第71話 「決闘が終われば戦いが始まる」
俺は目の前で繰り広げられている戦いが、どこか遠い場所で行われている出来事のように思えていた。
現実味が無いというか。
まるでアニメや漫画の世界のようである。
それくらい両者の攻防は激しく、ド派手で、手に汗握るものだった。
以前の世界では、格闘技中継なんかを見ていても、ガードガード、アンドガード、たまにちょこっとパンチ、っていうような感じで、ちっとも面白くなかった。
それで結局判定勝ち、みたいに勝敗が決まったりするのだ。
考えてみれば当たり前だ。
あれは“スポーツ”。
どちらも勝つためには必死なんだろうが、文字通りに命懸けなわけじゃない。
相手を殺すつもりでやっているわけじゃないし、自分が死ぬ覚悟でやってもいない。
だが目の前で行われているのは、まさしく殺し合い。
己の拳で、あるいは棍で、相手を殺すつもりの戦いだ。
俺は別に戦闘狂でもなんでもないけれど。
互いの覚悟が火花のように散る勝負というのは、こんなにも人を魅了するのだなと思った。
ひょっとしたらティワカンヤ王も、そうした目論見で国を変えたんだろうか。
いやいや、真剣勝負が見たいだけで国を作り変える馬鹿はいないか。
ヴァルゴサの棍がブラーの顔に迫る。
ブラーはそれをギリギリのところでかわす。棍が彼の頬をかすめ、大きく傾いた体から、ブラーはその動きを利用してカウンターのアッパーを繰り出す。
しかしヴァルゴサもさすが歴戦の猛者だ。大きくのけぞってブラーのアッパーをかわす。これもギリギリアゴをかすめる。
そして棍をくるりと片手で回転させると、その端で地面を突き、すぐに体勢を立て直して回し蹴りを放った。
ブラーはヴァルゴサの蹴りを肘で受ける。
多少ダメージがあったのだろう、若干ブラーの体がよろけ、すかさずそこへヴァルゴサは、ぶうんと棍を振り回して追撃を入れようとした。
だが、ブラーの気魄はすさまじかった。
棍に片手を添えるとそのままいなし、逆に棍を握って引っ張り、ヴァルゴサの体を引き寄せたのだ。
思わずヴァルゴサは前のめりになる。
その瞬間、ブラーの肘鉄がヴァルゴサの顔面にめり込んだ。
――おおっ!
「おおおっ!」
――と、思わず感嘆の声を自分が上げてしまったと思ったが、それはレモネットのものだった。
彼女だけでなくシューシュカやラインデッドたちも、ブラーの鮮やかな技に歓声を上げる。
そう。
力だけならヴァルゴサが上。おまけにブラーは武器というハンデまで背負っている。
だが二人には決定的に違うものがある。
それが、相手への執着心だ。
旅がらすの傭兵業だったヴァルゴサは、ブラーがロストグラフの王国兵であることなど知らないだろう。
いや、戦場のどこかで見かけたことはあったかもしれないが、ロストグラフの王国軍幹部は基本的にフルアーマーである。今のブラーと結びつけるのは難しい。
実際に、ヴァルゴサはブラーがただの戦士だと思っているはずだ。
もちろん自分に挑みかかり、さらにはブトランテラを半壊させた人物と関わりがあるという点で、ヴァルゴサにとって邪魔な相手ではある。
だが、それだけだ。
しかしブラーにとってはそうじゃない。
ヴァルゴサは自分を慕ってくれていた少年――愛弟子とでもいうべきか――マルコを、遊び半分に殺した仇である。
その意識には大きな差がある。
そして実力者同士での真剣勝負では、そんな意識の違いが大きく影響する。
俺はブラーを舐めていた。
今の彼は、確実に以前ヴァルゴサを相手にしたときより強いように思う。
これは想像だが、武器を持たない拳闘士は、武器を持つ者以上に相手の技を見極める術に長けているのではないだろうか。
一撃喰らえば致命傷になる彼らは、それをどうかわすか、防ぐかに神経を研ぎ澄ます。
つまりブラーは一度ヴァルゴサに負けた代わりに、ヤツの戦い方を学んだのだ。
意識の違いと、経験。
この二つによって、ブラーは確実にヴァルゴサを追い詰めていた。
(ひょっとしたら、俺が何かしなくても行けるかもしれない……!)
そんな風に期待を抱くほどには、ブラーはかなり優勢だった。
しかし。
――カッ!
「!?」
突然の発光に思わず目をつぶる。
バン、と同時に音が聞こえ、さらにボグッ、といった感じの鈍い音とブラーの呻き声が広間に響き渡った。
再び目を開けると、そこには膝をついたブラーと、彼に棍の先を突きつけるヴァルゴサの姿があった。
魔法を使ったのか――!
