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第84話 「潜入! ジャルバダール王宮」

 ジャルバダール王宮。

 砂漠の国ジャルバダールのシンボルともいうべき建物で、建国当時から数百年もの間この場所に鎮座し続けているというから驚きだ。


 ロストグラフ王城に比べて高さは低いが、横幅や奥行きは広いという印象がある。

 またロストグラフよりも飾りつけが多く、いわゆるオニオンドームなどと呼ばれる玉ネギ形の屋根がカラフルである以外にも、あちこちに色とりどりのモザイクタイルが貼られていたり、マハランとおぼしき石像が立っていたりと豪華絢爛である。


 きっと国がこんな状態でない時は、国の象徴として国民からの敬慕を集めていたのだろう。


 だが今となっては、この場所はいわばラスボスの城。魔王城のようなものだ。


 王宮を囲う巨大な城壁に付けられた南門(みなみもん)はジャルバダールへ入国する際の門に負けず劣らず大きく、その前では二十人近くの兵士がぞろぞろと見張っている。


 俺はここへ来る前にさんざん予習しておいた、ナヨカトルにもらった城の見取り図を頭に思い浮かべた。

 あの南門をくぐり抜けると、これまた巨大な庭園があるはず。

 当たり前のことだが砂漠にある国が発展するには水場がセットでなければならず、ジャルバダール王宮は水資源が豊かな場所に建てられている。

 そのため国で一番緑が豊かなのだ。


 そして庭園を抜ければ王宮の正門に辿りつく。


 さっそく俺は南門まで歩いていった。



 南門を抜けるのは簡単だった。

 門の横には見張りの兵士専用の通用門があり、大体三十分おきに中と外で兵士が交代するのだ。

 そこをいつものように、入れ替わる兵士の背中にくっついて通り抜ける。

 もはやルーティンワークだ。


 もっとも、ちょっと油断して体のどこかが触れれば一気にピンチなので、常に最大限の注意はするけれど。


 通用門を抜けると、裏側にも兵士がぞろぞろいて、さらにその先は広大な庭園が広がっていた。


 すごいな。

 町の方からは見えなかったけど、めちゃくちゃ立派だ。

 派手な色は少ないけれど、白、淡いピンク、黄色の花なんかがちらちらと咲いていて、それらが綺麗な幾何学模様を描いている。

 ロストグラフとは植生が違うのも面白い。

 低木が多いし、葉っぱは少なくて全体的に茶色っぽい。

 でも枝がうねうねしたりとユニークなのだ。


 石や砂で出来た像やモニュメントがぽつぽつと立っていて、それが門から王宮の方に向かうにつれ徐々に大きくなっていく。

 否が応でも王宮が立派に、荘厳に見える。工夫されているな。


 それにしても、ちょっと意外だ。


 ティワカンヤ王は、自分が治める国をバトルロイヤル状態にするほどだから、そりゃもう脳みそ筋肉な王様かと思っていたが、庭園を荒らさず綺麗に管理しているのか。

 なんだろう。絶対順位令の強硬的な姿勢に比べてちぐはぐな印象がある。

 百メートルほど離れた王宮へと歩いていく間にも兵士はおらず、庭師みたいな人がひとりふたりいるだけだ。


 この庭園はティワカンヤ王にとって大事なものなんだろうか。

 兵士にさえ踏み荒らされたくないと思うような。



 正門に辿りつく。

 門の両脇に兵士が一人ずつ。


 こっちは三時間くらい粘って、やっと兵士の交代があった。

 待つ時間は長いのに、門を開けて入れ替わるのは一瞬だ。ひと時も気を抜けない。

 おかげでやっと王宮に潜り込んだときは、ちょっと疲れてしばらく床に座り込んだ。


 窓の外から差す淡い陽光が、少しだけ西に傾いていた。




 さて、もう一度目的を反芻(はんすう)しよう。



 1・魔女リシュデルに会う。


 2・ティワカンヤ王を見る。


 3・ピケトレヤ将軍を知る。



 これは個人的な重要度合で並べたものだが、実際に行動するとなると逆順になる。



 1・ピケトレヤ将軍を知るため、彼の部屋へ向かう。


 2・ティワカンヤ王を見るため、王室へ忍び込む。


 3・魔女リシュデルに会うため、空中庭園を訪れる。



 こんな具合だ。


 なぜなら直近の目標は組織「ピケトレヤ」との対話だし、そのためのピケトレヤ将軍調査は期日的に何より優先される。


 リシュデルの庭園へ行けるのはティワカンヤ王だけらしいから、まずは彼のスケジュールを押さえてからじゃないとバッティングしちゃう可能性がある。


 そんなわけでこの順番に沿って行動することになる。


(だが何をおいてもまずは……)


