第80話 「革命家たちの密会・中編」
「……ポポリカ王妃をティワカンヤ王が殺したというのは事実なんでしょうか?」
俺はナヨカトルに訊ねた。
「……残念ながら。私とハルゲマルタはその場にいましたからね。
王の間でのことでした。
あのときの兄様はまるで人が変わってしまったようでした。
涙ひとつ流すことなく――突然、ポポリカ様の胸に剣を突き刺したのです。
僕やハルゲマルタが慌てて医者を呼ぼうとすると、兄様はさらに幾度も突き刺し、そして『これで医者は必要ない』と言い捨てました」
その場を想像して、思わず唾を呑み込んだ。
「も……元はそんな人じゃなかったんですよね?」
「もちろんです。兄様はとても優しい方でした。戦においては厳しいところもありましたし、ピケトレヤ兄様に対しては競争心もありましたが。
僕たちの両親は素晴らしい夫婦でしたが、十年以上も前に、病に斃れてしまいました。
兄様が王位に就いたのは、若干二十六歳のときです。
まだ若い兄様でしたが、見事政治を執り行い、それからはロストグラフとの戦争で大立ち回りをしたり、さらには和平協定、戦争の終結まで大活躍しました。
ティワカンヤ兄様とピケトレヤ兄様は歳が離れていませんが、僕だけかなり年下なので、ティワカンヤ兄様は親のような存在だったんです。
穏やかで、物静かで、陽光のような人でした。
特にピケトレヤ兄様が完璧主義で、やや近寄りがたい人でしたから、僕は兄様とポポリカ様に愛情を教わったようなものです」
「――当時のことは俺様もよく覚えていやすよ」
ゾゾルが腕を組みながら鼻息と共に言った。
「突然のヒゼトキヤ前王の死に、国中が不安になったもんでさぁ。ましてやロストグラフとの戦争中でしたからね。中にはティワカンヤよりも歳の行った親類を王に据えるべきだ、なんて声もありましたねぇ。
しかしあの男は実力でそれを押さえつけた。
まあ国を豊かにするため、より裕福な層に贔屓する側面もあって、スラムにいた俺様にゃあ気に入らないとこもありやしたが、多くの人にとっちゃあ有能な王だったことでしょう」
ゾゾルの昔話に、ラインデッドとレフティも口を閉じたまま複雑な顔をしている。
「それが『機王』との戦いの後、急に……か」
「はい。
はじめは、ピケトレヤ兄様を喪ったことを悔いているから様子がおかしいんだ、と思っていました。
機王大戦では、ティワカンヤ兄様は弟の窮地を聞いて、国の執務を僕に任せてでも、機王との決戦の地へとマハランに乗っていったのです。
ところが前線へ来てみると、すでにピケトレヤ兄様は機王に魂を吸われた後でした。
各国の『英雄』と協力し、やっと機王を討ち果たした。ですが、弟を救えなかった心の傷が、凱旋するときでさえもティワカンヤ兄様の顔から笑顔を奪ってしまったのだと……」
「つまり、二人の兄弟仲は良かったんですね」
「良い関係だったと思います。ただ先ほども言った通り、歳が近い二人は兄弟であると同時に、好敵手でもありました。
政務においては堅実な政を行うティワカンヤ兄様と、革新的なピケトレヤ兄様はときに衝突することもありました。
また武技においては素早い武具術と身のこなしを持つピケトレヤ兄様に軍配が上がりましたが、刀さえはね返すほど頑丈な体と無尽蔵の体力を持つティワカンヤ兄様は、長期的な出征などではより成果を上げました。
互いが互いを認め合い、高みを目指していたのです。
堅実なティワカンヤ兄様が王になり、軍人気質なピケトレヤ兄様が将軍になったときも、それぞれが自らの立場に納得しているようでした」
全ての謎は「機王大戦」にあるわけか。
ボドのときのように。
「……ティワカンヤ王に付いて行った兵士たちが、そこで何を見たかは分からないのですか?」
「機王との戦いは凄まじいもので、とにかく気づいたらピケトレヤ兄様の亡骸を抱くティワカンヤ兄様の姿があったと。
遺体はジャルバダールの法に則り、三日三晩、王室に安置した後に火葬を」
つまり、真実を知るのはティワカンヤ王ただ一人ってことか……。
「よし。分からないことの方が多いが、とりあえず過去については承知しました。
それでは、今。
ティワカンヤ王がどのような状態にあり、何を考えて王宮にいるのか。教えていただけますか」
「真意は掴めません。
ですが形だけ見るなら、やはり『強者との闘い』を渇望しているのだと思います。
