第73話 「シューシュカの舌戦」
場にそぐわないブラーの発言に驚いたのは俺だけじゃない、ヴァルゴサやユキセツも同様だった。
「は? ……何も分かってねぇのかお前?」
ほとんど呆れたような口調で問うたのはヴァルゴサ。
「見りゃ分かるだろうが。形勢はすっかり逆転したんだよ。ユキセツ様の登場でなぁ」
「逆転したのは組織同士の形勢だろう。俺とお前の立場関係が変わったわけじゃない」
ブラーの言い分は分かりにくかった。
ヴァルゴサは首をひねる。
「……何が言いてぇのか分からねぇ。俺とお前の決闘は終わった。お前に俺のランゴをくれてやったろうが。そんで次は組織の話になってる。いつまでも私怨にこだわってんのはこの場でお前だけってことよ」
「――たしかに決闘は終わった。だが、勝負はまだ終わっていない。俺の勝利は……お前の息の根を止めることだ」
ブラーの声は感情的ではなかったが、それゆえに一層の凄みを感じさせた。
「何言って……」
「ランゴ『7』の俺が命じる。俺と戦え、ヴァルゴサ。どちらかが死ぬまで」
二人の距離は約二メートル。
ブラーの拳も、ヴァルゴサの棍も届く範囲だ。
だがブラーの言い分が一方的だと感じているのはヴァルゴサだけじゃないようだった。
おそらくレモネットたちもブラーの言動に戸惑っている。明らかに、ブトランテラを吸収した神火連合軍が優位な状況であるにも関わらず、己の我を通そうとする戦士の姿に。
「けっ、馬鹿馬鹿しい。大将、早速ですが、コイツをやっちゃってくだせぇ!」
ヴァルゴサはユキセツに呼び掛けた。
同時に、ヴァルゴサの「ランゴ」が点滅する。
これは下位者が上位者からの命令に背いたときの証明だ。すぐに態度を改めれば、点滅は止まる。
しかし命令を聞かず、戦い以外の方法で上位者に逆らい続けると、ランゴの色が白から赤に変わるのだ。
その瞬間、どういう理屈か、全身の力が抜けてしまうらしい。
だから国王軍が捕らえにきたときも抵抗できない。
俺も、これまでに数回だけ、こうした光景を見たことがあった。
ヴァルゴサはそうしたランゴによる“脱力”の危険を理解した上で、点滅している間に、ユキセツにブラーを倒してもらおうと考えているのだろう。
「いきなり仕事かい? 面倒だねぇ……。ま、けれど相手が強者ってんなら悪くない」
大男はぬらりと歩を進める。
その手が腰の刀に触れ、ヤツから溢れる威圧感が倍増する。
ただただ戦うことに人生を懸けてきた男。
そのことを否が応でも思い知らされるようなオーラだった。
これ以上ブラーを危険に晒すことは出来ない。
イチかバチか……俺が出るしかないか。
そう覚悟したときだった。
「おーっほっほっほ! なるほどなるほど! ブラー、あなたの言いたいことはよく分かりましてよ!」
突如、場にそぐわぬ甲高い声が部屋中に響いた。
相変わらず声のでかい風変りな女――シューシュカだった。
思わずレモネットやラインデッドたちも、隣で高笑いをする彼女を見つめる。
「……今やこの国は『戦士たちの国』。最も重く見るべきは決闘だの共闘だのの過程ではなく、どちらが勝ち、どちらが負けるかの結果のみ! 我々の頭上にあるランゴこそが人の価値を決めるのですわ!」
まーた口八丁を始めたなコイツ。
「神火のトップたるユキセツとやら! あなたの配下に成り下がった男の頭上を見なさい。無様にもかつて彼の同輩であったはずの『14』を乗せています。対して我らが精兵たるブラーは見事『7』を勝ち取りました。この光景が、今のあなたにどう映りますか!?」
「どうって……別にどうってこたないねぇ。ヴァルゴサ君が負けても、俺が負けることはなさそうだもの」
「くはは……その通りでさぁ、ユキセツ様。アンタに勝てるヤツぁそうそういねぇ」
「たしかに、それがただの決闘ならね。けれどユキセツ、例えば闇討ちされたら、いかにあなたでもヴァルゴサやブラーには勝てないでしょう」
「……うん? どういうことだい?」
我が意を得たり、という顔でシューシュカは平然と告げた。
なるほど、ヴァルゴサは放っといて、ユキセツの方に訴えかけるのか。
