充分に遠ざけた。話をしながら、同時に武器に刃こぼれが無いかを確認中だったのだ。
透明人間という性質上、一人で色々やらなきゃいけないから、マルチタスクは得意なのである。
「じゃあ俺が、その爆発を受け取るよ」
「ありがとう~。じゃあ、どーん!」
そう言って、リシュデルは自分の頭を抱えていた両手を離し――しかし予想をしなかったことに、その両手ではなく、「バクハツ」しそうな彼女のおでこを俺の左手に押しつけた。
「どーん」ではなく、「ぽす」という感じではあったが。
すると――
――まったく予想だにしないことが、起きたのだった。