兄様がポポリカ様を殺し、僕を王宮から追放したあと『絶対順位令』を公布。
その瞬間、どういうわけか僕らの頭上にこの忌まわしい『ランゴ』が現れたわけですが、今さら説明するまでもなく、これは誰が強者であるかを示す単純な指標です。
そして我こそはという者は、王に勝負を挑み、『十字架の闘技場』にて決闘をすることが出来る。
勝者はジャルバダールを手にするわけです。
このことは、絶対順位令もランゴも、ただ王が強者と戦うために作られた仕組みのようにしか思えないのです」
俺やニュトがランゴを付与されたのはシューシュカが「端末」を使ってのことだったが、最初は国民全員に浮かび上がったのはレキネンに聞いたとおりだ。
「……ちなみに王は元から好戦的な性格だったということは」
「修行や訓練など、自らを鍛えることは好きな人でした。でも、戦いそのものが好きだったとは思いません」
「王に謁見したら、話し合いで解決できるでしょうか」
「まず無理でしょう。今まで何人もそれを試みましたが、『私と話がしたいなら、私に勝ってみろ』と、こうですから。
けれど王に挑む前には、『絶炎のバルゲア』と『雹魔のイルシーク』がいる。王にまだやる気があった当初は本人が出張っていましたが、今ではまず片腕たちを倒さなければならないし、そもそもそれなりの相手でなければ決闘を受けない。不意打ちは全て返り討ちです」
ふーむ。
もう全然分からん。
「……とりあえず」
シンプルに、
「王を倒す。これしかないですね」
その場にいた全員が、難しい表情でこくりと頷いた。
分かっているのは、ティワカンヤ王が元凶だってことだけだ。
それはつまり、王を倒せば解決って結論にもなる。
根本的な解決になるかはともかくとして、解決するための前提条件ではあるだろう。
ジャルバダールで最も大きな組織のトップになるというツキト団の当初の目的通り、王を倒し、国王軍も吸収する。
最も大きな組織。
つまるところ、国。
これしか道は無いのだ。
「ティワカンヤ王はそんなに強いんですか?」
今まであまり訊きたくなかったことを、恐る恐る訊いてみる。
「強いです」
ナヨカトルは無慈悲にもそう断じた。
「僕のランゴは『2』ですが、これは所詮、僕より強い者たちが、僕を相手にしていないからこの順位でいられるというだけなのです。
実際に一対一で戦闘をすれば、バルゲアには勝てないでしょう。イルシークは……相討ち覚悟で、腕一本取れるかどうか、ってところでしょうね」
うぐぐ……。
これが謙遜でないなら、ジャルバダールで最強の三人は全員国王軍にいるってことじゃないか。
「そしてティワカンヤ兄様は、彼ら二人に決闘で勝利しています。元々強い人でしたが、機王大戦から帰って、いっそう人間離れしました。
なんと言っても、もっとも強力なのは強靭な肉体です。
僕の目がマハランの加護を受けているのは先ほど話しましたが、兄様は頑丈な肌に恵まれました。剣の類は一切通用しません。思い切り刃を滑らせても、薄皮一枚めくれる程度です。打突も無効です」
「でもピケトレヤ将軍との試合では負けたりもしてたんでしょう?」
「以前は、棍棒などでいくら叩いても無傷でしたが、剣で切られれば多少の血は流れましたから。しかし機王大戦以降、兄様の血を見たことはありません。火で火傷を負うこともなければ、冷気で爛れることもありません」
「……冷気?」
「『雹魔のイルシーク』が冷気を操るのです。対してバルゲアは炎。どちらも魔法を使うんですよ」
ギリッ、と歯を食いしばる音がして、振り向くとレモネットが悔しさに顔を歪めていた。
そうだ。レモネットはジャルバダールに来て、いの一番に王宮へ殴り込みをかけた。
そこでイルシークに門前払いされ、ゾゾルに彼の弱点を聞くため、潜入までしたんだったな。
ゾゾルの情報網から、イルシークが冷気を操ることは知っていた。もっとも、それが魔法かどうかは知らなかったが。
そしてレモネットはヤツから魔法を引き出すことなく敗退させられた。
ティワカンヤ王は、そんなイルシークでさえ敵わなかった相手なのだ。
そして念のため、ナヨカトルに訊いてみる。
「……王の体について、目の色が変わっていた、などということはありますか?」
「目の色……ですか? いえ、昔から澄んだ青色です。それがなにか?」
「ああいえ、勘違いならいいんです」
細かく説明すると長くなりそうなので、今晩の議題から大きく逸れないようあえて区切った。
