第82話 「そうこれはラッキーイベントだ。 いつも頑張っている俺への神様からのご褒美なんだ。 まさかハニートラップなんてあるはずもないし」
市場を一人で歩いていた。
久々に一人きりである。
これにはワケがあった。
先日、突然現れたナヨカトルと合議した結果、我々の組織は「革命軍」として結束した。
無事に簡易的な発足式も終え、各組織は次の仕事へ移ったのだ。
そのときにナヨカトルから交渉があった。
今考えてみれば、そのお願いこそが、元々俺たちにしてほしかったことなのだろう。
それは「ピケトレヤ」の協力を得ること、である。
先だっての会議の際、ピケトレヤについてナヨカトルが妙に言いにくそうにしていたのは、こういうわけがあったのだ。
もちろん将軍ピケトレヤ本人ではない。
彼の遺志を継いだ元国王軍の「ロクペルヤ」と「ロクセンタ」によって作られた組織「ピケトレヤ」のことである。
ややこしい。
彼らは総勢三百人ほどと、決して人数の多い組織ではないが、国王軍、俺たち革命軍、ブトランテラの一部を吸収した神火に次いで強力な組織だとされている。
それは人員の八割以上が、かつてピケトレヤ将軍に師事した経験がある戦士であり、意思統一された、いわば精鋭部隊だからだ。
今、俺たち「革命軍」より人数の多い組織は、国王軍と神火の二つだけである。
ランゴの順位だけでいえば、革命軍は神火をも大きく上回るだろう。
ここでピケトレヤが協力してくれれば、国王軍の勢力に手が届く。
そのために、ナヨカトルはピケトレヤの力を欲しているのだった。
ではなぜ彼は自分で説得に行かないのか。
実はナヨカトルも、すでに何度も足を運んだらしい。
だが、彼らの長であるロクペルヤ、ロクセンタは全く耳を貸さないそうなのだ。
なぜかと言うと、彼らにとって王となるべき人物はピケトレヤ将軍に他ならないからだ。
ピケトレヤ将軍亡き今、彼らにとって代わりとなる人物はいない。
だが、少なくともピケトレヤ将軍の意志、信念、行動理念を基に政務を行う人物でなければ、指導者として認められないということらしい。
ロクペルヤたちにとっては、「ピケトレヤ将軍が作った新時代である」というレッテルが必要なのだ。
なんだろう。面倒臭い古参オタクに似ている感じだな。
そうなると、ティワカンヤ王はもちろん、ナヨカトルも彼らにとって相応しい新王にはなれない。
なぜなら王族がそのまま新国家の王となれば、彼らの名がそのままジャルバダールの支配者として残るに決まっているからだ。
なんだか強情というか、半分意固地になっているだけのような気もするが、とにかくナヨカトルが組織のリーダーになることは頑として認めないのだとか。
だから、ナヨカトルは俺のところに話を持ってきたのだ。
いや、俺が行ったからってロクペルヤ、ロクセンタ兄弟が考えを曲げてくれるとは思わないけど。
でも確かに彼らの協力は必要だし、革命軍の中でもツキト団が何かしらの功績を上げたという事実は必要だ。
ナヨカトルが成し得なかったことを、ツキト団が成功させた――そうすれば、今はどちらかと言えばナヨカトルたちを主軸に動いている革命軍に、俺たちの意見を通すことも簡単になるだろう。
しかもナヨカトルは、それこそ俺たちじゃ出来そうにない交換条件を持ち出した。
すなわち、
「――代わりに僕は、ユキセツを何とかしましょう」
これである。
神火のユキセツ。
あの強者のオーラを纏った武人。
とてもじゃないが、俺たちの所にも、ゾゾルの部下にだって、ヤツに勝てそうな人物はいない。
まあ、俺が不意討ちすれば倒せないこともないんだろうが、組織が大きくなった以上、あまりに怪しいムーブをし続けるのも怖いところである。
実際ナヨカトルやゾゾルたちも、俺のランゴが「3」になっていたことを怪しんでいるのは間違いない。
