第81話 「革命家たちの密会・後編」
「知っていることは、実はあまりありません。
バルゲアとイルシークに動きがあれば即座に対応できるよう監視していますが、彼らはほとんど戦わないのです。いざ誰かに勝負を迫られても、実力を発揮することなく相手を追い返してしまう。
それぞれが魔法を使うのを見たのは、『十字架の闘技場」でティワカンヤ兄様と戦ったときだけです」
国王軍のナンバーツーとナンバースリー、「絶炎のバルゲア」と「雹魔のイルシーク」について、ナヨカトルは渋い顔で語った。
「どのような魔法だったんですか?」
「正直、魔法と言い切ることは出来ません。僕もあまり魔法に明るい方ではありませんから。
ただ仮に魔法だとして、今まで僕が見たどれよりも恐ろしい力でした。
バルゲアが力を見せたのは一度だけです。
兄様がバルゲアに迫ったとき、彼は僕の体の何倍も大きな火柱を地面から噴出させました。その瞬間、闘技場内の空気が焼け付くようにヒリつきましたから、恐ろしい熱波を伴ったようです。
イルシークは兄様との決闘の最中、幾度も力を使っていました。彼は兄様に向かって、拳大の『雹』を何十発も撃ち出したのです。
客席に飛んできた雹に少し触れてみましたが、数秒で肌を腫れさせるほどの冷たさでした。その上、岩よりも固い。あれを肉体で受けられるのは兄様だけでしょう」
その事実に、少なからずのショックを受ける。
ヴァルゴサやウルウェーテルの使っていた「閃光」や「爆音」、「衝撃」が、この世界における魔法だと思っていた。
簡単に言えば、「火薬」の代わりのような代物なんじゃないかと。
魔法は「強化魔法」、「自然魔法」、「古代魔法」に大別されると聞くが、その結果として現れるものが、ああした効果なのだとうっすら予想していた。
だが、違うのか。
まるでマンガやゲームの世界みたいな、自然法則を無視するような超常的な力が――この世界にはあるということか。
「ついでに話しておくと、バルゲアは剣、イルシークは槍の使い手でもあります。彼らには手下もいますし、二人で共闘することも考えられる。彼らに正攻法で挑むのは難しいかもしれませんね」
「しかし話だけ訊くとどちらも同じくらいのバケモノって感じがしますが、やっぱりバルゲアの方が強いんですか? 火柱も怖いけど、岩の塊が飛んでくるってもう兵器みたいなもんですよね……」
「僕も直接闘ったことはないのであくまで見立てですが、まず体の作りが一番違いますね。
バルゲアは長身で、頑丈さにも自信があるのか軽装です。対してイルシークは女性並に小柄で、この国では珍しく薄い甲冑を着込んでいます。兜を被っていて顔も見えません。だからバルゲアの方が攻撃力があるし、素早いんですよ。
さらに言えば、バルゲアの火柱はどこから噴き出すのか分からない恐ろしさがあります。氷の飛礫は盾で防ぐことも出来ますが、火が相手ではそうもいきませんから」
「なるほど……」
うーむ。
もうずっと「うーむ」ばかり言っている気がするが、本当に「うーむ」だ。
ペンより剣が強しの世界で、さらに強者が集う国。
俺みたいな非戦闘民族からすれば、もう全員でバトルロイヤルでもやってくれ、とボヤきたくなる。
まあ、でも俺には不意討ちという裏技があるからな。
いざとなったらバルゲアとイルシークもその手でいこう。
ゾゾルからもらった、イルシークが同性愛者だって情報程度じゃ、何の役にも立たなそうだし。
「……とりあえず、すぐに対策が見つかる相手じゃなさそうですね。王と同じく、この先の課題としておきましょう。それではナヨカトル様、最後にもう一つだけ――魔女について教えていただきたい」
そう訊いた瞬間、彼の目が「えっ?」と驚きに見開いた。
あれ?
魔女のことを訊くのっておかしいか?
いわば絶対順位令の強制力であり、今のジャルバダールを語る上では欠かせない要素だ。
当然、質問すべきことだと思ったが……。
「えっと、どうかしましたか?」
ナヨカトルが二の句を継がないので、訊いてみた。
「あ、いえ……その、びっくりしてしまって。気を悪くしないでくださいね。今、ツキトさんが……底冷えのするような声を出したものですから」
底冷え?
