第72話 「策謀対決」
「買収だと……!?」
ヴァルゴサは驚きに目を剥いた。
「そうさ。アンタの想像通り、クラッチマンやウルウェーテルをやったのは俺たちだ。――ま、正しく言やぁ、俺たちじゃねぇ。ブラーたちのボスがやった。たった一人でな」
「ひ、一人で数百人を相手に……? そんな馬鹿なことがあってたまるか!」
「それがあるんだなァ。アンタさっきから相手の強い弱いにこだわるけどよ、そんだけ弱い相手に威張り散らすってことは、逆に強者に対する畏れも相当なもんだろ。違うか?」
ラインデッドの言葉が図星だったのだろう、ヴァルゴサは言葉に詰まる。
まあどう言い繕ったところで、ヤツがランゴ「3」の持ち主である「絶炎のバルゲア」に恐怖を抱いていることは俺たち全員の知るところだ。
そしてヴァルゴサは、案外素直に認めた。
「……ああ、そうかもしれねぇな。弱きを踏みつけ、強きにへりくだる。それが上手い生き方だ」
「そうか、だとしたら気をつけな。うちのボスは――あの『絶炎のバルゲア』より強ぇぜ」
ラインデッドがヘラヘラした調子でそう言うと、一瞬空気がピリッ、と固まり――
――しかしすぐにヴァルゴサは肩を揺らして笑い始めた。
「へっ、へへっ。へははっ……馬鹿を言え! んなことあるわけねぇ! お前はあの男の……バルゲアの恐ろしさを知らねぇんだ。
ヤツの魔法は俺やウルウェーテルなんぞ問題にならねぇ。ティワカンヤやナヨカトルみてぇなジャルバダール正統のバケモンでもなきゃあヤツの上に立てるわけがねぇのさ!
……いや、純粋な戦闘じゃあナヨカトルでも勝てねぇかもな……。それこそ死んじまったピケトレヤ将軍でもない限り、手傷を負わずにバルゲアを倒すことなんざ不可能だろうよ」
バルゲアは魔法を使うのか。
それもヴァルゴサやウルウェーテルとはまた質が違うらしい。
またひとつ新しい情報が手に入った。
「……俺はヤツの強さを知っている。お前らの黒幕がバルゲア以上だって? かかっ、そんなら『3』のランゴでも見せてみやがれ!」
「ははっ、まあまあお前がよっぽどバルゲアを恐れてるのは分かった。それは置いとくとしてだ。とにかくブラーたちのボスは強ぇだけじゃなく頭もキレる。アンタを出し抜くために、ひっそりと裏でアンタの手下どもを買収したのよ」
このラインデッドの発言に反論したのは、いつしかオロオロとし始めたブトランテラの富豪どもだった。
「……ば、馬鹿を言うな! あいつらはワシらが雇っていたのだぞ!」
富豪の一人が、がなり立てる。
「ワシらよりも高い金を払えるヤツがどこにいるというのだ! この国で一番の金持ちであるワシらを差し置いて!」
それに対し、富豪よりも先に気付いたヴァルゴサが、独り言のように呻いた。
「そうか……しまった――まさかお前ら、クラッチマンやウルウェーテルの……――」
「……ほ? どういうことじゃ、ヴァルゴサ……」
「つまりコイツらは、俺たちの金で俺たちの兵を買収したってことさ……!」
ヴァルゴサの指摘に、ラインデッドはニヤリと笑った。
「――ご名答」
口元を歪めながら、ヴァルゴサは三人の富豪に説明する。
「……クラッチマンたちが襲撃されたとき、ハムマドやズーディン……俺たちの雇い主たちもほとんどがやられたってのは話しただろう? 俺たちが慌ててクラッチマンたちの住処だった宮殿や倉庫を調べたとき、すでにほとんどの財宝がごっそり奪われていた……」
「そ……その報告は受けたが、しかし……」
「……ああ。逃げ出したクラッチマンやウルウェーテルの部下たちがどさくさに紛れて持ち出したか、あるいは下手人が盗んだか……俺は両方の可能性を認めつつ後者だろうと睨んではいた。
だが、ブトランテラを動かす資金の半分にもなる莫大な資産だ。まず人目につかず持ち出すのは困難だろう。さらに持ち出せたところで、どんな組織であろうと、手に入れた資金は組織そのものを強化するために使うに決まってる。バラ巻きなんてありえねぇ。そうだろう?
