第70話 「ブラーとヴァルゴサの再戦」
クラッチマンの組織を壊滅させてから一週間。
ナンバーツーとスリーを失った「ブトランテラ」は一気に規模が半分以下になり、反乱軍や「神火」からも目を付けられるようになった。
それでもまだ大きな動きが無いのは、下手人の存在が明らかになっていないからだろう。
つまり、彼らは誰がクラッチマンらを倒したのか分かっていない。
大組織の連中の中には賢い奴もいるだろうから、「ひょっとするとブトランテラを独り占めするため、ヴァルゴサが誰かと手を組んだのでは……」などと勝手に裏を読んでくれる人もいるかもしれない。
そうでなくとも、名を上げることが出来るはずの功績を残して、未だに声明が無い「下手人」である。
その目的も分からないままに下手な動きは出来まいと、大組織の連中は考えているのだ。
だが、反乱軍や「神火」、あるいは国王軍も、いつまでも待ってくれるわけじゃない。
大組織であるほど伝達系統はのんびりだが、逆に動くときはトップダウンですぐに行動するものだ。
だから、そろそろ頃合いである。
ヴァルゴサを打倒し、ツキト団、およびツキト・ゾゾル連合軍の名を一気に広めるのだ。
すでにその下地を作る準備はしてもらっている。
昨日ブラーからヴァルゴサへと果たし状を送ってもらった。
初めて会ったときはどう見ても全治半年くらいの怪我だったブラーだが、脅威の回復力で体を治して見せた。
いよいよ再戦の時と意気込んでいるようだ。
本当は俺がヴァルゴサと戦い、ブラーにはとどめを任せるつもりだったのだが、彼は一人の戦士として戦いたいので手出し無用だと言って来た。
まあ無理も無いだろう。
これは彼にとっての雪辱戦であり、幼い友人であったマルコのための仇討ちでもあるのだ。
だが、正直厳しいとも思う。
正しくないとも。
いや正しくないと言い切ってしまうのは一方的な視点か。正しさの基準なんて存在しないんだから。
でも例えば誰かがニュトを傷つけたとして、その誰かがどうやっても敵わない相手だったら、俺は喜んで他人の手を借りるだろう。
あちこちに頭を下げまくって、ありとあらゆる手段を尽くして、ニュトを傷つけた誰かを徹底的に叩き潰すはずだ。
それが自分の手を汚さない、卑怯なやり方だったとしても。
一方的な視点というか、俺の視点からすればそれが正しい方法なのだ。
自分のプライドなんてどうでもいい。
ただただ、相手を地獄に落とす。
ブラーと俺の違いは、彼はプライドの高い戦士であり、俺は不意討ちが信条の透明人間だってことだ。
そもそもの戦い方や、立ち位置や、生い立ちから違うのだから、自分の正しさを押し付けるわけにはいかない。
それでも、やはり思う。
勝つことが全てだと。
ブラーがヴァルゴサに負ければ、彼が雪辱を果たせないだけではない。
俺たちツキト団やゾゾルたちにまで影響が及ぶのだ。
ブラーは前回も負けていながら、今回はさらに万全の体調ではない。
怪我が治ったとはいえ、休んでいた間になまった体ではベストコンディションとは言えないだろう。
だからブラーの気持ちは汲むけれど――
――いざとなれば、申し訳ないが彼のプライドを挫くことになるかもしれない。
その準備もまた整えている。
彼に怒られようが殴られようが、そこは一団をまとめる者として譲れないのである。
さて、とは言えブトランテラがあんな状況だから、ドタバタしていてあっちも決闘どころではないんじゃ……なんて思ってもいたのだが、ついさっきヴァルゴサから承知したとの返事が戻ってきた。
おそらくだが、今はヴァルゴサも気が立っており、疑心暗鬼に陥っているのかもしれない。
だから自分たちへ向けられる敵意にひどく敏感で、それらをしらみつぶしにして、クラッチマンらを倒した組織を見つけようとしているのだ。
もはやブトランテラはジャルバダールの新王を決める賞レースから脱落してしまい、戻ることは出来ない。
それでも悪党というのはしぶとく、しつこく、どうにかのし上がる道を探すものだ。
正義を気取る気は無いが、そろそろ悪党を駆逐するときだろう――。
***
決闘の舞台はヴァルゴサの本拠地にしてブトランテラの心臓、「鬼の御殿」にある大広間で行われることになった。