「私も思いましたよぅ。ご主人様、ぞっとしましたもん。あ、なんか目もコワーイ。私を襲うときみたいな獣の目ですぅ」
「濡れ衣を着せようとするな。……俺が怖い声を? ウソだろ、全然そんな気も無く普通に言ったぞ」
「ひょっとして」
ナヨカトルが俺を探るような目つきで続けた。
「ツキトさん……魔女に何か思うところでも」
「いや、全然」
かぶりを振る。
そして今ようやく――俺は自分の本心に気付いた。
そうだ。
そもそも俺の旅は、魔女を求め、世界を識るためのものだ。
全てはニュトを護るために。
もちろんその過程でロストグラフに革命をもたらし、ジャルバダールでは奴隷の子供たちを解放し、俺の目的は一つにくくることは出来ず、多種多様に分かれ始めている。
だが、その根っこは「魔女」だ。
俺にとって魔女は、この世界で生きる意味だ。
だから、やはりどうしても――その話題を出すときは、自分の中の最も飾られない感情が出てしまうのだろう。
プリミティブな感情というか。
いかんな。注意しないと。
「えー、コホン。全然というのは嘘でした」わざとらしく咳払いをしてごまかした。「魔女の粛清こそ絶対順位令の強制力。ですから、複雑な感情が無いとは言い切れません。しかしこの国のカラクリを解くに当たって重要なカギとなるのも事実です。ぜひ詳しくお聞かせ願いたい」
「たしかに、我々にとって目の上のコブとも言えますからね」
ナヨカトルはスルーしてくれるようだった。
ニュトが魔女であることは、まだ誰にも言っていない。
言う必要も無いと思っている。
必要があるときまでは。
「そうですね……。まず、魔女は元々ジャルバダールにいたわけではありません」
やはりそうか。
ボドと同じように、機王大戦が終わってから捜したんだろう。細かい理由はいまだに分からんが。
――と思ったんだが、それは早計だった。
シューシュカが口を挟んでくる。
「あれ? そうなんですかぁ? 私が子供の頃、おねーちゃんに魔女のお話をしてもらいましたけどぉ」
「ああ、そうですね。シューシュカさんはまだ十代半ばといったところでしょう? 魔女が連れてこられたのは十四、五年前くらいです。私は今年で二十九になるので、魔女がいない時代を知っているんですよ」
「おっと、ナヨカトル様は俺様と同い年なのか。人は見た目によらねぇなぁ」
は?
え?
ちょっと待って待って理解が追い付かない。
「――あの、ちょっといいですか。えーっと、シューシュカ、まずお前ってお姉さんとかいたの?」
「……あれ、言ってませんでした? まあおねーちゃんは私が小っちゃい頃に家を飛び出しちゃったので、ほとんど他人みたいなものですけど。だから私並に可愛いとしても、紹介は出来ませんわよ? 私がいるんだから我慢してくださいね」
そうなんだ。
いや紹介してとか言わねーけど。
コイツに似ているなら、うるさいだけだろうし。
「まあそれはいいとして、ナヨカトル様って二十九なんですか?」
「まだ二十八ですよ」
どっちにしても驚きだよ!
だとしたらすげー美肌で童顔じゃねーか!
まあしたたかで練れた人柄から十代じゃないとは思ってたけど、二十代後半だとは。
レモネットの例があるとはいえ、自分が男だからか、オッサンは年相応にオッサンってイメージがあるからなぁ。
「でもってゾゾル! お前が一番驚きだよ! 驚愕だよ! え、お前二十八だったの?」
「いや、俺様はもう二十九です」
「どっちでもいいわ! えー、そんなどう見ても五十代そこそこみたいなモジャモジャの毛を生やしておいて、二十代? 信じらんねーわ……どうなってんのこの国……。え、ちょっと待って。そんじゃあラインデッドとレフティっていくつなんだ?」
「俺っすか? 十七ですけど」
「私は三十二歳です。ジャルバダールの基準に則れば、ですが」
うおおおい! ラインデッド、お前俺とタメかよ!
人生の酸いも甘いも噛み分けた、みたいな雰囲気出しておいて高二!?
そのタトゥーとヒゲヅラで高二!?
おいおいおい、完全に三十代くらいだと思ってたぞ!
レフティは――まあ大体想像通りの年齢だけど、ラインデッドとセットみたいなイメージがあったからなぁ……明らかにラインデッドのヤツはレフティに気があるし、種族の差に加えて歳の差まであるとは思わねーじゃん……。
「あの……ちなみにハルゲマルタさんも年齢をお聞きしても?」
女性に対しては失礼かもしれないが、ここまで来ると気になる。
「十八です」
十歳差!