上手くすれば、ヴァルゴサを“脱力”させることも出来るかもしれない。
さすが小ズルいね、シューシュカ。
「それは、このジャルバダールこそが、あなたや我らがボスの『決闘』の舞台ということです。その場その場の戦いではない、最終的な勝者とならなければ。
ユキセツ、あなたは『ブトランテラ』を旗下に置いたそうですが、果たしてそれは勝者への一手となり得るのでしょうか」
「なんだい、揺さぶりかい? そりゃあ、容易く二百の配下とひとケタ台のランゴを持つ戦士、三人もの富豪の軍資金が入ったんだ。『神火』は勝者へさらに近付いただろうよ」
ユキセツに褒められ、ヴァルゴサもニタニタと笑う。
しかしシューシュカは余裕の笑みで続ける。
「二百人の配下と軍資金、たしかにそれらは悪くありません。けれど私どものボスだったら、そのひとケタ台のランゴ――おっと、今はもうふたケタでしたわね。その戦士はいらないとはねのけるでしょう」
「なっ……なんだとお!?」
「落ち着け、ヴァルゴサ君。
……つまり何が言いたいんだい? 回りくどくて分かりづらい。
そりゃヴァルゴサ君は正義の男じゃない。けれど彼は傭兵だ。ちゃんと金を渡し、安全を保障すれば望み通りの働きをしてくれるだろう。
俺は彼に人徳など求めちゃいないよ。あくまで『神火』の力となることを期待するだけだ」
ユキセツはアゴヒゲを撫でながらおっとりと喋る。
「傭兵だから金を渡せば安心だと?」
シューシュカが問いかける。
ユキセツは答える。
「金より説得力のある『保障』は無いよ。この壊れかけた国であってもね。変に忠誠心など無い分、傭兵の方が単純明快でいいのさ」
「なるほどなるほど」
シューシュカは納得したようにそう頷いた。
そして今とばかりに眼光をギラつかせた――
「――けれど、ヴァルゴサは権力に負けて、傭兵の魂ごと売り渡した」
ピクリ、とユキセツは眉を動かした……気がした。
「な……何を言ってやがる?」
指摘されたヴァルゴサ自身も、理解していないようだった。
シューシュカはニヤリと微笑む。
「ヴァルゴサは傭兵でした……ついこの間までは。
けれどウルウェーテルとクラッチマンが私たちのボスにやられたとき、ヴァルゴサの中にムクムクと別の欲望が膨れたのですわ。
それこそ、『金』や『名誉』と並んで男たちが欲しがるもの――『権力』」
シューシュカは人差し指を立てて言い放つ。
その眼差しは知的な光を湛えている。
「ジャルバダールは恐ろしい国です。……いえ、絶対順位令という仕組みが恐ろしい。
『力こそが全て』。
その唯一無二の掟が、これまで血と砂ぼこりにまみれた戦場に生きていた人々を作り変えてしまったのですわ。
身分も立場も家柄も関係なく、強ければ誰もが偉くなれる。
偉ぶれるのです、これまで自分をアゴで使ってきた富豪たちにさえも。
どれだけ金を稼ごうが傭兵は傭兵、汚れた戦争屋。そうした目を向けられてきた彼らが、権力を持つ快感を知ってしまった。
そう、今やヴァルゴサは傭兵じゃない。いっぱしの権力欲を持つ、ただの野心家です」
シューシュカの言い分に、ヴァルゴサは顔を歪めて理解に努め――やがて憤慨する。
「だっ……誰が野心家だ! 俺は……――」
「――お金が全てであれば!」
だが言い訳しようとするヴァルゴサを、シューシュカがピシャリと抑える。
「お金が全てであれば、金を出す雇い主である富豪たちに、『ブトランテラ』の身売りは話すべきでした。
金を払うからこそ、ヴァルゴサは雇われていたはず。金の繋がりが主従の繋がりなのです。
――ところがヴァルゴサは、自分より下の弱い者たちを見下したい、その欲求を抑えられないあまり、自分可愛さに勝手な行動を取った。
『神火』のトップへ独断で接触したのです」
シューシュカの弁舌に、次第にユキセツの表情が変わっていく。
「富豪たちに事情を話せば反対されるかもしれない。
彼らは彼らで、ジャルバダールを手にするためにお金を払って来たのだから、今更『神火』の後ろ盾であるかつての大臣たちにへりくだるのは認めたくないかもしれない。