それぞれ知らぬ間に不意打ちを受けたり、目の良さを自負する自分の前から忽然と消えたりしているのだから、疑念も一層だ。
今はまだ「錯覚を利用したんだ」なんてごまかしでしぶしぶ納得してくれているが、警戒を解かれたわけじゃないだろう。
俺が見事ピケトレヤを仲間にして、ナヨカトルたちもユキセツを倒してくれれば、それぞれに互いを認め合い、結束もより強固になる。
そんな結果が一番望ましいのだ。
そんな俺が、今一番に考えていることは――
――ま、いつも通りの潜入である。
でもゾゾルのアジトやブトランテラの御殿より、さらに大物だ。
ジャルバダール王国城。
ここへ忍び込む。
前から機会を見計らってはいたが、ちゃんと情報が揃うまでは先走らないようにしようと思っていたからな。
なにせデカいし、広い。
迷って誰かに見つかりでもすればおしまいだ。
ナヨカトルを仲間に得て、「二年以上前の」という前置き付きではあるが、城内の間取りを知ることが出来た(もちろん潜入するためじゃなく、いずれ攻め込むために教えてほしいと言い訳しておいた)。
そのため、食料を確保できそうな場所、あるいは王室や王族の部屋、書庫、資料室なんかの場所も知ることが出来た。潜入のための予備知識を蓄えられたのだ。
目的は三つある。
一つ。魔女リシュデルに会うこと。
彼女は城の最奥、空中庭園なる場所にいるという。
彼女に会い、どんな人物なのかを知りたい。
もちろんリシュデルがニュトのように真っ当な人間かは分からない。
だから申し訳ないが、最初は透明なままで様子を見させてもらう。
二つ。ティワカンヤ王を見ること。
俺はまだ実物を見たことがない。
どんな外見で、どんな思想の持ち主なのか。
剣も火も効かないのならば、不意討ちも難しいだろう。そのため、ボドのときのように倒すための秘密を知ることが出来ないか。
それを確かめる。
そして三つ目。ピケトレヤ将軍の人物像を掴むこと。
これは組織「ピケトレヤ」のロクペルヤ、ロクセンタと話をする上で、どんな人物かも知らないようじゃ門前払いされる可能性があると考えてのことだ。
将軍の人となりを知り、それから「ピケトレヤ」の本拠地へ赴く。その事前準備である。
以上の目的のため、俺は長期的な単独行動を願い出て、しばらく一人で隠密任務に就くことになった。
その前に色々な用意をするため、今日は市場へ足を運んだというわけである。
「うーん……それにしても」
久し振りに来た、目抜き通りの市場。
「なんか前より賑わってるな」
ジャルバダールの市場は、以前の世界でいえば中東辺りの雰囲気に似ている。
レンガ造りの家の壁を背に、タープみたいに布の日よけを立てて、通りに向かってカゴを置いている。
そこに商人たちが、色んな食材や装飾品なんかを並べているのだ。
時おり出現する砂嵐などは、日よけにしていた布をそのまま下ろして、商品を砂から守る。
特にジャルバダール正門から王宮まで続く目抜き通りは、各組織の保護や暗黙のテリトリーがあるおかげで商売が出来ており、裏路地の小さな市場より上質なものが多い。
もっとも武器なんかはゾゾルの仲介を通して本職の武器商人から買った方が、安くて質の良いものが手に入るんだが(間違いなく盗品だろうけど)。
しかし今欲しいものは潜入の際の服や鞄なんかなので、大通りの市場に出て来たのだ。
で、ここはちょっと前までそんなに賑わっていなかったはずなんだ。
もうちょいギスギスしていたし、各組織の見回りや牽制も激しかった。
(それがどうして……)
と、疑問に思いながらも市場を見ていると、誰かにぶつかった。
「きゃっ」
「おっと」
バラバラと何かが落ちるので、慌てて空中で受け止める。
木の実のようだった。
「あ……す、すみません、考え事をしていて……」
「いえ、こちらこそ申し訳ないです。あの、これ」
なんとか全部キャッチした三つほどの木の実を差し出すと、その人は小さな手で受け取った。