目の色が、もし以前と違っていたら。
それは「機骸」の可能性があるのでは――と、思ったのだ。
機骸。
それは、アレクトロが「ボド」に変化するための仮の器のようなものだった。
漢字のイメージは勝手に当てはめているだけだが。
これはロストグラフ革命の中心にあり、かつボドの秘密にごく傍で触れたことのある俺だけが脳内で考え続けている「この世界の謎」である。
今さらだが、ジャルバダールとロストグラフの状況はかなり似ている。
キーワードは、「将軍」、「英雄」、そして「魔女」。
機王大戦の折、六つの国が結託し、各国から最も優秀な将軍を出して協力させた。
それがロストグラフでは「ルファード大将軍」で、ジャルバダールでは「ピケトレヤ将軍」だった。
しかし彼らは機王の「魂を吸う」という不可思議な攻撃により、どちらも戦死してしまう。
「魂」がこの世界で言う「魔素」に連なるものであり、機王は如何にかしてそれを成したというのはファンダリンの推測だが、依然として理屈は不明瞭なままだ。
代わりに機王を退けたのが、六人の英雄。
ロストグラフではボド――すなわちアレクトロだった。そしてここジャルバダールでは、ティワカンヤ国王が英雄になる。
その両者に共通することは、出兵前と後で人柄が変わってしまうこと。
いや、アレクトロ自身も元はルファード大将軍への嫉妬心を抱えていた。だから人柄が変わるというよりは、負の面が顕著に現れるといった感じだろうか。
そしてどちらもが「魔女」を傍に置いている。
ティワカンヤ王においては、絶対順位令を遵守させるための脅迫材料に利用しているくらいだ。
両者に共通点が多いとなると、他の関連性も疑ってしかるべきだろう。
アレクトロは機王大戦の際、何者かに接触し、機骸を手に入れた可能性がある。
機骸は不死の器だ。
「魂」という存在の是非については、俺も科学信仰の世界出身なので未だに上手く消化できていないのだが、とにかくアレクトロは、自分の体とボドという機骸の間を、赤い宝珠――「端末」を媒介に、魂となって行き来していた。
機王の「魂」吸引に疑念を持ちながら、端末による「魂」の移行は半ば信じてしまっているのだから、我ながら複雑である。
そこで、ティワカンヤ王の頑強さという話が出た。
これが「機骸」であるという可能性も捨てきれないのではないだろうかと疑ってみたわけである。
王の外見が変わったり、別人になったりしたわけではない。
だがより強靭な頑強さ――それも、炎や冷気すら耐え抜く体となれば、不死に近いと考えても良いのではないだろうか?
機骸であれば、どこかに「端末」があるかもしれない。
それが弱点になると考えたのだ。
もっとも、シューシュカが門番だったときに俺たちへ「ランゴ」を付随させたものを「タンマツ」と呼んでいたことからすると、ボドのそれとは役割が異なるのかもしれない。
(だが、目の色は同じか……)
あまり同じ考えに捉われすぎるのも良くないかもしれないな。
透明人間だから、不意討ちの刺殺も絞殺も撲殺も出来る。
だが、一度でも失敗して警戒されては暗殺の難易度が大きく跳ね上がる。
王の攻略は今後の最重要課題だな。
「万が一、ティワカンヤ王を倒せる方法が見つかったとして……」
俺は次に気になっていたことを改めて訊ねた。
「ナヨカトル様、あなたに兄を手にかける覚悟が?」
「あります」
これは間髪を入れずに返答があった。
「僕は王族です。ジャルバダールの王族とは、第一に民を、第二に伴侶を、そして第三に親と子を護るもの。もちろん、後悔も苦悩もあるでしょう。ですが――」
ナヨカトルは少年のような顔でハルゲマルタを見上げた。
「――僕には、共に苦悩を分かち合ってくれる人がいますから」
彼の期待に、ハルゲマルタは優し気な眼差しで返した。
はた目にはデコボコだが、良いパートナーなのだろう。
「分かりました。これ以上の追求は野暮ですね。あなたを信じます。では次に、何度も話題に上った『絶炎のバルゲア』と『雹魔のイルシーク』について、知っていることを教えてもらえませんか。王を除けば、彼らこそが最大の障害となる」
ナヨカトルは真顔で首肯した。
バルゲアはあのヴァルゴサを、そしてイルシークはレモネットを、それぞれアッサリと下している。
彼らの攻略もまた、ティワカンヤとの戦いの上で重要な布石となるだろう――。




