↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/100

第69話 「『泣いてないから』と、泣いて言う」

 その日の夜、ゾゾルに借りているアジトの隠し部屋へ向かった。


 この建物、元々はツキト団が四人だったときに貸してくれたものだが、その五倍は人が入れそうなほど広く、部屋も多い。


 変わった造りになっていて、入口は建物の左端にあり、そこからぐるぐると渦を巻くように廊下が続く。

 最終的には建物の真ん中に辿りつき、そこが倉庫になっている。


 そしてゾゾルの趣味なのか分からないが、アイツの本拠地同様に隠し部屋なんてものがある。

 倉庫の奥にタンスが並び、位置をずらすと扉が現れる。

 その先は天窓から太陽が差し込む明るくて広い大部屋だ。

 建物の外からは見えないが、しっかりと日光を採り入れられる場所である。


「あっ、ツキトさん!」


「ツキトさんだー!」


 隠し部屋に入ると子供たちが満面の笑顔で寄ってきた。


 どす、と体当たりするように抱きついてきたのはハマルである。


「ツキト兄ちゃん、聞いて聞いて! リリャがちょっとだけ笑うようになったんだよ!」


「おおっ! 本当か! やったな」


「ツキト兄ちゃんのおかげだよ。こんな広い場所で、美味しいものも食べさせてもらって……俺……」


 うっ、うっ、と泣きそうになるハマルの頭をポンポンと撫でてやる。

 会いに来るたび泣いているな。


「俺じゃないさ、リリャが頑張ったおかげだよ。きっと感情を外に出そうと心を奮わせているんだ」


 昨日までは一度もリリャの笑顔を見ることがなかったが、嬉しい報せである。良い傾向かもしれない。


「シャマロの具合はどうだ?」


「ツキトさん……この通り落ち着いてます」


 双子の姉妹の姉であるピヤが、自分の膝枕でぼんやり寝ているシャマロを見下ろす。


「そうか……。まだ時間がかかりそうだが、いつかきっと元通りになれる日が来る。焦らず行こう」


「はい」


 それから片足の無いテトレイ、両手の無いイジャヤ、リリャやシャマロと同じように心に傷を負ったウヤトラなど、みんなの顔を見て回る。

 ピヤの双子の妹であるパンヤや、顔に火傷跡のある姉弟、ルキャとクムルたちも他の子の世話をしている。


 ちなみにルキャとクムルは実際には血の繋がった姉弟じゃないらしく、孤児が生き抜くため、それぞれ孤独にならないよう姉弟の契りを結んだ者同士ということだった。

 スラムに育った孤児には珍しいことじゃないらしい。


 みんなが俺に声をかけ、抱きついてくる。

 狭い倉庫で、あるいは薄暗い地下室で苦しい思いをしてきた彼らが、今はそれなりに明るい場所で笑顔を見せている。

 こんなにも嬉しいことは無いだろう。


 今、この隠し部屋には十人の子供がいる。

 ウルウェーテルやクラッチマンに囚われていた子たちだ。



 ウルウェーテルの「魔光」によってトラウマを植えられた少年、ハマル。


 その妹で、心に深い傷を負わされてしまったリリャ。


 ハマルたちと同じ倉庫に閉じ込められていた双子の姉妹、ピヤとパンヤ。


 同じくハマルたちの倉庫にいた中で最年少のシャマロ。彼女は完全に心を壊されてしまった。


 それから最年長の少年、ウヤトラ。彼もウルウェーテルによってトラウマを植えられた。


 クラッチマンの方にいたのは、まず片足の無い少女テトレイ。女の子たち全員の中でも最年長の十一歳だ。

 残る片足に「クラッチマン」と名を刻まれており、非常に痛ましい。


 両手の無い少年イジャヤ。

 彼は額にクラッチマンの名を彫られている。

 彼とテトレイの傷が完全に消えるかは難しいところだろう。


 そして顔に大きな火傷痕がある姉弟、ルキャとクムル。

 火傷痕の上に名を彫られるという残酷なことをされている。

 すでに組織が死んだ部分をさらにえぐられれば、これは回復の見込みはほぼゼロだろう。



 すぐにでも彼らを元いたところへ帰してやりたいのだが、ヴァルゴサを倒すまでは匿った方がいいと判断した。

 ハマルたちはテトレイらの顔を知っていた。

 話によると、ヴァルゴサどもは子供たちをさらったあと一堂に集め、それから誰が引き取るかを決めたらしい。

