第87話 「会いたいな」
その夜は、何ひとつ危ういこともなく明けた。
生活環境を整え、リシュデルとの邂逅も果たした俺の直近の目標。
ピケトレヤ将軍の調査。これだ。
誰に聞いても「素晴らしい戦士だった」という故ピケトレヤ将軍。
ジャルバダール一強い人だった。
ロストグラフとの戦争や機王大戦で活躍した。
国を護り、民の憧れだった――。
そんな言葉は何度も聞くが、じゃあ実際にどんな人柄だったのかと尋ねればあいまいな答えしか返ってこない。
好きなもの、嫌いなもの、趣味、特技、女性のタイプ、酒好きか下戸か、インドアかアウトドアか……――
そんな簡単な情報さえ掴めないのだ。
兄弟であるナヨカトルさえ知らないのだから、これはもう謎の人物と考えて良いだろう。
で、かつてピケトレヤ将軍の旗下にいたロクペルヤ、ロクセンタ兄弟が統率する組織「ピケトレヤ」(ほんとややこしい)と協力するため、俺は故将軍の情報を掴まなければならない。
一応昨日も寝床を探しながら王宮内をうろついているときに兵士たちの話も聞いたのだが、ピケトレヤ将軍の話題が出たのは三回で、そのどれもが「ピケトレヤ将軍が生きていればこんなことには……」というボヤきだった。
こうなると口コミは期待できない。
直接ピケトレヤ将軍の部屋を探索してみるのだ。
レッツゴウ!
****
ピケトレヤ将軍の部屋は、ヤバかった。
「あー、これはアレだな。カンペキに間違いなくこの国の問題の中心にあるわ」と確信するほどにはヤバかった。
部屋に、入れないのだ。
まず廊下の前にバリケードみたいな柵があり、その奥にあるピケトレヤ将軍の部屋の扉も頑丈な鍵が掛けられていた。
わざわざ書いていなくても「立入禁止」と分かる見た目である。
ナヨカトルにもらった図面によれば、たしかに王宮の中央塔五階、真東に位置するここが将軍の部屋で間違いないはずだった。
もちろん、この二年間で部屋の引っ越しをしていなければ、だが――わざわざ引っ越したあとに封鎖する理由もないだろう。
(このことをナヨカトルは知らなかった……つまり、ピケトレヤ将軍の部屋の封鎖は、ナヨカトルが王宮から追放された後、もしくは直前に行われたことになる。タイミング的に、戦場でピケトレヤ将軍と死別したティワカンヤ王が、機王大戦から帰ってきた後、と考えていいだろう)
国の英雄である将軍の私室をこんなめちゃくちゃにして許されるとすれば、当然ティワカンヤ王の仕業以外には考えられない。
ここに来て、やっと王の素顔が見えてきた気がするな。
そしてジャルバダールの異常についても。
つまり、ティワカンヤ王とピケトレヤ将軍の間には何か確執があったんだ。
それが国も、王も狂わせた。
(――……と考えるのは、ちょっと早計だろうか?)
だが英雄の関係で言えば、それこそロストグラフにおいてルファード大将軍とアレクトロの間にも確執――というか一方的な妬みがあった。
同じように、機王大戦における「国から送りだされた英雄」と、「機王を討伐した英雄」の関係を見れば、ピケトレヤ将軍とティワカンヤ王に当てはまる。
先日、市場で出会ったミルキスさんが言うには、アンプルシアの二人の魔法使い、ケシュラブレとフランゾエルも機王大戦以降、関係が悪化したとのことだった。
それらをまとめて考えると、ティワカンヤ王とピケトレヤ将軍の関係こそが、ジャルバダールが変わった原因である可能性が高い。
しかも部屋の封鎖は、戦場で失った、すでに亡き実弟に対しての仕打ちである。これはもう「憎悪」と見てもいいんじゃないだろうか。
まあいくら考えてもしょうがない。
(どちらにしろ部屋の中に入れないことにはな……)
どうあがいても正規のルートでは入れないだろう。
誰かが訪れて、その後に滑り込む方法も現実的じゃない。
と、なると。
俺は、苦虫を噛み潰した表情をしたに違いないであろう顔で、廊下の窓から外を見た。
五階である。
外壁をつたって窓から潜り込むのは命懸けになる。
でも、やるしかなさそうだな。
もうサイアク。
行動するなら夜だと決めて、それから俺は侵入するのに必要な材料――ロープやランプなんかを求め、王宮内を探索した。
****
「ピケトレヤ将軍?」
「ああ、教えてほしいんだ」
その日の夜、再びリシュデルと会った俺は、寝床代わりの木箱で訊ねた。
俺たちは並んで座っている。
小さなランプを用意した。木箱は隙間が無いよう内側から布を張ったから、外に光りが漏れることはないはずだ。
「一体どんな人だったのか……ティワカンヤ王との仲とかさ。君の知っている限りでいい」
「この倉庫に来たとき、偶然ピケトレヤ将軍がいたときにこそーっと見たことあるくらいだから、私もぜんぜん知らないけど……」
と、彼女は前置きして、
「昔はあんまりニコニコしてなくて、アタシが大きくなってからはニコニコしてたかなー」
ふむ。
リシュデルが物心ついた頃が十年前くらいだとして、ピケトレヤ将軍が二十代くらいのころはあまり笑わなかった。三十代くらいは笑うようになったってことか?