あるいはどこかへ情報を漏らしてしまうかもしれない。
もともと資金を持つ富豪たちは、今の傭兵を切り捨てようが、いくらでも受け入れられる先はあるのだから――ヴァルゴサの思考はこんなところでしょうか。
ゆえに、雇い主に隠し事をした。自分を優先し、金の契約を裏切り、雇い主に秘密を作ったのです」
ヴァルゴサの顔に脂汗が浮かぶ。
反論しようとしても出来ないのは、自分でさえ分かっていなかった本心を暴かれたせいだろう。
「……――さて、改めて今の光景を見ていただきましょう。
『ランゴ』はジャルバダールの力の優劣を測る唯一にして絶対の証。その数字がブラーとヴァルゴサの頭上に『7』と『14』で示されています。
互いの軍勢を代表する決闘において、そこに示されているものこそが全て。
――くどいようですが、ヴァルゴサのランゴは『14』。
ユキセツ、ジャルバダールを舞台にしたあなたの『勝負』で必要だったのは、ひとケタ台の戦士では?」
――バチン! と、シューシュカの弁舌が決まった気がした。
傭兵でありながら雇い主に隠し事をし、決闘の場では敵に負けた。
果たしてそんな男が、組織の力になると思うか? というのを実に論理的に説いて見せたのだ。
一番最初に「闇討ちならユキセツでも負けるかもしれない」と言ったのは、ヴァルゴサが裏切った場合を暗に示しておいたのだろう。
なんて頭の回るヤツだ。
この勝負──シューシュカの勝ちだ。
俺だって、こんな風に揺さぶられたらヴァルゴサの本性を知らなくても疑ってしまう。
しかもシューシュカの指摘は全て事実だから説得力が違う。
ここでユキセツがヴァルゴサを助ければ、神火としてヤツを認め、ランゴ的にも右腕にしなければならなくなる。
俺がユキセツの立場だったとしてもゴメンだ。
一瞬の間があり――
――しかしそれほど間を置かず、ユキセツは口を開いた。
「……ヴァルゴサ君。その男と戦ってくれないか」
俺は内心でガッツポーズを決めた。
「な、なんですって? ユキセツ様、アンタまさかこんな珍妙な女の与太話を……!」
「誰が珍妙か! 美しさに目がつぶれるでしょうに!」
ええい、余計なツッコミを入れるな。
せっかく誉めていたところなのに。
「ヴァルゴサ君。たしかに俺はそこの女の言い分を聞いた格好だ。だがそれ以上に、己の内面と対話したんだよ。
君は弱者を見下し、強者におもねる性質だ。金もあり、力もある俺に従わない手は無いだろう。
だが、例えば『神火』を、あの『バルゲア』や『イルシーク』が襲撃したらどうする? 君はお金の分、俺や組織を守ってくれるかい?」
「ぐっ……――それは……もちろん」
「間があったねぇ。無理しなくていい。俺は君の忠誠心じゃなく、行動力や戦闘力そのものに期待しているから。
だけどね、その行動力で彼らに上を行かれたんだ。ブトランテラを潰された。
だったら俺がもう一つ期待する、戦闘力くらいはしっかりとこの目で確かめさせてほしいんだよ」
シューシュカと同じく、ユキセツもまた理知的だった。
「なに、君がそこの男に勝てばいいだけの話さ。『ランゴ』もそろそろ限界が来ているだろう」
ユキセツは刀の柄でブラーを指した。
ヴァルゴサは低く唸り、先ほどブラーに削がれた自らの頬をヒタヒタと触る。
「ランゴ」が点滅している制限時間と、ユキセツへの説得、そしてブラーと戦うことのそれぞれを天秤に乗せているような顔つきだった。
「……承知しました。やってやりましょう、この男ていど」
ヴァルゴサは腹を決めたようにブラーに向き直った。闘志に応じて、ランゴの点滅が止まる。
自分が追い詰められているのが分からないほど愚かではないようだ。
さっきまで以上の気魄が伝わってくる。
「……話はついたか?」
ブラーがフッと息を吐いて再び構える。
「ああ、決闘の続きだ。お互い死ぬまで……だったな。後悔するなよ、三下」
ヴァルゴサは下卑た笑いを浮かべたが、しかしその挑発には乗らず、ブラーは一言だけ放った。
「では――闘拳のブラー、参る」