光と音、そして爆風。
ウルウェーテルのときは魔法を使われる前に倒したから、実際に見るのは初めてだ。
ウルウェーテルが使っていたらしい、実際にダメージのある魔法に比べ、ヴァルゴサのは目くらましでしかない。
だが、これは思った以上に使い勝手が良いらしい。
達人同士の戦いは、究極的にはどうやって相手の隙を突くかに収束する。
そういう意味で、これはとんでもない「第二の武器」だと言えるだろう。
一気に形勢が逆転する。
俺は奥歯を噛み締めた。
「くっくっく……じゅうぶん有利な戦いを楽しめたか? お遊びはここまでだ。学習しねぇなぁ、ブラー」
ヴァルゴサが自分の口元の血を手の甲で拭いながら、ニヤリと笑う。
「いくら俺の技を見切ろうと、魔法が使えるのと使えないのじゃあ、大きな差がある。見極めようとすればするほど、モロに魔法の光を受けちまうからな」
「ぐっ……」
どうやら腹に強烈な突きを喰らったらしいブラーは、ギョロリとした目でヴァルゴサを睨め上げた。
「くかかっ、いくら睨んだって無駄だ。お前は負けるんだ――」
そのときだった。
突如ブラーの体が素早く伸び上がり、片手でヴァルゴサの持つ棍を押さえ付け、目にも止まらぬ右ストレートを撃ち込んだ。
「なっ――!」
――ぞりっ!
直撃をかわせたのは、ひとえにヴァルゴサが傭兵として死線をくぐり抜けた経験の賜物だったろう。
だが鉄の籠手に覆われたブラーの拳は、ヴァルゴサの頬をかすめただけで、その頬肉をごっそりとえぐっていった。
「ぐほっ!」
慌ててヴァルゴサは後ろへ退がり、頬に手を添えると、ケガの程度を確かめた。
「ぐっ……ぐぐっ……なんだと……!」
血まみれの頬からは、少しだけ歯ぐきが覗いている。
顔の怪我は直接的なダメージよりも、精神的に堪えるだろう。
「ああ……お前の戦い方は実に効率的だ――」
フラリとボクシングの構えを取ったブラーは、低く呟いた。
「棍で間合いを作り、魔法で隙を作る……。だがそれは同時に、魔法を使ったときが攻めてくるときだと相手に知らせることでもある。
ならば対処法はひとつ――光と音で全身が硬直する瞬間、反射的にお前が打ち込みやすい箇所を作り、そこにガードを固める。
そして一撃を当てて安心したお前が、今度は油断して近付いた隙をこちらが突く……搦め手は得意じゃないがな」
「反射的に……だと? そんなことが……」
「出来るさ。何度も練習した」
そう言えばブラーは、しょっちゅうレモネットと特訓をしていた気がする。
あれはただなんとなく修行していたわけじゃなく、あくまでヴァルゴサに狙いを定めて行っていたのか……!
言葉にすれば簡単でも、実際にはそうそう出来ることじゃない。
「ぐっ……くく……くふぁふぁ……。なるほど、ブラー……てめぇ、なかなかのモンだな」
ヴァルゴサは上手く喋れない口の端から空気を漏らしながら、それでも不出来に笑った。
「俺はお前を殺すつもりで来ている。生半な覚悟じゃないさ」
「そうかそうか……ふぁはは。俺は弱い者をイジメるのが好きなんだ。強いヤツとは戦いたくねぇ……それが上手く生きていくコツさ。そうだろう?
『殺せる相手』はいい。だが『殺される可能性がある相手』はダメだ。だから――やれやれ。……お前とは急に戦いたくなくなった」
すると、ヴァルゴサの体から、スッと力が抜けた。
「……俺がやるのは、もうやめだ」
そう言ってヤツが手を上げると、どこに隠れていたのかというほど大量の手下どもがゾロゾロと現れた。
誰も彼もがジャルバダールの気候に則した布の服を纏い、手にはナイフや曲刀を持っている。
五十……百……――ニ百はいるな。
「かかか、相手の懐に飛び込んできて、まさか想像してなかったわけじゃねぇだろう?」
「……これは一対一の決闘じゃなかったのか?」
「決闘だったさ。お前の勝ちでいい。見ろ、頬がえぐれちまってる。これ以上お前とやる利はねぇ」
「それでもまだお前の方が強いはずだ」
「だろうな。だが面倒くせぇな。それにそっちのチビ女――」
ヴァルゴサはレモネットをアゴで示した。
「――お前、ブラーと同じかそれ以上に強いな?」
「……ふん。悪党らしく鼻は利くじゃないか」
レモネットは強気な口調で返す。
「やっぱりな。さっきからすげぇ目で俺を睨んでいやがる。ブラーと戦って手傷を負ったら、次はお前が掛かってくるつもりだったんだろう」
「アタシだけじゃないよ。ここにいる全員がお前を逃がすつもりはない」
レモネットがきっぱりと言い放つと、ヴァルゴサはおかしそうに手を打った。
「ははは、そうだろう、そうだろう。やはりクラッチマンやウルウェーテルは、お前たちがやったんだ。ブラー一人のワケがねぇ。大勢の仕業だった。
……どこの組織だ? その変わった身なりからするとスラムの連中か?
