第79話 「革命家たちの密会・前編」
ゾゾルがレフティとラインデッドを連れて現れたのは、予想したよりも早かった。
どうやら、元々俺のところへ労いに来ようとしていたそうだ。
ツキト団が間借りしているこのアジトからゾゾルのアジトまでは、裏道を通るルートが五つほどある。
それらを日によって組み替えているため、ほか勢力からはルートがバレにくいが、俺たちは擦れ違わないという仕組みになっているのだ。
「お久し振りです、殿下」
開口一番、ゾゾルはそんな恭しい口調でナヨカトルに話し掛けた。
「ばっはっは。まさか国の王子殿が参られるとは、我々も偉くなったもんですなぁ。それとも案外お暇なんですかな? 国政に携わっていたころのように」
「ふふふ、相変わらず手厳しい挨拶ですね。まあ、君にスラムの状況を詳しく聴いておきながら、僕らの代でスラムの環境を改善できなかったのは大きな反省点だ。謙虚に受け止めておきますよ」
ナヨカトルの物腰柔らかな態度に、ゾゾルは「ふん」と鼻を鳴らして、どっかりと席に着いた。
なんていうか、この世界の人って本当に遠慮知らずだよなぁ……。
主張したいことは主張するって感じだ。
現代日本人にも見習ってほしい。
いや、まあ今の俺には関係ない世界のことだからどうでもいいんだが。
ラインデッドも相変わらず飄々とした調子でゾゾルの横に座り、レフティはゾゾルの後方に立った。
「では――早速始めましょうか」
俺はパン、と手を打った。
打ち合わせ室に、八人。
俺、シューシュカ、レモネットのツキト団三名。
ゾゾル、ラインデッド、レフティのゾゾル一派三名。
そしてナヨカトルとハルゲマルタ。
特にゾゾルとハルゲマルタの体躯のせいで、そんなに狭いわけでもない室内はぎちぎちだった。
「まずは進行役が必要だな。シューシュカ、頼む」
「えーっ、また私ですかぁ。しょうがないなぁ。後でいつもみたいに頭なでなでしてくださいねっ」
「一度もしたことないだろうが」
軽いジョークを挟んだところで、「では」とシューシュカが切り出す。
「目的の確認、情報共有、解決策の提案、目標の決定と進めて行きましょう」
おや、とナヨカトルが眉毛を上げる。
「ずいぶんと進んだやり方ですね……ジャルバダールの王国会議とは大きく違う」
「ご主人様……いえ、ツキト様に教えていただいたのですわ。特に情報共有と解決策の提案では全員の参加と肯定的な意見が必要。ツキト様は進歩的ですの」
王政がほとんどのこの世界では、トップダウン型が基本だろう。王が決め、配下が従う。
配下も身分や立場があり、上下関係が現代日本よりも色濃い。平等な議論などほぼ無いはずだ。
しかし会議で重要なのは平等性だ。
意見が偏れば、個人にとって都合の良い結論しか出ない。王政はその極致だ。
もしも集団にとっての最善を探るなら、上も下も右も左も関係なく、あらゆる意見を尊重しなければならない。
まあこの辺も本で学んだことが知識としてはあるが、実際に体感したのはロストグラフでの経験が大きい。
システィーユ王女が先鋭的な方だったから、俺の色んな意見も受け入れられたんだ。
「目的の確認……これは小目的を、私どもツキト団、ゾゾル団の連合軍と、ナヨカトル様方『抵抗軍』の協定とし、大目的を『ジャルバダールをティワカンヤ王から解放すること』としましょう。異論はありますか?」
特に誰も口を挟まなかったのでシューシュカは続ける。
「では先に、小目的。これについては両者合意したと捉えて良いのでしょうか」
「先ほどの騒動に目を瞑ってもらえるなら、僕らとしてはぜひ」
「俺たちも賛成だ。ゾゾル、いいか?」
「騒動」云々については、道すがらレモネットからゾゾルたちに説明してもらっている。
「いいかも何も、俺様ぁアンタのやり方に口出しするつもりは無いですよ。アンタの意見が俺様の意見だ」
ゾゾルの従順な口振りに、ナヨカトルは「へえ」と驚いた表情を見せた。
しかしそのことは特に触れず、
「では協定成立ですね。よろしくお願いします」
と、手を差し出す。
俺は彼の握手に応じた。
細くしなやかな指だったが、しっかりと筋肉はついていた。
「それでは、ここにいる八人全員が今の決定の立会人です。本来第三者が務めるべきですが、ご了承ください。――続いて、情報共有を行いましょう」
「そちらから聴いてばかりでしたから、今度は俺たちから話しましょうか」
そして俺は、ツキト団の成り立ちや活動などについて説明した。
俺とレモネット、ブラーの三人がロストグラフからの使者であり、二年以上もの間鎖国をしていたロストグラフがシスティーユ王女の手によって英雄ボドから解放され、それをジャルバダールへ報告しにきたこと。
またシューシュカやゾゾルと出会い、色々な経緯があって手を組んだこと。
「……――ようやく国が解放されたと思ったら、今度はジャルバダールで閉じ込められてしまった。我々はロストグラフへ帰るため、この国で活動を始めたのです」
「なるほど……それは苦労しましたね。いや、兄様の身勝手のせいで申し訳ありません。レモネット様のお顔は見たことがあると思っていたんです」
「ブリガンディ将軍の旗下として二度ほど国王陛下の謁見にくっついてきましたから。アタシは一目見たときから気付いてましたよ。もっとも、今の立場、状況から態度を改められないことはご容赦ください」