そう思って油断してた。だが、だがコイツらは――」
ヴァルゴサの視線を受け、ラインデッドは煽るようにピューと口笛を吹いて手をぷらぷらさせた。
「――そう。ブラーたちのボスは、そっくりそのままアンタらの部下にくれちまったのさ。
ソファにふんぞり返ってるオッサンたち、アンタら、自分の手下にどんだけの金をやってたんだ? 定まった期間にまとめてあげたのか、成果を上げたヤツにだけ渡していたのか分からねぇが……その十倍以上にもなる金を約束されて、役目が終わりゃあこの狂った国から出られるってなったら、誰だって従ってくれたぜ」
ラインデッドはのほほんと言う。
まあ実際の内訳は、掻き集めた金の半分はゾゾルに渡し、残る半分のうち一割を手元に残し、後の九割をヴァルゴサの部下にくれてやったという感じだが。
「正直俺らも、勿体ねぇと思ったよ。そんだけの金をポーンと手放すなんてな。
アンタだってそうだろう、ヴァルゴサ。せっかく手に入れた金を……それも莫大な財産を、あろうことか敵勢力に流しちまうなんて考えらんねぇ。しかもその見返りときたら、『ヴァルゴサに呼び出されたら、それをきっかけに宮殿を飛び出して逃げるだけ』と来てる。それだけやったらお役御免だ。
俺だって同じ条件を出されたらアッサリ呑むだろうさ」
たしかに汗水垂らして掻き集めた資金を(といっても、そもそも盗品だが)、使ってしまうのは若干の抵抗があった。
あれだけの金があれば、ニュトやハマルたちにもっと良い服でも買ってやれたかもしれない。
それにせっかく金で買収しても、ヴァルゴサの下で奴隷売買に加担していたヤツなんてこちらに入団してほしくないから、一度命令を聞いてもらったらそれっきりである。
――でもまあ、俺の目的は金じゃないからな。
この国を変えるための足掛かりとしては、必要なことだった。
それに金で動く傭兵って職業はしがらみが無くていい。
二百人もいながら、交渉は一人につき五分も掛からなかった。
そもそもクラッチマンやウルウェーテルの件から、ブトランテラ自体に見切りを付けようとしているヤツが多かったしな。
ランゴがある以上、国外までは逃亡できないだろうが。
一応ヴァルゴサが一人のときにヤツの傍にいて、金だけ受け取ってヴァルゴサに密告しようなんてヤツがいないか見張ってはいたが、そんなことも一切なかった。
集団心理ってやつもある。
ヴァルゴサに呼び出されるまでは悩んでいたやつも、誰か一人でもここから逃げ出そうとすれば、皆がいっせいに走り出すのは仕方ないってもんだろう。
「器の違いだよ」
ラインデッドはヴァルゴサを見据えて言い放つ。
「ブラーたちのボスは目先の利益じゃねぇ。もっともっと遠いところを見てる。俺らとお前らの違いは、トップの差だ」
「ぐっ……ぐぐぐ……」
ヴァルゴサはなお歯を剥き出して悔しさに顔を歪める。
一見、これで勝負はついたように見えた。
だが、俺はまだ油断していなかった。
気になるのは、ほかにもまだ二百人くらいいるはずのヴァルゴサの部下たちが、結局この一週間を使っても見当たらなかったことだ。
クラッチマンのところに三百、ウルウェーテルのところにも三百の部下がいた。そっちはほぼ壊滅してしまったが。
そしてヴァルゴサには四百の部下がいたはずで、仕事で出払ってるヤツがいるとしても、二百人も人が減るのは異常な気がするのだ。
念のため、外にはゾゾルの部下が隠れていて、退路も確保してある。
「く……くく……まったくやられたもんだ。このヴァルゴサ様ともあろうものがよ」
ヤツは額に手を当て、溜め息を吐きながら首を振った。
小さな余裕が生じた。
そんな気がした。
俺は改めて息を潜める。
「相手を舐めてた。それは認めよう」
「おっ、おいヴァルゴサ……! どうするんだ、絶体絶命じゃないか!」
「お前が大丈夫だと言うから、ワシらは――」
三人の富豪どもがやいやい言い出すのを、ヴァルゴサは眼力ひとつで黙らせた。
「――安心しろ。ブトランテラに見切りをつけてたのは手下どもだけじゃねぇ」
……む?
どういうことだ?