 俺は一階の奥を目指して歩きはじめた。



 ***



 どの城でも調理室や食堂が下階にあるのはワケがある。

 ゴミの廃棄が楽だからだ。


 現代日本ほどじゃないが、人が生活していればたくさんのゴミが出る。ロストグラフでもジャルバダールでも変わらない。

 なんならトイレだって下階にばかりあり、ロストグラフで上階にトイレがあるのはシスティーユ王妃の部屋をはじめ王族の部屋ばかりだ。


 そして人が出すゴミで圧倒的に多いのが食べかすと糞尿。

 どちらも肥料にしたり、川まで行って捨てたり、燃やしたり、ゴミ捨て場のような場所へ集めたりするが、いずれの場合も城の外へ出さなければならない。


 必然的に、ゴミが多く出る場所は外へ行きやすい下階となるわけだ。

 中世ヨーロッパでは上階の窓から通りへ糞尿を捨てたらしいが、この世界の文明や倫理観はもう少し進んでいる。


 ロストグラフは粘土層の山の上に建つ城のため地下階があったが、土壌が砂で掘りづらいジャルバダールに地下はなく、食堂も一階、それも王宮裏手に近い北側の奥にあった。


 長期間潜伏する場合、何をおいてもまずは生活環境を整えないといけない。

 すなわち、食べもの、トイレ、寝床の三つ。透明人間の常識だ。


 この点においてロストグラフのときは、トイレ、寝床の二つが、牢獄という劣悪な環境ではあるが用意されていたためやりやすかったと言える。


 今回はそうはいかない。全部自分で用意しないとな。




 ――さて、食べものについては思った以上に楽だった。


 食堂と一緒になった調理場で、前と同じように大鍋や貯蔵庫からこっそりくすねることが出来た。

 特にジャルバダール王宮の一階はたくさんの兵士がいて、たぶん午後一時くらいであろう今の時間は人混みに紛れることが出来た。

 彼らと同じ時間帯に飲み食いすれば、食料に関して困ることはないだろう。



 腹ごなしをすると催してきたので、今度はトイレを探す。


 こちらも見つけるのは難しくなかった。

 食堂と逆の西側に大型トイレがあり、五個ほどの個室があったため、そこで用を足させてもらった。


 ただ気を付けるべきことはある。

 誰かが個室に入ってきたら、すぐにどいて壁際に体を密着させなければならない。

 そいつが用を足している間まで息を潜め、ずっとその場にいないといけないのだ。


 これがなかなか苦痛だった。


 一応うんちやおしっこも透明化することは出来るが、体から離れてしまえばそれを「自分と同一のもの」とくくることはできず、当然「シェード・オフ」の対象から外れる。


 便器は無い。

 穴の中に落とすのだ。

 もしも俺が用を足している最中に誰かがそれを発見しようものなら、空中から現れたうんちやおしっこに遭遇してしまうことだろう。


 なので常に人の気配を意識しながらぶりぶりしなければならなかったのだ。



 閑話休題。


 続いて寝床を探しにいく。


 寝ているときは、当たり前だが無防備だ。

 体は消えているが服は消せないし、寝息やいびきももちろん出っぱなし。

 絶対に人目は避けたい。


 というわけで、あとあと動きやすいルートの下調べも兼ねて王宮の中をぐるぐると探検した。


 王宮はオニオンドームを頂く中央の塔が一番高く、五階まである。

 その四方に同じくオニオンドームの塔があり、それらは三階まである。

 五つの塔は全て一階で繋がり、二階以上は独立している。塔を繋ぐ回廊は大廊下と兵士たちの詰所を兼ねており、一階までしかないが、天井は二階分の高さがある。

 さらにそれらの施設を長廊下がぐるりと三重に囲い、廊下と廊下の間にいくつかの小ぶりな塔を点々と置いて、王宮は出来ている。


 ナヨカトルの図面によれば、ティワカンヤ王の居室もピケトレヤ将軍の部屋も空中庭園も全て中央の塔にあるということなので、それ以外の場所をうろうろと歩いた。



 ――約五時間後。



 すでに日は沈みかけ、最後のうっすらとした光を曇り空に滲ませる刻限。


 やっといい場所が見つかった。


 一階の食堂とトイレの中間あたりにある、北側の大倉庫の中である。


 大倉庫内の奥はいろいろな物でごちゃごちゃになっており、埃の具合から、かなりの間、人の手が入っていないことが分かった。

 もちろん倉庫だから、手前の方にある荷物を出すため、兵士が入ってくることはある。


 しかし私立の学校の体育館並に広い倉庫である。

 奥の奥ならば、誰かに見つかる可能性はないだろう。


 おまけに後ろ四分の一ほどが巨大な網で区切られていて、誰かが通ると、くくりつけられた木の板がジャラジャラと鳴るのだ。

 畑に獣を寄せないようにする「鳴子(なるこ)」みたいな感じだろうか。

 どういう理由でこれがあるのか分からないが、好都合だった。 

 もちろん俺は「サウンド・カーム」で静かに通り過ぎることができる。


 さらに念を入れて、古い木箱とかズタ袋の中にでも入っていれば安心だろう。

 万が一寝息やいびきを立ててしまっても、兵士が夜に倉庫を訪れるときは当然急ぎの用事で、物を探す、あるいは持ち出すときだろうから、それなりに音が出て俺の出す音も紛れる。


 寝心地を除けば最適な場所だった。


 トイレから出発してぐるりと回って戻ってきたから、この大倉庫を見つけるのに時間がかかってしまったけど。



 それから俺は兵士たちと共に夕飯をすませ、トイレをすませ、明日に向けて早めに寝た。




 そのときはまさか、この大倉庫でまったく思いがけない人物と遭遇するなど、予想だにしていなかった――。

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― 新着の感想 ―
鳴子。 他にも隠れてる人がいるって感じですよね笑 ドキドキしますね!
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