第67話 「ゴーストリベンジ・後編」
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おかしなことが立て続けに起きやがる。
何がどうなってんのかまるで分からねぇ。
一昨日、手下が十人消えた。
昨日も二人、今日は四人いなくなった。
「幽霊」なんぞいるわけがねぇ。
「幽霊」のしわざであってたまるか。
だとすればアイツら――逃げたんだ。そうに違いねぇ。
他に納得のいく理由がつかねぇ。
敵がアイツらを襲ったはずもねぇ。
だったら死体をわざわざ片付けたりするわけねぇ。
きっとウルウェーテルが襲われたから、びびって逃げやがったんだ。
どいつもこいつも臆病者だ。
おかしなことと言やぁ、「血」のイタズラだってそうだ。
一昨日から俺の行く先々に点々と血がこぼれていやがる。
昨日なんて、風呂の湯が、あ、赤く染まっていた……。
こんなことが出来るのは拠点にいる連中以外にいねぇ……!
なんでそんなふざけた真似をしやがる。
俺を舐めてんのか。
俺がびびってると思ってんのか。
くそ、弱ぇくせにふざけんじゃねぇ。
俺が怖ぇからコッソリ隠れてやってやがる。
次に何かあったら、手下だろうが許さねぇ。
臆病者め。
臆病者どもめ……。
***
「うごおおおおおっ!?」
ガバッ、と――飛び起きると、ぜえぜえ息を吐く。
……くそ、まただ。
また悪夢を見ちまった。
ふわふわした光が揺れて、それが近付くと首を絞められて……
暗い。
夕方ごろに部屋に引っ込んだのに、いつの間にか夜中になってやがる。
なんでこんなに寒いんだ。
窓が開いてるじゃねぇか。
また手下の誰かのイタズラか?
ウルウェーテルのゴタゴタで大変なときにいい加減にしろ。
ぶっ殺してやる。
服がべっとりと肌にはりついて気持ち悪ィ。
左目がうずく――。
(ぉぉぉぉぉぉぉぉ……)
――!?
な……なんだ、今の声は。
部屋を見渡すが――何もいねぇ。
だが、確かに誰かの声がした。
か細く、震えるような声が……。
誰かが入り込んだのか?
誰かが窓を開けやがったから?
馬鹿な。ドアも窓も内側から鍵がかかってる。普通の人間に開けられるはずが……――
……――普通の人間には……?
……じゃあ、例えば死んだ人間の魂なら……
くそ、足が震えやがる。
なんだ。
なんなんだよ。
馬鹿らしい。
幽霊が復讐なんぞありえない。
じゃあ誰だ
誰のしわざだ。
そいつの名を教えろ。俺が殺してやる。
そうだ、とにかく窓を閉じるんだ。
誰も入ってこれねぇように。
俺はクラッチマン様だ。
強ぇから弱ぇヤツを虐げられる。
俺の奴隷を見ろ。
ちゃんと俺の名前が入ってる。
強ぇから人間をオモチャに出来るんだ。
さあ誰だか知らんが許さねぇぞ。
おかしなことが起きてる原因を、それを仕組んだヤツの名前を、俺は――
――外は晴れていた。
雲の向こうでぼんやりと月が光ってる。
窓を閉めようとして――
――俺の腕が、何か赤く濡れているのが目に入った。
そこには、まるで血で文字を書いたように――
――「ク ラ ッ チ マ ン」。
「うがああああああああああっ!」
走る。
走る。
俺の戦斧を取る。
部屋を飛び出す。
「オイっ! オイ、クソやろうども! 起きやがれっ! ここへ来やがれっ!」
誰のしわざか分からねぇなら、その体に聞いてやる!
幽霊なんていねぇ!
い、い、いいいいるはずが――ねぇ!