俺だけでなく、ブラーやラインデッド、そしてシューシュカ、レモネット、レフティたち皆が眉をひそめる。
すると――ヴァルゴサは高らかに言い放った。
「ブトランテラは『神火』に身売りした! 今日は――そのトップに来てもらっている」
神火――だと?
思わず声が出そうになるのを慌てて押しとどめた。
不意にヴァルゴサの遥か後方、広間の奥から、一人の影が姿を現した。
「……やれやれ、待ちくたびれたね。もういいのかい?」
それは、ブラーと並ぶほどの長身の男だった。
長い黒髪を後ろで束ね、無精ひげの生えたアゴをボリボリと掻いて出てくる。
服装はジャルバダールによくある腰をベルトで縛った布のワンピースだが、手に持つ武器は見慣れないものだった。
いや、この世界では見慣れないが、以前の世界では様々なメディアで目にしたもの――
――それは日本刀のように見えた。
鞘があり、鍔がある。
曲刀ほどではないが緩いカーブを描いており、男はそれを腰帯に提げている。
そして男の頭には、ジャルバダールで五指に入る実力者であることを示す――「5」の数字が掲げられていた。
「『ユキセツ』様! どうぞこちらへ!」
ヴァルゴサが、さっきまでとは打って変わった猫撫で声で男を手招きする。
ユキセツはのんびりとした歩調で歩いてくる。
……強い。
彼の佇まいだけで、そう悟った。
あの男は、強い。ヴァルゴサはもちろん、ブラーやレモネットより。
ひょっとするとバスタークやブリガンディに並ぶくらいの実力があるかもしれない。
これは元々人を見るのが得意で、かつ透明人間になってから色々な人々を見てきた経験に基づく感覚だ。
そんな男が、なぜ一組織の幹部なんかに……。
いや、違うか。
強いからこそ、実力があるからこそ、ここなんだ。
ユキセツが所属する「神火」は、かつての大臣たちが後ろ盾となった組織。
つまりこの国で勝ち上がれば、ヤツはジャルバダールのトップにもなり得る。
ユキセツはジャルバダールの人間じゃないはずだ。
強者だからこそ、大いなる野心を持って、今のジャルバダールへと参戦したのだ。
ようやくヴァルゴサの余裕のある態度に説明がついた。
アイツが臆病であることを、もっと理解しておくべきだった。
俺が透明になってアイツを見張っていたこの一週間よりも以前に、ヴァルゴサはすでに神火へコンタクトを取っていたのだ。
おそらくは、ウルウェーテルがやられたときには、すでに。
自分が知らない何者かによって組織が襲撃されるという恐怖。
傭兵であるヴァルゴサに組織のトップとしてのプライドなどはなく、その恐怖を抱いた時点でアッサリと乗り換えることにしたのだろう。
目星をつけたのは「神火」だ。
妥当な線と言える。
国が欲しいというのに、国王軍や反乱軍などの王族へ身売りするのは意味が無い。
故ピケトレヤ将軍の名を冠した「ピケトレヤ」はトップのランゴが「8」と「9」で、ヴァルゴサより低い。
ヤツは自分より弱い者は頼りにしない。
俺だけじゃなく、ラインデッドやレモネット、そこにいた皆が顔を引き締めていた。
これがヤツの奥の手か。
正直――不利だ。
こちらも一応は手勢を用意しているが、それは戦闘というよりも逃走のためにフォローしてもらう人員だ。
それに今はこちらの方が大人数に見えるが、神火に身売りしたらしいブトランテラの残る二百人の手勢や、それ以上に神火そのものの人員などが隠れている可能性は高い。
高いというより、確実にいる。
全面戦争ならば確実にヤツらに軍配が上がるだろう。
ただし逆に言えば、ブトランテラは確実に消滅したのであり、その契機となったのが俺たちだということが神火という一大組織に期せずして知れ渡ったことは幸運でもある。
つまり見事この窮地を脱することさえ出来れば、体勢を立て直し、改めて名が売れた組織としてジャルバダールの王位争奪戦に名乗りを上げることが出来るのだ。
逃走か。
抵抗か。
決まっている。逃走だ。
だが――そこで意外にも局面を動かしたのは、ユキセツが登場してもなお、ヴァルゴサへの闘争心を燃やし続けるブラーだった。
彼は極めて冷静な口調で言い放った。
「……それで、何か状況が変わったのか?」




