第68話 「ニュトエネルギーを充填せよ」
俺はすごく疲れていた。
そりゃもうとーんでもなく疲れていた。
だから約束通りウルウェーテルとクラッチマンを倒し、さらに組織も半壊させたことを知ったゾゾルたちが賛辞の声を上げても、ろくにドヤ顔をすることさえ出来なかった。
「――ツキトさん。いや、ツキトのダンナ。アンタすげぇよ。最高だ。俺ぁ無礼の責任を取って、アンタに殺されたっていい!」
「うん」
「こんな土下座なんかで許してもらえるなんて思っちゃいねぇが、心底見直した。いや、ゾゾルのダンナの次くらいに惚れた!」
「うん」
「頼む! このラインデッドに出来ることなら何だってやる! 早速命じちゃくれねぇかい、ダンナの頭上に燦然と輝く『14』のランゴをもって――」
「考えとく」
「ですかい!」
パッと顔を輝かせたラインデッドは、ニコニコと少年のように笑った。
相変わらず上半身裸にゴテゴテとしたタトゥーは凄みがあるが、その容貌とはちぐはぐな笑顔だった。
「……ツキト殿。私も先だっての無礼、どうかご容赦いただきたい」
ゾゾルを挟み、ラインデッドの逆側で膝をつく狼人の女戦士が顔を上げる。
「うん」
「あろうことかこのレフティ、ツキト殿を詐欺師だのと何だのと……詐欺でブトランテラを半壊出来るのなら、傭兵など飯の食い上げです」
「はあ」
「今後は身を粉にしてツキト殿たちに尽くす所存です。なにとぞ、ご命令を!」
「……考えとく」
「承知!」
やっぱり似ているよなぁ、この二人……と、ぼんやり考えながら適当に返事する。
テンションは正反対だが、何というか会話のテンポとかノリみたいなものが……。
真ん中のゾゾルがグハハハ、と豪快に笑った。
「だから俺様の言った通りだろがい! ツキトさんに不可能は無ぇってなぁ!」
言ってねーだろ。
「――さあさあ、ツキトさんもお疲れのご様子だ。俺様たちは一旦帰るとしようじゃねぇか。ヴァルゴサに関する相談は、また話し合いの席を設けるってことで……そんでは失礼しやす」
腰を上げると、まだ後ろ髪引かれる風な側近二人を伴って部屋を出て行った。
スラムにあるアジトだからゾゾルも安心しているんだろうが……アイツ最近、しょっちゅう外出するようになったな。
暗い部屋で少女たちに着せ替えごっこをしていたキモ男はどこへ行ったんだ。
まあ今も手首にフリルのついた腕輪をしていた辺り、色々と良い方向へ変わっているみたいだが……。
「ツキト団とゾゾル団の第二回合同会議――いつにしましょうねぇ?」
ぽわっと尋ねるシューシュカに、「さあ」とぼんやり返事する。
「あらら……これは本格的にお疲れですねぇ~。さもありなんといったところですが……」
「今やジャルバダール中がひっくり返ったような大騒ぎだからな。『反乱軍』や『神火』はもちろん、国王軍までもが事態の調査に当たっている。その原因をたった一人で作ったというのだから、これで疲労の色すら見えなかったらもはや超人だろう。今ならばあのバスターク将軍に勝利したというのも信じられる」
ブラーがそう言うと、レモネットが継ぐ。
「でもよぉ、いつまでもフニャフニャじゃ困るぜ。まだヴァルゴサもいるのに、指揮官がこれじゃあよ。デカいことしでかす割にそうは見えない辺り、全くツキトは変わってるよ。二重人格とかじゃないだろうな」
「にゅっふっふ。上官がお疲れならば、それを癒して差し上げるのも部下のつとめというもの。――レモちゃん、このシューシュカちゃんと一緒にご主人様をめくるめく癒しの光で包んであげようじゃありませんか!」
声がでかい。
「ええ……ぐ、具体的には何をするんだよ……」
「おやおやぁ、お顔が赤いですねぇ、レモちゃん。にゅふふ、それはもちろんこうやって――」
――ぐい、と、シューシュカが俺の頭をつかんで自分の胸元へ寄せた。
それなりに発育した胸がぷにぷにと頬に当たる。
「なっ、なななな――何してんだおまっ……!」
「にゅふふ、真っ赤ですわよレモちゃん。何してんだも何も、癒しですわよ、い・や・し。
いつもシューシュカちゃんに魅了されないご主人様を、少し憎らしく感じていたのですわ。疲れているのをいいことに、こうして普段なら引かれるくらいのスキンシップを思う存分してあげましょう!」
「……それ目的変わってないか……?」
「そ~れそ~れ、どうですかぁ。シューシュカちゃんにメロメロですわねぇ~?」
「……無」
「む……むむ無っ? むかぁ~っ! そ、それならこれでどうです! ほらほら!」
シューシュカはさらにぐいぐいと胸を押し付けてくる。
頭を撫で回し、ついでにほっぺをすりすりとすりつける。
「おい、いい加減やめてやれよ……ツキトが困ってるだろ」
「やめてやらんです! 女としての魅力ゼロみたいに思われて悔しくないの、レモちゃん!? あなたもやるんですのよ!」
ぐいっ、とシューシュカに手を引かれ、無理やりレモネットも俺の方へ引き寄せられた。