「ティワカンヤ王と喋っているのを見たことは?」
「あっ、二回だけあるかな。最初はピケトレヤ様の方がおにいさんだと思ったんだけど」
「……へえ、なんで?」
「なんか堂々としてたし。ティワカンヤ様は大人しい人だったから。まだティワカンヤ様がポポリカ様と結婚する前で、私ともほとんど話してくれなかったの。だから、私なーんにも知らなかったんだ。まあ今も知らないことばっかだけど。
あとね、二人が話してるとき、どっちもずうっとニコニコしてるの。でもピケトレヤ様は、いっつも目の奥が冷たかったなあ」
そういえば昨日もピケトレヤ将軍は冷たい目をしていたと言っていた。
聞けば聞くほどよく分からない関係だな。ティワカンヤ王とピケトレヤ将軍。どっちも素顔が見えづらい。
なんなら、お互いに素顔を見せないようにしていた気さえする……――。
――む。
なんだろう。
今のは結構いいセン行っていた気がするぞ。
「そういえば、ヒゼトキヤ王とゼロメタ王妃はどんな人だったか知っている?」
と、立て続けに訊こうとしたが、なぜか沈黙があったので俺は「リシュデル?」と疑問符を重ねた。
「……ねえねえ、ツキトはさ。なんでそんなにジャルバダールのこと知りたがるの?」
おや、ひょっとしてまだ疑われているだろうか。
仕方ないか。昨日会ったばかりの不審者だしな。
「うーん、曖昧な言い回しになっちゃうかもしれないけど」
「あいまい?」
曖昧は知らないか。
思ったより知識があるから遠慮せず喋っていたが。
「……つまり細かく説明すると長くなっちゃうから省くけど、君をここから連れ出すために、色々な事情があってジャルバダールをもっと知らなければならないんだ」
「なんで私を連れ出すの?」
「ん? えーっと、それが俺の目的だから……かな?」
「…………」
あれ?
急に黙っちゃったぞ。なんでだ?
「……ねー、ツキトは初めから私を外に出すのが目的でここに来たってこと?」
「ああ、言ってなかったっけ。そもそも俺は君を助けにきたんだ」
「…………」
また黙る。
「……なんで?」
なんでって……。
「君が魔女だから、かな」
と、そこでリシュデルの体がそっと離れる気配があった。
あれ?
俺、なんかおかしなこと言ったか?
「……ツキトも、私の力が目当てってこと?」
「えっ?」
「私、ヒゼトキヤ様に『十歳になったら、万象斬下の終刀の力をジャルバダールに捧げなさい』って言われてた。けっきょくその前にヒゼトキヤ様は死んじゃったけど。私がこの国にいるのは、魔女だからなんでしょ?」
「あーっと……」
しまった。
ちょっと迂闊だったな。
もっと彼女の立場に立って考えるべきだった。
リシュデルは自分が魔女なせいで、幼い頃からずっとジャルバダールの一室から外に出られない。
ニュトと違い、愛情を注いでくれた親代わりもいない。
強いて言うならポポリカ王妃が教育係ではあったようだが……
それでも王妃という立場上しょっちゅう会えるものじゃないし、できることは限界がある。
親代わりにはなれない。
リシュデルは、自分の環境が窮屈である理由を魔女に求めてしかるべきだ。
つまり、リシュデルにとって「魔女」は「呪い」に近いものなのだ。
俺は、もっとちゃんと自分のことや、ここにいる理由を説明すべきだったのだ。
何よりも、ニュトのことを。
「そうだな……話すと長くなるが――」
そして俺は、リシュデルに身の内をしっかりと話した。
異世界の人間であることと、透明人間であること以外の、全てを。
なぜこの国に来たのか。
なぜリシュデルを助けようとしているのか。
なぜそのためにジャルバダールのことを知らなければならないのか。
俺にとって「ニュト」という少女がこの世界で生きる理由であり、さらには行動の指針であること。
魔女の力が目的じゃない。
魔女の存在が目的なんだ。
なぜなら、ニュトが魔女だから。
ニュトが鬼人なら鬼人を、狼人なら狼人の存在を追っただろう。
ただ厄介なことに、魔女という存在はこの世界そのものに大きく関わっているらしい。
ニュトを護るため魔女の秘密を追うなら、世界そのものに迫らなければならない。
「――……だから俺は、君を助けにきたんだ。順序があべこべなんだよ。
魔女であることは、どうでもいい。
魔女がみんな力を失って幸せになれるなら、その方法を見つけ出すのでも構わない。
でもその方法が分からないから、魔女が虐げられている現実があるから、俺は魔女に会いたいんだ」
洗いざらい話し終えると、しばらくの間沈黙があった。
果たしてリシュデルはどう思っただろう。
嘘じゃないって分かってくれただろうか。
たっぷり一分ほど待って、手の甲に温かな温度を感じた。
そして小さく、リシュデルの声が聞こえた。
「そのニュトって子に、会いたいな」
ああ。
ああ。俺からも頼む。
世界でたった七人しかいないと言われる魔女。
魔女の悲しみ、苦しみを本当の意味で分かち合えるのは同じ魔女しかいない。
「ぜひ、会ってあげてくれ。大人しい性格だけど、好奇心旺盛で純朴な子だよ」
そして俺は、しばらくニュトと長い間一緒にいてあげられていないことを思い、小さく溜め息をついたのだった。