ナヨカトルとまさかの十歳差!
歳が逆ならまだ理解も出来たのに!
なんつーか……
この一連の流れ、ジャルバダールに来て、ある意味一番驚いたかもしれない。
ふー。
くそ、脱線しちまった。多分疲れているぜいだ。
いや年齢なんてどうでもいいじゃないか。
大したことじゃないさ。
うん、とりあえず魔女だ。
そうだ。
年齢のことなんて考えるのはやめよう。
「ところでご主人様はおいくつなんですかぁ?」
「え、十七だけど」
「えええええええええええーっ!」
今度は俺以外の全員が驚く番だった。
一番驚かれた。
なぜか三十代後半だと思っていたという意見が一番多かった。
それってこの中で一番年上だと思われてたってことじゃん。
俺ってオッサンくさいのか?
***
「えっと……すみません。話が逸れてしまいました。話を戻しましょう。この国の魔女は、十四、五年前に連れてこられた。ナヨカトル様はそう言いましたね?」
頭を切り替えて、思考回路を繋ぎ合わせる。
「はい、多分十五年前です。連れて来たのはヒゼトキヤ前王。僕の父でした」
「なぜ魔女をジャルバダールへ? 元はどこにいたんですか?」
「僕もまだ若かったので詳しくは分かりませんが、目的は魔女の力でしょう」
魔女の力――。
「ロストグラフにも魔女の伝承はあると思いますが、もちろんジャルバダールにおいても彼女らは特別な存在です。歴史書の中では、『魔女を手にした者が世界の王になる』という記述もあるほどです。
父王は優秀でしたが、ロストグラフと長い戦争を続けるくらい野心に溢れた人でもありました。ですから、魔女を手に入れたいと思ったんじゃないでしょうか。ある日突然、小さな赤子を抱いて帰ったのです」
「魔女に名前はありますか?」
ナヨカトルは頷いた。
「魔女は人と違い、誰かが名付けるのではありません。その姿を見た瞬間、頭に閃くのです。魔女の名は――『リシュデル』。黄金を溶かしたような輝かしい金色の髪の魔女です」
リシュデル。
リシュデルか。
でも俺はニュトを見ても、「ニュト」って名前が浮かんだりはしなかったけどな。
異世界から来たから、その辺りの事情は異なるのかもしれないが。
「魔女と……リシュデルと話したことは」
「ありません。ジャルバダールの王宮の奥に、『空中庭園』という場所があるのを知っていますか。魔女はずっとそこにいて、決して誰も会うことが出来ないのです。ただ一人、この国の王と王妃以外は」
……。
「……リシュデルは赤子の頃にジャルバダールへ来たと」
「はい、そう言いました」
「話を組み合わせると、彼女は生まれてからヒゼトキヤ王とゼロメタ王妃、ティワカンヤ王とポポリカ王妃の四人しか知らない、ということになる気がするんですが」
「その通りです。僕の記憶にある魔女も、赤子の姿のまま。彼女が今どういう姿をして、どんな少女に育ったか、それは今や兄様にしか分かりません」
……。
…………。
俺は深く息をついて、マグマのように湧き上がる怒りを堪えた。
「……なるほど。そのことに異議を唱えた者は?」
「誰も。……まあ僕は彼女を解放しては、と父に提案したこともありましたが、ジャルバダールのためだと説き伏せられました。今ならばそれに反論も出来ますが、当時は親の言うことが絶対でしたから。
王が兄様に替わってからも、一度だけ進言したことがあります。けれどそのとき兄様は冷静な口調で、
『魔女を解放したとして、もし今後ジャルバダールに混迷が起きるようなことがあれば、それは魔女を解放したせいだと王族の責任を問われることになる。足を引っ張りたい者は沢山いるのだ。父が魔女を連れて来たときから、彼女はジャルバダールと命運を共にする道しか無くなってしまったのだ』とお答えになりました。
これには、残念ながら僕も言い返せませんでした。魔女や兄様のせいではなく、そういうしがらみが出来てしまったことは想像するに難くありませんでしたから。
当時はロストグラフとの戦争や機王大戦など、混乱が続いていました。誰もが責任の所在を求めていたのです。
ただ兄様は、こうも言っていました。無事に機王を討伐し、平和な時代が訪れたら魔女を解放しても良いかもしれない、と」
そして――結局は自らが新たな混迷を引き起こしてしまったのだから皮肉なことだ。