 つまりウルウェーテルやクラッチマンのところにいた彼らの顔を、ヴァルゴサも憶えている可能性がある。

 みんなを外へ出して、もしもヴァルゴサに捕まり拷問に掛けられでもしたら最悪だ。


 そういうわけで、ヴァルゴサを倒すまでは預かることにしたのだ。


 ちなみにハマルとリリャ、テトレイ、ルキャとクムルには親がいないため、ヴァルゴサを無事に倒せたらゾゾルのところで面倒を見てもらうことになっている。

 このアジトを使わせてもらったり、子供たちへの食事などを調達してもらったり、さらにはその後の面倒まで見てもらおうということだが、ゾゾルは二つ返事で了承してくれた。


 もちろんゾゾルも組織のトップだ。

 スラムの顔役をやっているため特に孤児には優しいとはいえ、簡単に何人もの増員を引き受けるのは金銭的にも難しいだろう。

 それでも子供のためか、俺への敬意なのか、「任せてくだせぇ」と言ってくれた。


 その見返りとして――俺は「虎の御殿」と「大倉庫」から拝借してきた富豪たちの財産――金銀財宝や反物、宝石などを、ゾゾルにたんまりと渡してやった。

 元から渡す気だったのだが、ゾゾルを試すような意地悪をしてしまった。


 金(かね)は力だ。


 必ず使う機会はあるだろうと、ウルウェーテルのところでは敵が全員床に崩れているときにあちこちの部屋を漁り、クラッチマンのところでは時間があるときにコツコツと回らせてもらった。

 そして素人目にも価値がありそうなあれこれを、ごっそり持ち帰ったのだ。


 重かったが、荷物の姿もガチャガチャ鳴る音も消せるから、誰かに怪しまれるようなことは無い。

 もっとも移動するときは深夜だったので、そもそも人目が無かったが。

 何回か往復して持ち帰り、それらを隠した。


 そしてその半分をゾゾルに渡してやったのだ。


 ジャルバダールを動かしてきた商人たちの上位層である。

 傭兵は金で動く。

 つまり富豪どもには、何百人もの傭兵たちを長く仕えさせるだけの財力があったということだ。


 全てを集めるのはさすがに無理だったが、持ってきた分だけでも相当な価値になっただろう。


 もっとも今のジャルバダールじゃ、金に以前ほどの価値は無い。

 まず人数が前の十分の一ほどだし、食糧や武器といった絶対に必要なもの以外――例えばサービス業のような産業は「絶対順位令」によってほぼ壊滅状態だ。


 もちろん各組織が縄張り争いをしているために、傘下にある店や農家は経営出来ている。

 暗黙の持ちつ持たれつで縄張りを超えての商売だって許されている。

 それでも市場価格は高騰し、銅貨一枚で買えていたパンが今じゃ十枚は必要らしい。

 日本において百円の価値が十円まで暴落したと考えるとすさまじいインフレだろう。


 金は国家が発行している。ジャルバダールもそうだし、ロストグラフもそうだった。

 つまりそれほど、この国への信頼が薄れているということだ。

 当たり前と言えば当たり前だが。


 しかし――不思議なことに、金は人を惑わす。

 ジャルバダールが暴走してから二年経つというのに、多くの人々は未だに金の価値を信じて疑わない。

 物が高くなっていることは分かっていても、その印象が金の価値と直結していない。


 ようするに、ジャルバダールの長い歴史が国民に夢を見せているのだ。

 今は力こそが全ての暴走国家だ。

 けれど、いつかきっと――近いうちに、元通りになるはず。

 そのとき再び金が価値を取り戻すのだと、信じて疑わない。

 だからこそ「金」は今も彼らの中心にあり、傭兵は以前と同じ月給で雇われ、富豪が「ランゴ」を超えて組織のトップに立ったり出来る。

 金銀宝石も高い価格で買い取ってもらえるのだ。

 それがいつまで続くかは怪しいところだが。


 そんなわけで、金には未だに力がある。

 財宝をジャルバダールで換金するより、後々他国に運び込んだ方がいいかもしれないが、まあとにかく財産は腐らない。

 国が解放されれば交易も再開するだろう。



 最初ゾゾルは恐縮して「うちで預かるのはたった五人でしょう。これじゃその百倍以上を養えまさぁ」と断ろうとしていたが、親元へ戻るピヤたちや、他にもスラムで苦しんでいる子供たちのために使ってもらうということで首を縦に振らせた。