まあいい。ともかく俺に恨みを持った男が組織に入り、雪辱の機会を待った。そして組織を後ろ盾に、俺に再戦を挑んだ――そんなところだろう」
ヴァルゴサはブラーが自分に二度目の決闘を挑むまでのシナリオを思い描いた。
「ブラー、お前は例え俺に負けたとしても、後ろ盾になった組織の連中が代わりに戦ってくれると踏んだ。この宮殿へ来ることが罠と知っていながらノコノコやってきたのは、それほどまで俺に強い恨みがあったから。
もっとも心当たりが多過ぎて、俺にはどれのことが分からんがな……とにかく勝算はあった。
俺を倒し、手下どもから逃げる。後ろの連中さえいればそれも不可能じゃないと大博打に出たんだ。そうだろう?」
「……」
ブラーの拳が、ぐっと握られたように感じた。
「まったく、せっかくザコを相手に、思う存分暴力が振るえると思ったのに残念だ。お前らの狙いに乗っかる気は無ぇ。
かかか……こんなにアッサリ退くとは思わなかったか? 傭兵にゃプライドもクソも無いのよ。決闘の勝ち負けなんざどうでもいい。
さて――こっちはニ百人、お前らは五人。組織同士のぶつかり合いなら望むところだ。遁走のために何の策も無く来たわけじゃねぇだろう? お前らも次の手を出せよ」
「……決闘は終わりでいいんだな?」
ブラーがポツリ、と訊ねる。
「ああ、お前の勝ちさ。さっきも言っただろう」
「降参ということか」
「はは、そうまでして俺のランゴが欲しいのか? 馬鹿め、すぐに元に戻るというのに……――ああ、降参だ」
その瞬間、ブラーとヴァルゴサのランゴが入れ替わる。
ブラーの頭上に「7」の数字が踊った。
ついに俺たちはひとケタナンバーを手に入れたのだ。
「さて……お前たちの大将は降参だそうだが、どうする?」
ブラーはヴァルゴサの背後に現れたガラの悪そうなニ百人に声を投げた。
「かかっ、何をするかと思えば――『絶対順位令』で部下どもを勧誘しようとしてもダメさ。今の状況、どっちが不利だと思ってやがる? お前のランゴもすぐ俺のものに……」
と、しかしそのとき、ヴァルゴサにとって予想外のことが起きる。
ニ百人の傭兵がゾロゾロと歩き、こちら側へ――俺たちツキト団の側へやってきたのだ。
「……は? こ、こりゃ一体どういうことだ……? おいお前ら……」
初めて顔に動揺を浮かべたヴァルゴサがキョロキョロと首を振るが、傭兵たちは歩みを止めない。
「おいっ! それ以上行くんじゃねぇ!」
叫んでも喚いても、彼らの足は止まらない。
むしろそのスピードは、ヴァルゴサから逃げるように速くなる。
「このヴァルゴサ様の命令だぞ! あと一歩でも動いてみろ! 俺が殺してやる! いいか、これは命令だ!」
「止まる必要は無い。そのまま歩け」
ブラーのランゴがヴァルゴサより上である以上、ヴァルゴサの命令に背いたところで「魔女」による制裁は与えられない。
「クソが……止まれ……止まらねぇと……――!」
ヴァルゴサが手下を追い掛けようとしたところで、しかしブラーが立ち塞がった。
「どこへ行く? 決闘は終わったようだが、戦いはまだ終わっていないぞ」
「くっ……!」
そうこうするうちにヴァルゴサの部下たちはいっせいに走り出し――あっという間に鬼の御殿を飛び出し、そのまま走り去ってしまった。
「……クソ……クソが……! 一体なにが起きたっていうんだ……!」
唖然とするヴァルゴサに、笑いながら声を投げたのはラインデッドだった。
「ハハッ、あっという間に裏切られちまったなァ、大将」
長く伸ばした金髪に手を突っ込んでポリポリと頭を掻きながら、ラインデッドはヴァルゴサに歩み寄った。
「何が起きたか分からねぇって言ったな。ブラーに替わって、俺が教えてやろうじゃねぇか。――なぁに、全然難しいことじゃねぇ。アンタもちょいと頭をひねりゃあすぐに気づいたことさ」
そして彼は俺の計画通り、ヴァルゴサに理由を明かした。
「ブラーたちのツキトが――ヤツらを買収したんだよ」