「ですから、魔女の粛清、すなわち『熱砂の槍』についても詳細を知る者は少ないのです。
そもそも限られたランゴの者と処刑される者しか処刑場には入れません。死人に口なし――有り体に行ってしまえば、その処刑が魔女の手によるものかすら定かではないのです。ただ、『魔女』と付けば大抵の人は恐れますから」
「人は未知のものに恐怖を覚える生き物ですからね」
そう考えると、最悪の場合、リシュデルは何もしていないのに濡れ衣を着せられていることになる。
いや、違うか。
最悪の場合は、リシュデルが無理やり加担させられているのではなく、リシュデル自身が望んで処刑を行っている場合だ。
十五年間生きてきて、たった四人の人間しか知らないのでは、変に歪んでしまってもおかしくはない。
とにかく、魔女リシュデルに会ってみたい。
他でもない、俺ならその願いが叶うのだ。
王以外が会えないという少女に会うことが――透明人間の俺ならば。
「さて、ご主人様。情報交換もそろそろこの辺りでよろしいでしょうか?」
「ああ、今のところは。ナヨカトル様は?」
「細かいところは追々すり合わせましょう」
「では、今の話し合いで出てきた諸問題を解決するための提案を出していきましょう。なんでもどしどし出してくださいねっ」
それからしばらく、シューシュカの進行に沿って意見の出し合いが続いた。
大目的は、会議の始めに彼女が言ったとおり「ジャルバダールをティワカンヤ王から解放すること」である。
だがその目的を達成するためには、前段階でやっておかなければならないことがある。
そうした小さな障害を取り除いていくためのアイディア出しが主題になった。
ある程度議論が煮詰まってきたころ。
この世界には時計が無いから、俺は自分の体内時計で適当に時間を計るんだが、ナヨカトルの訪問が午後十時頃だったとして、今はおおよそ深夜二時くらいだろうか。
そろそろ一度会議を畳んで、次に持ち越そうという空気になった。
「――では、皆さんもお疲れでしょう。後は次回の会議までの課題として、お開きにしましょうか」
さすがのシューシュカも眠たそうな顔で、締めくくりに向かった。
それを受け、ナヨカトルが柔らかな声で最後の挨拶を述べる。
「ツキトさん。そしてゾゾルさんを始めとする皆さん。今日は突然の来訪、失礼な言動など色々迷惑をおかけした中で、夜遅くまで付き合ってもらい、ありがとうございました。おかげさまで有意義な話し合いが出来たと思います。ぜひ、近いうちに次の機会を設けましょう」
まるで政治家みたいだなと、折り目正しいナヨカトルの挨拶に苦笑して、俺は彼の握手に応じた。
次は俺の番だとでもいうようにシューシュカが視線を向けるので、俺もこちら側の代表として締めることにする。
「えー、こちらこそ顔も見せないアヤしい男に対し、充分な情報提供や同盟のお話を頂き、ありがとうございます」
ごほ、と咳払いをする。
喋りすぎて喉が涸れている。
「最後に私からひとつ提案があります。ティワカンヤ王はナヨカトル様たちを『反乱軍』と呼ぶ。ナヨカトル様は『抵抗軍』だと名乗る。そこに我々ツキト団とゾゾル一派の連合軍が加わり、何が何だか分かりにくい状況です。
なので、意思統一を図るためにも呼び名を一新しませんか」
俺は全員の顔を見た。
次の言葉を待っているようだった。
「――『革命軍』。
俺たちはこの国をティワカンヤ王の手から奪い、そして変えるのです。反乱や抵抗じゃあ、まだ受け身な呼び名です。自分たちが改革する。革命する。この強靭な意志を団員たちで共有したい」
告げると、まずナヨカトルが拍手をした。
「素晴らしい提案だと思います……! ツキトさん、あなたは大勢の主導者となるのに相応しい気質の持ち主ですね。きっと今も兄様を畏怖している僕では思いつかなかったでしょう」
続いてゾゾルやシューシュカ、ラインデッド、レフティ、レモネット、そしてハルゲマルタと、そこにいた全員が拍手をし、互いの顔を見て笑った。
革命軍。
俺は戦闘じゃからっきしだけど、それでもこの強者が支配する国で、
変えてやる。
必ず――変えてやるのだ。
新たな協力者を得て、いよいよ俺のジャルバダールでの活動も道筋が見えてきた。