***
部屋を飛び出したクラッチマンを、俺は落ち着いて眺めていた。
想像以上の効果で驚いた。
まあホラー映画とか見たあとって、その内容以上の怖い想像をするからな。
恐怖は恐怖を呼び、膨らませ続ける。
映画ならいつかエンディングが来るが、現実じゃそうはいかない。
ひょい、と階下を見下ろすと、ずいぶんな修羅場が展開していた。
「どいつだ! 俺の腕にふざけた真似をしやがったのはどいつだ! お前か!? ええ、お前か!?」
すでにゴシゴシと消そうとした跡があるが、その右腕を見せてクラッチマンが吠える。
しかし当然、誰も名乗り出ない。
そりゃそうだ、俺がやったんだから。
すると――ヤツは暴挙に出る。
「……そうか、誰も名乗らねぇならしょうがねぇ。一人ひとり体に聞いてやる。馬鹿にしやがって……!」
そして片手に持った戦斧を振りかぶり――傍にいた二、三人をまとめてぶった切った。
「ぎひっ」
「うぎゃあ!」
「ぐげえ!」
うわっ。
まさか……あそこまでやるとは。
臆病なヤツが力を持つと恐ろしいな。
「さあどうだ! てめぇらもこうなりたくなきゃ、さっさと名乗りやがれ! 見ろ、俺の『14』のランゴを! 言うこと聞かねぇヤツはこの通りよ! 俺の部屋に血を垂らしたり、変な声を上げたり、妙なイタズラしやがって! てめぇらの誰かしかいねぇんだ! 幽霊がやったとでも言うのか、オォイ!?」
ぶんぶんと戦斧を振るクラッチマンに、いよいよ手下どもは顔を見合わせる。
そして誰かがこう言った。
「ま、待ってくれよクラッチマンさん……! 状況は掴めねぇが、この倉庫にいるのは俺たちだけじゃねぇ! ほら、富豪の連中がいるでしょう! 俺たちゃアンタの手下だ、馬鹿なマネするわけねぇ。だけど連中は自分たちが雇い主だって俺たちを見下してやがるから、イタズラしてもおかしかねぇ!」
よく分からない理屈だったが、そこにいた百数十人もの男たちは「そうだそうだ!」と喚きたてた。
とにかく自分たちから矛先を逸らしたかったらしい。パニック現象の一種というか……。
その雇い主がクラッチマンに殺されれば、ブトランテラという組織自体が意味を成さなくなるというのに。
するとクラッチマンはフーフーと鼻息を吐き、ドスドスと階段を上がってきた。
俺は先に四階へ行く。そこに富豪たちの部屋があることは調査済みだ。
富豪たちはすでに逃げ出そうとしていた。
下の声が聞こえたのだろう。十数人の男女がもつれるようにあちこちでウロウロしている。
中には窓から逃げようとしている者もいる。
「やっぱりてめぇらか……俺を舐めるんじゃねぇ!」
「ま、ままま待て! 何の話か分からん! ワシらはただ、お前がずいぶんと興奮しておるようだから、その害を被らんようにと……――」
「うるせぇ!」
――ザブンッ!
「ぐぎゃぁっ!」
「きゃあああっ!」
男の絶叫。
女の悲鳴。
まさに阿鼻叫喚。
ぶんぶんと戦斧を振り回す。
逃げる女には目もくれず、その刃先は確実に富豪たちを斬り殺していく。
恐怖のあまり怒り狂うクラッチマンを止めようと四階へ上がってきた手下たちも身構えるが、誰も一番に飛び出したくないのだろう、奥の方でまごついている。
こんな展開になるとはさすがに予想もしていなかったが、そもそも富豪たちが片付けばブトランテラ解体となるのだ。
それとは別に子供たちを傷つけてきたことは許されないが……とにかく時機を見定める必要があるな。
ひとしきり殺戮を終えるとクラッチマンはやっと安心したのか、はぁはぁと息を整えた。
ヤツは戦斧を担いだまま、階段のところへ戻ってきた。
「……なんだてめぇら。俺とやろうってのかぁ、オイ」
百人以上の傭兵たちが、どうしていいか分からない様子でクラッチマンを見上げている。
彼らはボスを止めようと武器を構えたままだった。