かなり広い。一般的な体育館くらいある。
実はすでに何度か忍び込んでいるから驚きは無いが。
天井は高く、全面が金ピカで、改めてあるところにはあるんだなぁと溜め息が出る。
大人が三人がかりで手を繋いでも届かないような太い柱が何本も天井まで伸び、天井からは巨大なランタンが百以上も吊るされて部屋を照らしている。
その全てに火が灯っているということは、あの天井を渡る無数の梁を毎日通って火をつけている使用人がいるということだ。
国を代表する富豪たちが道楽で建てたというに相応しい、実に悪趣味ながらうらやましい建物である。
今ここにいるのは、広間の中央にある円形の舞台に立つブラー、ヴァルゴサの二人。
それからこちら側の立会人として、シューシュカ、レモネット、ゾゾルの側近であるラインデッドとレフティの四人。
敵側の立会人……というか見物人として、ブトランテラの資金源の半数を占める大富豪三人。
あと、誰にも言わずこっそり透明になってここにいる俺、の合計十人である。
もちろん「鬼の御殿」は敵の縄張りだから、今は姿を見せていないヴァルゴサの部下も沢山いるだろう。
ちなみにクラッチマンやウルウェーテルのようにオモチャ代わりにしている奴隷もいるかと思ったが、これは潜入した際にすでに全員売り払われたことを確認済みである。
すでに出回った奴隷を取り戻すのは難しい。
この国自体を元通りにしない限りは。
舞台を挟んだ向こう側の金ピカソファにどっしり腰を据えた三人の富豪が、最近仲間たちが酷い目に遭ったというのに呑気な顔でふんぞり返っている。
「ほっほっほ。一体どんな見世物が見れるかのう」
「あっちの女子が出るのなら、ワシが出てやってもよいぞ」
「抱ける女なら腐るほどいるだろう、この助平が!」
「わはは、馳走ばかり食っておると珍味も興味が湧くのよ」
ずいぶんと余裕で品定めなんかしていやがるな。
お前らがシューシュカやレモネット、レフティに勝てると思っているのか。
ブラーの頭上にあるランゴは「14」である。
すなわちクラッチマンを倒したのは自分だと敵を挑発している格好だ。
それでいながら富豪たちに恐れが見えないのは、何か考えがあるからだろうか。
「レモちゃん、レフちゃん、今あのオヤジども、私たちを見て『珍味』って言いました? 言いましたよねぇ?」
シューシュカが憤慨している。
「まあ、アタシはどう見てもチビの子供だから、大人にとっちゃ珍味だろ」
と、レモネット。
「私も『狼人』だ。生粋の人間からすれば珍味だろうな。ヤツらが抱きたい女の頭数に入っているかすら怪しいところだが」
と、レフティ。
「なーに言ってんの、レフティちゃん。俺からしたらレフティちゃん以上にイイ女なんていないっつーの」
へらへらと笑みを浮かべるのはラインデッドだ。
「言ってろ、軽薄男」
「ツレないな~本心なのにぃ」
実は本当に本心である。
このことは俺と本人くらいしか知らないかもしれない。
透明化したまま仕事をしている際にたまたまラインデッドを見かけたことがあったのだが、そのとき彼の熱い視線はレフティに注がれていた。
いつ死ぬか分からないという仕事柄、想いを隠しているのか、単純に素直になれない性格なのか……はたまた狼人は同じ狼人しか相手にしない常識でもあるのか。
いずれにしろラインデッドが自分から想いを伝える気は無いようなので、俺も野暮なことはしない。
まあともかく、最初は俺を認めてくれなかった彼らも、今となっては頼もしいコンビだ。
「レモちゃんとレフちゃんは珍味かもしれないけど、私はどう見ても極上のご馳走でしょうに! でしょうに!」
「お、おう……」
「そうだな……」
デリカシーゼロのアホシューシュカめ。
しかしこういう彼女のむちゃくちゃな発言に対して、すでにレモネットたちはスルースキルを身に付けている。
「にしても連中、アタマの中までぜい肉が詰まってんのかねえ? いくら世間知らずの高枕とはいえ、クラッチマンとウルウェーテルを失ったってぇのにのんびりしやがって」
ラインデッドがぽつりと言う。
「たった一週間で奴らの状況が好転したとも思えない。単に鈍いだけではないか?」