大きいわけではないが、たしかに存在を感じる小ぶりな胸がほっぺたに、ふにん、と当たった。
「……っ」
「あ! 今! 今ちょっと反応しましたわ! ほらほら!」
再びシューシュカのぷにぷに攻撃。
「……無」
「な……なんでアタシがこんなこと……」
そうぼやきながらも労わろうとしてくれるのか、レモネットもぎゅっと抱きしめてくれる。
「……っ!」
ぷにぷに。
「……無」
ふにん。
「……っ!」
ぺちん、と頭を叩かれた。
「露骨にレモちゃんばかり反応してますわね! 腹立つー! このっ! このっ! シューシュカ様の魅力が分からない愚かな男は死ね! 死ねっ!」
べちん、べちんと容赦なく叩く。
痛い。
「お、おいおい何してるんだシューシュカ、ツキトが可哀想だろ、やめてやれよ」
そう言ってくれるのはありがたいのだが、シューシュカから遠ざけようとしてレモネットが俺の頭を自分の方へぐいぐい引っ張るもんだから首が痛い。
「死ね! アホ! アホツキト! 誰がてめーの部下なんてやってやるかですわー!」
「こらこら、やめろって」
二人の応酬が繰り広げられる真ん中で、されるがままの俺。
ブラーへ助け舟を寄越すよう視線を向けるが、いつしか姿を消していた。
薄情者め……。
――と、しかしそれからすぐブラーが再び姿を現す。
彼はこの場を取りなすのに最も相応しい人物を連れてきてくれたのだ。
「ちゅきとー」
「に……ニュトぉ……!」
柔らかなブロンドをふわふわと揺らし、彼女は満面の笑顔で、ててっ、と駆け寄ってくる。
思えばこの数日間、あまりの忙しさにほとんどニュトの顔を見ることが出来ていなかった。
「ちゅきとっ」
彼女はぺちぺち叩くシューシュカと首を引っ張るレモネットに挟まれた俺の胸に、まっすぐに飛び込む。
それから二人に対し、「めー」と言った。
あまりに可愛らしいので子ヤギの真似かな? なんて思ったのだが、違ったようだ。
「シューおねえちゃん、レモおねえちゃん、めー。ちゅきとがいたがってるよ」
怒ったり、叱ったりするような感じじゃなく。
あくまで俺を心配しているだけの、困った顔。潤んだ目。
こんな目で見られてしまえば、二人の大人も俺から離れるしかない。
「――わ、悪い、ツキト……ニュト。つい力が入っちまってた」
「むぅ……ニュトちゃんに言われたら許すしかありませんわね。ご主人様、次からはもっと私にメロメロになるように!」
「あー」
シューシュカが相変わらず馬鹿を言っていても、もう俺には聞こえない。
補充しなければならないのだ。
そう、ニュトエネルギーが不足している。
「あー、うー……に、ニュトぉ……!」
ニュトを抱きしめると、懐かしい香りに包まれる。
なんだろう。
きっと天国からお迎えが来るときって、こんな風に天使が優しく包み込んで「頑張って生きましたね」なんて言ってくれるんじゃないだろうか。
シューシュカとレモネットは溜め息をついて言う。
「はぁ~あ、結局私たちではニュトちゃんに敵わないんですわねぇ」
「まあずっと二人でここまで来たって言ってたしな……。邪魔者は出て行ってやるか」
シューシュカとレモネットが部屋から出て行くのを横目に見やると、ブラーがコクリ、と頷くのが見えた。
感謝するぜ、ブラー。薄情者なんて言って悪かった。
最高に良い仕事をしてくれた。
ああ……それにしても、本当に疲れてたんだな。
ウルウェーテルやクラッチマン、その背後にいる富豪たちや手下ども。
ヤツらを容赦なく叩き潰すのは絶対に必要なことだったし、二度と罪もない子供たちに手を出させないためにも後悔は無い。
そのため非情にならざるをえなかったのは、仕方のないことだ。
だが、それでも――やはり平和ボケしていた日本で育った俺は、血と臓物にまみれた戦いというものに心を削られていたのだ。
人を傷つけるときは、色々な要素が絡みつく。
相手が悪党の場合は、例えば怒り、憎悪、嫌悪、戦いの好機、慎重さ、用心深さ、一心不乱、それに恐怖、奮起――他にも色々。
感情が働くのには大なり小なりのエネルギーを必要とする。
脳がパルス伝達をタダでやってくれるわけないから科学的にも当然だ。
この世界じゃどういう仕組みか知らないが。
だからどうやったって疲れる。
疲れるったらつかれるのだ。
……。
段々と。
エネルギーが充填されて……
体中にパワーが溢れ出して――
――充填完了!
俺はカッ、と目を覚ます。
「ふわっ!?」
びっくりするニュトの頭を撫で、それからゆっくりと体を離す。
「ちゅ、ちゅきと……」
「ありがとう、ニュト。カンペキだ。これでまた頑張れる。さて、これから先のことだったな。まず――金を使うか。たんまりある金をな」
ニュトエネルギーの力たるや。
こんな腑抜けた男ですら一瞬でシャキッとしてしまうのだから驚きだ。
さあ、待っていろヴァルゴサ!