 まったく人がいい奴だ。

 自分で「悪党」とは言うが、正義と悪は立ち位置の問題でしかないというのは正論だ。


 ついでにその金で、ここのアジトの隠れ家も充実させてもらったのだ。

 一人ひとりの枕や毛布もあるし、子供のオモチャみたいなものもある。


 こうして、将来を見据えた上で子供たちを匿える、まさに児童園といった場所が出来たわけだ。


 ウヤトラたちはすぐ親元へ帰ることになるかもしれないが、それまでの時間、少しでも楽しんでほしいものだ。



 改めて子供たちを見る。


 ハマルとリリャはジャルバダール人らしい黒髪とやや浅黒い肌。


 同じくウヤトラとシャマロも黒髪だが、シャマロは肌が雪のように白い。


 ピヤとパンヤの双子の姉妹は、肌は浅黒いが、髪は栗色のような甘い茶色である。

 長い髪をサイドテールにしているのが姉のピヤ、耳の下で二つおさげにしているのが妹のパンヤだ。


 テトレイは。ブリガンディほど鮮やかではないが、日に当たると赤く光る髪の色をしている。

 横に膨らんだセミロングヘアが少しだけお姉さんっぽい。


 イジャヤはジャルバダールでは珍しい金髪と白い肌である。

 顔も女の子のように線が細く、聞けば母親が雪国出身だという。


 ルキャとクムルの姉弟はハマルたち同様に純粋なジャルバダール人で、黒い癖毛と浅黒い肌だ。



 それぞれがこの国に生まれ、育ったばかりに狂った大人たちの暴走に巻き込まれてしまった、不幸な子たちだ。

 しかし誰もが辛い思いをしてきたはずなのに、今もこうして精一杯生きようとしている。

 「児童園」とは俺が勝手に頭に浮かべたこの隠し部屋の通称だが、まさに子供たちの園(その)として互いを助け合って過ごしてほしい。


 そして俺は――ここまで関わってしまったのなら、最後まで面倒を見るべきだという責任感も覚えている。



 まずリリャ、ウヤトラ、そしてシャマロの三人。


 彼女たちはウルウェーテルの魔法によって心を傷つけられてしまった。

 特にシャマロは、どれだけ呼び掛けても言葉を返したりはしない。


 この世界には精神科医というものはいない。


 ならば……同じく魔法によって(・・・・・・)回復させたりは出来ないだろうか。


 毒は薬にもなる。

 魔法が魔素に影響するものなら、人を傷つけるのと逆に癒すことは出来ないだろうか、と。


 そしてテトレイ、イジャヤ、ルキャ、クムルの四人。


 彼女たちの体に直接刻まれた「クラッチマン」の文字。

 いつまでも残るであろうそれは、彼女たちから恐ろしい記憶を消してくれない。


 これも地球の最先端の医学ならばともかく、ここの医療技術では期待できない。

 ならば地球とは違う可能性、魔法によって回復させられないだろうか。



 「魔法国家アンプルシア」――。



 もともとジャルバダールを無事に抜け出せたら次に向かう予定だったが、訪れる理由が一つ増えた。


 いや、そもそもこの世界の秘密に迫るのならば、魔素と大きく繋がる「魔法」というものはいずれしっかりと学ぶべきだったのだ。


 あのファンダリンですら深く知ることが出来なかった「魔法」……。

 俺は内心で溜め息をつく。


 旅をすれば魔女以外のしがらみも当然出てくると思ったが、これは想像以上に厄介な旅路になりそうである。


 もちろん、まずはこの国から出るのが先だけど。




「あ、あの……ツキトさんっ……」


 くいと服の裾を引っ張られ、うん? と下を向くと、片足で立つテトレイの茶色の瞳にぶつかった。


「これ……ツキトさんのために、みんなでつくりました」


 おずおずと緊張した面持ちで彼女が差し出してきたのは、小さな輪っかがいくつもくっついたネックレスのようなアクセサリーだった。

 一つひとつの輪っかに文字が彫ってあり――日本語ではないが、それぞれの名前だと読める――どうやら細い銅を曲げて作ったものらしい。


「すごいな……これ、もらっていいのか?」


「は、はいっ。もらってくれたら嬉しいです」


 思わず目頭がじわっと熱くなる。


 全部で十個の輪。

 本当に全員の名前が彫ってある。


 両手の無いイジャヤは誰か別の子が彫ったのかと思ったら、道具を口でくわえて削ったらしい。

 リリャやシャマロはハマルたちが彼女らの小さな手に手を重ね、彫ってあげたのだ。


 もう、なんというか。


 感無量とはこのことを言うんだろう。


 この手を血で汚すことに複雑な思いを抱いて戦ってきたが、それで良かったと今は思える。


 いや、これは本当すごい。

 宝物だ。


 誕生日会さえ開いてもらったことのなかった俺が、誰かにプレゼントをもらえる日が来るなんて。


「あー、ツキトさん、肩が震えてるー」


「ほんとだー!」


「泣いてるのー?」


 子供たちが寄ってくる。


「い、いや、泣いてないから」


 嘘。めっちゃ泣いてる。


「……ありがとな、みんな。すごく嬉しい。一生大事にするよ」



「あはは、やったー」


「ツキト兄ちゃん喜んでくれたー!」


「がんばって作ってよかったね!」


 俺は全員の頭を一人ずつ撫でた。

 そのたびに彼らは、彼女らは、くしゃくしゃと飛び切りの笑顔を見せてくれた。

 リリャやシャマロも、ぼうっとしながらも素直に撫でさせてくれた。


 そして独り思う。


 みんなの柔らかな髪や小さな頭が愛おしく思えるのと同時に――


 ――この「ランゴ」というものが、ずいぶん煩わしいな、と。


 ランゴは触れてもホログラムのように透ける。

 それでも必ず目に入るので、「絶対順位令」という歪んだ法からは決して逃れられないと言われている気がするのだ。


 このふざけたシステムを、どうにかして変えてやりたい。


 みんなのためにも頑張らなければ。


 魔女だけじゃない。

 この国に生きる人々のため――俺に出来る限りのことをやるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
いい回だった。 本当に、あの修羅の道を選んだ甲斐が本当にあったというものですね。 よかった、ツキト(/_;)
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。