「いや、ツキトは油断するなって言ってた。ツキトが後から駆けつけるまで、何が起きてもアタシたちで対処しなくちゃいけないんだ。気を緩めちゃダメだぞ」
レモネットの言葉に、ラインデッドとレフティもコクリと頷いた。
まあ俺はとっくにここにいるんだけども。
ワケあって今は姿をさらせない。
敵を騙すにはまず味方からってことで、悪く思うなよ、みんな。
「世界に線引きする力」でのリサーチには弱点がある。
結局この身はひとつしかないことだ。
実はこの一週間でヴァルゴサ、それにあの富豪三人も身辺調査をした。
しかし、いかんせん他にもやることがあり、忙しくて隅々まで調べることが出来なかった。
本来ならば一人にぴったりとくっついて何日も掛けて情報を集めるのが透明人間の戦い方だ。
ボドの秘密を暴けたのもそのおかげだ。
それをたった一週間で大人数を相手にやったから、懸念もある。
特にヴァルゴサは、クラッチマンやウルウェーテルのことがあったのに飄々としており、おそらくはこちらからアクションを起こす前に手を打ったであろうことが気に入らなかった。
奴らの背後を全て知るにはもっと時間を掛けるべきだったが、これ以上時間を掛けるのも他の組織のことを考えれば上手くない。
だからこのタイミングは最大の妥協点である。
いつだって完璧に準備できるなんてことは無い。
今回のように時間も無く、それでも勝負しなきゃならないときは来る。
大事なのは心構えだ。
それと出来る限りの対策。
相手がどうあれ、ペースを崩された方から負ける。
改めて視線を投げる。
舞台の上には二人の男。
ブラーとヴァルゴサ。
徒手格闘の達人であるブラーは鉄製のごつい手甲をつけ、ドレッドヘアーの赤髪を揺らしながらボクシングのような構えでヴァルゴサを睨んでいる。
頭上のランゴは「14」。
自分こそが下手人であることを示す挑発。
この数字を初めて目にしたとき、ヴァルゴサは飢えた獣のような鋭い眼光をギラつかせた。
もはや俺たちをタダで返す気は無いだろう。
ヴァルゴサは身長こそブラーほどではないものの肩幅が広く、元傭兵らしい体中の古傷が歴戦を物語っていた。
くすんだ緑色の髪は短く刈り込まれ、手には自身の身長の倍もありそうな棍が握られている。
頭上には恐るべき一ケタナンバー、「7」。
この国も大分長くなってきた俺である。
数字が少ないだけで背筋がヒヤリとする感覚は身に染みている。
両者見合っているが、この状況ですでにブラーはかなり不利だろう。
「剣道三倍段」なんて言葉がある。
素手で得物を持った相手と対等に戦うには、三倍の段位が必要だということだ。
そして剣術の場合でも槍術や薙刀術に対しては、さらに三倍の段位が必要と言われる。その違いはもちろん、得物の長さだ。
棒術は槍術や薙刀術と同等の長さである。
つまり徒手格闘と棒術というスタイルだけで、すでにブラーは九倍のハンデを負っているということになる。
クラッチマンとウルウェーテルを倒されて追い詰められているはずのヴァルゴサが、不敵な笑みを浮かべているのもやはり不気味である。
舌の奥がヒリつく。
「くはは……。まさか本当にノコノコとここまでやってくるとはな」
見た目よりも高く爽やかな声色でヴァルゴサが口を開いた。
「お前がクラッチマンたちをやったって? そいつぁ嘘だろう。ブラー……だったか? 憶えてるぞ、俺にみっともなく負けたヤローだな。お前ごときの腕前じゃあ、ヤツらを倒すことは出来ても、組織を壊滅させるには至るまい」
そこまで言うと、急に目つきが鋭くなる。
「――答えろ。お前の背後にいるのは誰だ? 俺たちに舐めた真似をしやがった黒幕は。俺たちが殺してぇのは、そいつなんだよ。お前みたいな三下じゃねぇ。そいつを出せば、お前の命だけは助けてやってもいい」
その声は高音ながら凄みがあった。
しかしブラーは静かにスッと右手を前に出し、ヴァルゴサを見据える。
「俺に勝ったら教えてやろう」
それ以上の言葉は二人の間にいらなかった。
戦いで勝った者が相手の要求を呑む。
皮肉にもそれは、まさに力こそが全てのジャルバダールを表す様相だった。
ツキト団とブトランテラの行く末を賭けた、最後の対決が始まる――。