「……いいか、このランゴをもってお前らに命じる。下がれ。そんで誰か一人でも俺に逆らうようなヤツがいたら、そいつを殺せ。いいな、オイ」
手下たちはもはや「この男にはついていけない」という空気を漂わせていた。
富豪が死ねば金は入らない。ヴァルゴサの元へ行けば雇いなおしてくれるかもしれないが、味方同士の諍いを起こした傭兵たちなんて、誰が欲しいと思うだろう。
だが――ここでジャルバダールを取り巻く「絶対順位令」という唯一絶対の法が効いてくる。
今はクラッチマンを捨て置いて脱退することも、この場を他の誰かに任せて逃げることも許されない。
上位者に命じられたのだ。
これを断れば「魔女の制裁」が下る。
こちらは目の前の脅威とはわけが違う。
国のどこにいようと国王軍が現れ、永遠に平和が脅かされる恐るべき罰則だ。
それに逆らうには……クラッチマンと戦うしかない。
この数なら、間違いなく自分たちのボスにも勝てる。
問題は、そのきっかけを誰が作るか……。
ここで階段の踊り場まで下りていた俺は、遠くからナイフを投げた。
それを察したクラッチマンが、戦斧で振り払う。
「……誰だ、今ナイフを投げやがったのは」
獰猛な獣のように唸る。
「お、俺じゃねぇぞ?」
「俺だって違う!」
「じゃあ誰なんだよ! 幽霊でもあるまいし――」
ビクン、とクラッチマンの体が震えて、ヤツは大きく息を吸った。
「いるわけねぇ――いるわけねぇだろうが、オイ! 幽霊なんてよォー!」
クラッチマンが飛び上がる。
誰でも構わない、誰かがナイフを投げたらしい場所へ――戦斧を叩き付ける。
もちろん、当の俺はすでに移動している。
被害を受けたのは周りにいた連中だ。
恐怖に怯え、怒り狂うクラッチマン。
やがて話は通じないと察した手下の一人が、クラッチマンに剣を振る。
一人がやれば、二人がやり、三人がやって――とうとう乱闘が起こる。
クラッチマン対百数十人の傭兵。
話しにならない。
当然クラッチマンの負けだ。
しかし本来戦士は、常に「自分を守ること」を念頭に戦っている。
生死の一線をすれすれでかわすという前提の上で、強いのが強者だ。
ところが自分の命などどうでもいい、と――なりふり構わないという戦い方になると、これは例え子供であろうと脅威になる。
守る、防ぐという行動を排し、全てを攻めに徹した者は、尋常じゃない力を発揮するのだ。
それが元から強い戦士であればなおさらである。
つまるところクラッチマンの暴れっぷりは、本人の実力以上の猛威を振るった。
戦斧という得物がまた多人数と戦うのに適していた。
それゆえ、恐らくは十数人を殺し、五十人以上を斬りつけ――やっと床に倒れたのである。
はあ、はあ、はあ、と大勢の呼吸が倉庫内に反響する。
血まみれで横たわったクラッチマンは、まだ生きていた。
手下だった者たちは、決してヤツを殺したかったわけじゃない。ただ自分たちの身を守りたかったのだ。
だから、誰もとどめを刺そうとしなかった。
やがて誰からともなく、大倉庫を去っていく。
もはやここにはいられない。
ヴァルゴサの元へも行けない。
それでも食べていくため、ヤツらはどこかの組織へ入ろうとするだろうか。
しかし顔には覇気が宿っていないように感じた。
おそらくジャルバダールへ戻ってくることはないだろう。
力が絶対正義の国。
それは力に惹かれた者たちが、その狂気を知る場所でもある。
だが、冷静になろうと努める俺自身も、精神的にかなり参った。
虎の御殿の惨状も、
ここの惨状も、
俺がやったのだ――。
胸の内に苦いものがこみ上げるのを堪え、ぐっと呑み干し、最後までやるべきことを成す。
冷徹になれ。
敵に情けを与えるな。
クラッチマンが一人残され、手も足も動かせないことを確認すると、俺は囁いた。
「……地獄で待ってるぞ、クラッチマン」
そして、大きく目を見開いたクラッチマンの、その残る片目を――ナイフで裂いた。