リンゴみたいな実だった。
「ありがとうございます。これ私の大好物で……」
と、顔を上げたその人の顔を見ると、
(うおっ)
――美少女であった。
青い髪、白い肌、桜色の唇。
片方の目が前髪でちょっと隠れているが、もう片方のマリンブルーの瞳がきらきらと光を湛えている。
生粋のジャルバダール人ではないだろう。
ミディアムボブのストレートヘアがサラサラと涼しく、曇り空の下とはいえ暑苦しい気候の中、とても眩しく見えた。
どちらかといえば童顔で、綺麗というより可愛らしい。
今まで見てきた女性の中で、客観的な外見だけならシスティーユ王妃より綺麗な人はいないと思っているが、この子は別ベクトルでかなり可愛いな。
というか、単純に好みの顔だ。
頭の上には「15432」という、市中ではよく見かける五ケタ台のランゴが浮かんでいる。
と、あまり見ていても怪しいので、視線を逸らして背中を伸ばした。
「ケガが無いようで安心しました。それでは」
踵を返そうとする。
すると少女は俺の裾を掴み、ほんのり頬を赤く染めて言った。
「あ、あのっ、とてもいい声ですね!」
「……はい?」
「いえ、その、か、かっこよくて落ち着く声だなぁ、と……! あ、すみませんいきなり変なことを言って……」
「ああいえ、全然です」
むしろびっくりしています。
え、いい声? 本当ですか?
「あの、も、もし良ければ少し一緒に歩きませんか? ぶつかってしまったお詫びをしたいです」
えええ、いいんですかむしろこっちが!
こんな美少女と一緒に歩けるなんて断る理由が無いんですけど……。
「あ、僕は全然……」
僕ってなんだ僕って。
こんなに慌てるのは久し振りだ。
そうだ。俺だってまだ十七歳。花の十七歳だ。
ちょっと青春したってバチは当たらないだろう。
――しかしそこで、麗しい赤鬼の顔が甦る。
ブリガンディである。
俺は彼女に悪くない印象を持っていながら、今はニュトのことで頭一杯だからと振ってしまった。
むしろ、それこそブリガンディみたいな美人と付き合えたらどんなにハッピーだろうと想像しながら、ぐっと我慢したのだ。
そのくせ今さら何が青春だ。
都合が良いにもホドがあるぞ!
(いやいやでもね)
と、冷静な俺が言い訳を始めた。
(そもそもブリガンディの想いに応えられなかったのは、ロストグラフを出る理由があったからだ。けれど今の俺は、すぐにジャルバダールを出立するわけじゃない。つまりこの子と付き合って、出立する日になったら別れればいいんだ)
って、それこそ最低じゃねーか!
「あの……大丈夫ですか?」
少女が覗き込むように尋ねてきた。
「はい、大丈夫です」
少しも大丈夫じゃないのに大丈夫だと言ってしまうのは元日本人の哀しい性である。
「では、あっちに行きましょう。私、おいしいヒチャを出してくれるお店を知ってるんです」
手を引っ張られた。
いや、そうだよ。
何を焦っているんだ俺は。可愛い女の子に誘われたとはいえ、それが何で付き合うことに直結するんだ。
彼女は俺にぶつかって、悪いと思ったからお店に誘ってくれた。それだけだろう。
急に付き合うだとか告白されるだとか、すぐに話を飛躍させるから、いつまで経っても童貞なんだよ、ツキト君。
出会いは大切だ。
何かあっても、今はツキト団の団長として付けている「月の仮面」じゃない仮面を付けているから、例えば「あそこの組織の団長さんが若い子をかどわかして~」なんて噂が広まったりもしないだろう。
いいじゃないか、いつも苦労しているんだから、たまには女の子との楽しいイベントがあっても。
そう、これはラッキーイベントだ。
いつも頑張っている俺への、神様からのご褒美なんだ。
まさかハニートラップなんてあるはずもないし。
そして俺は思いがけずきゃわわな女の子とのデートイベントに突入するのだった――次回、乞うご期待!
いや、乞うご期待って、誰にだよ。