つまりレモネットは、自分はあくまでツキト団の――引いてはロストグラフの兵士であり、今のナヨカトルが実際には王子ではないこと、それ以上に別組織の取引相手として油断ならない相手であることから、必要以上に礼儀正しくは出来ないと言っている。
ナヨカトルは「その方がありがたいです」と穏やかに答えた。
「……それで、ゾゾルさんとはどういう繋がりが? 先ほどの協定決定時の発言からすると、ツキトさんの方が上の立場のようですが」
「いや、この男はものぐさなだけです」
俺が溜め息をついてゾゾルを睨むと、彼はごまかすように「がはは」と笑った。
がはは、じゃねーんだよ。
「……どちらが傘下というわけではなく、ここも同盟軍です。元は敵対していましたが、トップ同士で話し合い、ナヨカトル様がご存知のとおり、共同で面白おかしな催し物を開いてから手を組むことになりました。
正式なツキト団の団員は少ないので俺たちは彼らから人員を借り、俺たちからはそれに応える形で出来る限りの見返りを与えています」
「それがブトランテラ討伐だと」
「まあ俺たちの利益にもなるので、ウィンウィンの関係とまではいきませんが」
「……うぃんうぃん?」
たどたどしく喋るナヨカトルが可愛かった。
やっぱり横文字は「訛り」に聞こえるのか。
「えーと、つまりこちらに、より利益があるかなと。ゾゾルはむしろ恩義を感じてくれているようですが」
「ふふ、それならやっぱりうぃんうぃんなんじゃないですか?」
無邪気に笑う。
ウィンウィンの意味が分かっていないのに。
こういうところで彼を慕う人は多いんだろうなと感じさせる。
「とにかく言葉でくくりづらい関係です。俺は単純に『友人』だと思ってます」
「ええっ!?」
クソうるさい声がしたので思わず体がビクッと震えた。
「ツキトさん……アンタぁ、俺様のことを友達だと?」
「いや、砕けた言い方をすれば、だよ。俺が勝手に思っているだけだから、別にいいだろ?」
「いいも何も……。ははは、なんだかこそばゆいですぜ」
デカい体を揺らしてモジモジしている。
なんだ?
むしろ喜んでくれてるのか?
うーむ。
まあ喜んでくれるのはこっちとしても嬉しいが、その仕草はちょっとキモいからやめてくれ。
「仲が良いようで結構なことです」ナヨカトルがニコニコと喋る。「お二人のご関係は、大体分かりました。――さて、それではこちらが知っている限りの情報をお渡ししましょうか。おそらくこの国においては、私以上に中枢に近かった者も少ないと思いますので」
なにせ第三王子だったんだもんな。
……いや、兄のティワカンヤが王で、ピケトレヤが将軍、ナヨカトルは宰相って立場だったか。
見た目が若いから重職についているイメージがいまいち湧かないな。
ともあれ、これはチャンスだ。
訊きたいことは山ほどある。
言葉に甘えて、どんどん訊かせてもらおうじゃないか。
「そうだな、じゃあまず――」
――一番に知りたいのは「魔女」のことなんだが、俺の第一目的はなるべく知られたくないから――
「――やはり、ティワカンヤ王について、だ。どんな人物で、どうしてそんなに強いのか。倒す方法はあるのか。またナヨカトル様が実兄を倒すことに抵抗は無いのか。色々と教えていただきたい」
「はい。もちろんそれが一番大事なことですね。
ではまず、僕らの両親――前王夫妻のことからお話ししましょう。
長くなりますが、ご容赦ください。
――父王はヒゼトキヤ、母はゼロメタと言いました。
ジャルバダールは他国と違い、一夫一妻制です。
もちろんロストグラフの現国王グランデル陛下など、他の国にも一夫一妻を取っている例はありますが、第二、第三の王妃がいない国は、どちらかと言えば珍しい類でしょう。
これはジャルバダール国民の『最も近しい友であり最も遠き神』であるところのマハランが、生涯一組の番であることから、それに倣ったものです。
そのため王は王妃を、心より愛した者のみ選び、王妃もまた、真に愛していなければ王からの誘いを断ることが出来たのです。
ジャルバダールには政略結婚がありません。
長い歴史と法に反するからです。
子供に恵まれなかったときは、養子を取るのです。
それは様々な不利益も生みましたが、ジャルバダール国民の誇りを培ってもいました。
もしも無理やり王妃を娶るような真似をすれば、そうした王は国民から謗られ、すぐに王座から下ろされてしまうのが通例でした。
仲の悪い夫婦もありましたが、そうした王や王妃は、いかに腕が立ち、また賢かろうと、国民から敬われることはなかったのです。
そんな国の気質の中、私たちの両親である前王夫妻はとても仲が良く、政務の場でも社交の場でもいつも二人一緒、互いへの愛情が深い夫婦として知られていたそうです。
両親のことを、兄、ティワカンヤ王も大変尊敬していました。
だからでしょう。兄もまた、妻を……ポポリカ王妃を愛する人でした。
ツキトさんは『どんな人物か』、と訊ねられましたね。
兄は強く賢い優れた王でした。
ですが、兄の人柄を表すのに一番相応しい表現は『愛妻家』だったのです」
ナヨカトルがそこで言葉を切ったとき、部屋の中には言いようの無い、昏い空気が漂った。
強さよりも、賢さよりも、ティワカンヤ王の人となりを正確に表すのは「妻を愛する王であったこと」。
だが、彼は自らの手で、その愛する人を殺したのだ。
どうやら今回の国の事情も、一筋縄ではいかなそうである。




